人とのつながり
PR

紅葉を見に行きたいのに、一緒に行く人がいない60代。夫の運転で毎年行っていた66歳の私が、ひとりで申し込んだ日帰りのバスの旅

湯のみと和菓子を囲む手元
kuroko

十一月の終わりの、帰りのバスの中でした。

窓の外はもう暗くて、ガラスに車内の灯りが映っていました。

通路をはさんだ席の方が、小さな手帳を開いて、こちらに差し出しました。

「ここに書いて。来年の桜、また同じ会社のに申し込むから」

私は、名前と携帯の番号を書きました。

書きながら、指が少しふるえていました。

知らない人と番号を交換したのは、何十年ぶりだったでしょう。

そのひと月前まで、私は紅葉を見に行くことそのものをあきらめていました。

一緒に行く人がいない。

理由は、それだけでした。

「毎年、同じだろう」

私は六十六歳です。

夫は六十八歳で、四年前に定年になりました。

駅から歩ける古いマンションの五階に、二人で住んでいます。

ベランダに出ると、北のほうに低い山が見えます。

息子が二人いて、上は東京、下は車で四十分のところに住んでいます。

紅葉を見に行くのは、二十年以上、うちの秋の行事でした。

夫が運転をして、朝の六時に出ます。

渋滞に巻き込まれる前に着きたいので、いつも暗いうちに家を出ていました。

助手席には、茶色いひざ掛けが畳んで置いてありました。

朝は冷えるからと、私が車に入れっぱなしにしていたものです。

行き先を決めるのは、いつも夫でした。

前の年に混んでいた道を覚えていて、今年はこっちから回ろう、と言うのです。

私は前の晩におにぎりを握って、水筒にお茶を入れました。

現地では、たいてい二時間ほど歩いて、車に戻ってお昼を食べました。

写真は、夫が撮りました。

二十年で、同じお寺に三回行った年もあります。

それでも、色は毎年違いました。

雨の多い年はくすんで、寒くなるのが早い年は、驚くほど濃くなります。

その違いを言い合うのが、私は好きでした。

それが、去年からなくなりました。

去年の十月、私が「今年はどこに行きましょうか」と聞いたら、夫はテレビを見たまま言いました。

「もういいよ。毎年同じだろう」

「同じじゃないわよ。色は毎年違うもの」

「どこも混んでるし、運転すると次の日、肩が動かん」

夫は、意地悪で言ったのではありません。

去年から、長い時間の運転をしなくなりました。

買い物も、近くのスーパーまでです。

ひざ掛けは、車を掃除したときに家に戻ってきて、今は押し入れに入っています。

「人混みは、もういいわ」

今年は、自分で誘ってみようと思いました。

まず電話したのは、美津子さんです。

子どもが同じ幼稚園だったころからのつきあいで、三十年以上になります。

「ねえ、紅葉、見に行かない? 日帰りでいいから」

美津子さんは、少し間を置いてから言いました。

「うーん、人混みはもういいわ。この前、駅の階段で押されてね」

「そうよね」

そう答えるしかありませんでした。

次に、千賀子さんに電話しました。

「その週は孫の学芸会なのよ。ごめんね、来年ね」

来年ね。

その一言を聞いたとき、受話器を持ったまま、少し息が止まりました。

私自身が、同じ言葉を三回言ったことがあるのです。

母に言った、三回の「来年ね」

母は九十一歳です。

隣の市で、弟夫婦の近くに住んでいます。

母は、木の名前と色の名前をよく知っている人でした。

私が小学生のころ、庭の木を指さしてこう言ったのを覚えています。

「ここの木はね、赤じゃなくて朱色っていうの。赤よりちょっと黄色いでしょう」

十年ほど前、母が言いました。

「一度でいいから、あの山のお寺の紅葉を見てみたいねえ」

母が若いころに一度だけ行った、山あいのお寺です。

「いいわね、来年行きましょう」

私はそう答えました。

その年は、パートのシフトが十一月に集中していました。

次の年も、同じことを言いました。

「来年ね。来年こそ」

その年は、下の息子の家の引っ越しを手伝っていました。

どちらの年も、行こうと思えば行けた日が、一日か二日はあったはずです。

三度目のときは、母のほうが先に言いました。

「あんたは忙しいものねえ。無理しなくていいよ」

私は「そんなことないよ」と言いました。

言いながら、手帳を開いてもいませんでした。

母は、それ以上は何も言いませんでした。

その次の年に、母は転んで、長い距離を歩けなくなりました。

今は、弟の車で近所を回るくらいです。

お寺には、石段があります。

行けなかったのは、母のせいではありません。

私が、来年ね、と三回言ったからでした。

新聞に、はさまっていた紙

十月の第二週の朝でした。

新聞を広げたら、薄い色の紙が一枚、ぱさりと床に落ちました。

旅行の広告です。

いつもなら、そのまま畳んで資源の袋に入れます。

その日は、床に落ちたまま、赤い文字が目に入りました。

「おひとり様のご参加、歓迎します」

日帰りのバスの旅でした。

行き先の欄に、山あいのお寺の名前が並んでいました。

母が言っていたお寺は、その中にはありませんでした。

