人とのつながり
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カルチャーセンターに通っているのに、友達ができない58歳。休憩のたびに廊下へ出ていた私が、毎回ひとつだけ聞くと決めた半年

食卓で古い姉妹の写真を手に取る
kuroko

教室の入り口に、長机がひとつ置いてあります。

その上に、出席簿と、名札を入れた浅い箱が並んでいます。

名札は、透明なケースに紙を差し込む形のものです。

箱の中の名札は、どれも角が丸くなっていました。

何年も出し入れしていると、角から先にすり切れていくのだそうです。

私の名札だけが、四角い角のまま、いちばん手前に残っていました。

半年通って、まだ一度も丸くなりません。

出席簿の自分の欄に丸をつけて、名札を胸につけて、襖を開ける。

その順番だけは、もう間違えなくなりました。

間違えないのに、襖を開けるときだけは、今でも少し息を止めています。

「お友達、できた?」

私は五十八歳です。

私鉄の駅から歩いて七分のマンションに、夫と二人で暮らしています。

娘は結婚して、隣の県にいます。

去年の春まで、私は町の歯科医院で受付をしていました。

二十六