けれど、隣の谷にあるお寺が一つ入っていました。

紙を拾って、台所のテーブルに置きました。

置いたまま、三日ほど眺めていました。

四日目の朝、夫が同じ紙を見ていました。

「これ、行くのか」

「行かないわよ。ひとりで行ってもね」

「なんでだ」

「ひとりでバスに乗ってる人なんて、さみしい人に見えるじゃない」

夫は、しばらく黙っていました。

それから、こう言いました。

「見られて困るような知り合い、そのバスに乗ってるか」

それが、夫の答えでした。

乱暴な言い方でしたが、そのとおりでした。

私は、見知らぬ人にどう見えるかを気にして、二十年続けてきたことをやめようとしていたのです。

電話で、三つだけ聞きました

その日の午後、広告に書いてある番号に電話をしました。

受付の方は、若い女性でした。

聞きたいことは、三つに絞っていました。

ひとりで申し込めるかどうか。

歩く距離と、石段の段数が行程に書いてあるかどうか。

集合場所が、家から電車で行ける駅かどうか。

「おひとり様は、お席も一人でお使いいただけます」

「歩く距離は、行程表に入っております。お寺の石段は八十段ほどです」

「集合は、いちばん近いところですと、お客様の最寄りの駅の北口になります」

三つとも、答えが返ってきました。

私は、十一月の第四週の日を選びました。

広告

母のお寺ではありませんが、隣の谷です。

受話器を置いたあと、台所に立ったまま、しばらく動けませんでした。

自分の名前だけで予定を入れたのは、いつ以来だったでしょう。

濡れていても、座れるもの

行程表が郵便で届きました。

読んでいて、一つ気になったところがありました。

昼食のあと、展望台で四十分の自由時間があるのです。

四十分。

ベンチはあると書いてありますが、数は分かりません。

十一月の山は、朝露や前の日の雨で、ベンチも石も濡れています。

昔、夫の車で行っていたころは、濡れていたら車に戻ればよかったのです。

バスは、決まった時間まで戻れません。

膝にかけるものは、要りませんでした。

上着を持っていきますし、あの茶色いひざ掛けは押し入れにあります。

必要なのは、下に敷くものでした。

条件は、三つにしました。

たたんで、手提げの中に入る厚さであること。

裏が水をはじいて、濡れた石やベンチに直接置けること。

軽くて、鞄の外に留められること。

売り場には、厚みのあるものから、折り紙のように薄いものまでありました。

厚いものは、座り心地がよさそうでしたが、鞄に入りません。

私が選んだのは、手のひらに載るくらいに畳めるものでした。

広告

前の晩、手提げに入れてみました。

水筒と、折りたたみの傘と、その一枚で、鞄の口が閉まりました。

七番のA席

当日は、五時半に起きました。

夫は、玄関まで出てきて「気をつけて」と言いました。

それから、「写真、撮ってこいよ」と付け足しました。

夫は、家族で出かけると必ずカメラを持つ人でした。

そのせいで、うちのアルバムには夫が写っていません。

そして私は、自分で写真を撮る習慣がないまま、六十六歳になっていました。

駅の北口に、バスが来ていました。

座席は、七番のA席でした。

窓側です。

通路をはさんだ席に、同じくらいの年の女性が座っていました。

バスが高速に乗ったころ、その方が話しかけてきました。

「おひとりですか」

「ええ」

「私も。三年目です」

西野さんという方でした。

六十九歳で、ご主人を三年前に見送ったのだそうです。

「最初の年はね、ひとりで座ってるのが恥ずかしくて、ずっと寝たふりしてたの」

西野さんは笑って言いました。

「でもね、みんな自分のことで頭がいっぱいなのよ。誰も見てないわ」

「三年目って、年に何回くらい行かれるんですか」

「春と秋で、二回ね。二回だけって決めてるの」

西野さんは、窓の外を見ながら言いました。

「毎月行くと、用事になっちゃうでしょう。年に二回だと、ちゃんと待つの」

待つ、という言い方が、私には新しく聞こえました。

私は二十年、待ったことがありません。

十月になれば、夫が行き先を決めてくれたからです。

昼食は、座敷の大広間でした。

番号で席が決まっていて、私と西野さんは、同じ卓になりました。

同じ卓の四人とも、ひとりで参加している人でした。

向かいに座った方は、七十を過ぎて見えました。

「ここのお吸い物、去年と同じね」

その方が言うと、隣の方が「去年も来たの」と聞きました。

「五年来てるわよ。同じ日に」

四人のうち、三人が二回目以上でした。

はじめては、私だけでした。

赤ではなく、朱色

お寺の石段は、八十段ではなく、数えたら八十四段ありました。

上りきったところに、大きな木が三本ありました。

葉の色が、三本とも違いました。

いちばん左の木を見て、私は立ち止まりました。

赤ではないのです。

赤より、少し黄色い。

「ここの木はね、赤じゃなくて朱色っていうの」

母の声が、そのまま頭の中で鳴りました。

私は、隣にいた西野さんに言いました。

「あれ、赤じゃないですね。朱色っていうんです」

西野さんは、木を見上げてから言いました。

「ほんとだ。教わらないと、全部赤で済ませちゃうわね」

展望台のベンチは、四つしかありませんでした。

三つは埋まっていて、残りの一つは前の晩の雨で濡れていました。

私は、鞄から座布団を出して、ベンチに置きました。

西野さんが「あら、それ」と言いました。

私は端に寄って、半分を空けました。

四十分のうち、三十分はそこに座って話していました。

西野さんは、ご主人が最後の年に庭の木を一本植えたという話をしました。

私は、母が木の名前に詳しかったという話をしました。

どちらも、聞かれたから話したのではありません。

目の前に木があったから、その話になっただけです。

三十年つきあっている美津子さんとは、木の話をしたことがありません。

話す相手の長さと、話せる中身は、別のものなのだと思いました。

帰りがけに、西野さんが私の写真を撮ってくれました。

木の下に立った、六十六歳の私です。

自分が写っている写真を見るのは、何年ぶりか分かりませんでした。

ベランダから見える山が、茶色くなって

十二月に入りました。

ベランダから見える山は、もう葉を落として、茶色くなっています。

先週、弟の家に寄って、母に写真を見せました。

携帯の画面を近づけると、母は目を細めて言いました。

「朱色だねえ」

それだけでした。

それから、「あんた、痩せた?」と言いました。

紅葉の話は、それで終わりました。

行けなかった十年のことを、母は一度も口にしません。

帰りの電車で、私は「来年ね」という言葉について、まだ考えていました。

母のお寺には、まだ行けていません。

石段があるので、母と一緒に行くのは難しいと思います。

私がひとりで行って、また写真を見せることはできます。

けれど、それを母が喜ぶのかどうかは、聞いていません。

夫は、写真を一枚だけ見て「ふうん」と言いました。

それから、その晩の食事のときに、ぽつりと言いました。

「来年は、おれが運転してもいいけどな」

「いいわよ、バスで」

そう答えてから、少し言いすぎたかと思って、こう付け足しました。

「でも、近場なら。午前中だけの」

夫は「ああ」とだけ言いました。

三月の桜の広告は、もう届いています。

西野さんからは、十二月の初めに短い連絡がありました。

「四月のに申し込みました。七番のAでしたよ」と書いてありました。

座布団は、洗って干して、玄関の靴箱の上に置いてあります。

畳んだままで、文庫本くらいの厚さしかありません。

次に使うのは、まだ寒いころになりそうです。

美津子さんには、まだ写真を見せていません。

見せたら、来年は行こうかと言ってくれるかもしれません。

言ってくれなくても、私は四月の分を申し込むつもりでいます。

ベランダから見える山に、次に色がつくのは四月です。

茶色が薄い緑に変わるまで、あと四か月あります。

今年は、その四か月を待ってみようと思っています。

あなたなら、どうしますか?

もし今年、誰も誘わずに一日だけ出かけるとしたら、どこの季節を見に行きたいですか。

そして、その日を決めるために、先に調べておきたいことを三つ挙げるとしたら、何を挙げますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 「誰と行くか」で止まると、季節のほうが先に過ぎる

紅葉も桜も、こちらの都合を待ってくれません。

一緒に行く人を探しているあいだに、その年の色は終わってしまいます。

先に日にちを決めてしまうと、決めることは一つ減ります。

2. 「さみしい人に見える」は、自分がかけている言葉

ひとりで座っている人を見て、さみしい人だと思ったことが、何度あったでしょうか。

たいていの人は、自分の予定と自分の荷物で頭がいっぱいです。

見られていると思っているあいだは、自分が自分を見ているだけかもしれません。

3. 知らない人と並ぶ場所には、決まりごとがある

バスの席も、食事の卓も、番号で決まっています。

自分で声をかけなくても、隣になる人がいます。

そういう場所のほうが、はじめの一言は出しやすいものです。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(たたんで手提げに入る厚さ・裏が水をはじく・軽くて鞄の外に留められる)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

持ち歩ける折りたたみの座布団

広告

  • 販売ページの記載:広げると34×27.5×厚さ1cm・たたむと9×27.5×厚さ4cm
  • 販売ページの記載:表面はポリエステル・中は発泡ポリエチレン
  • 選ぶときは、広げたときの大きさ・たたんだときの厚み・表面の素材を見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

次の物語

この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

記事URLをコピーしました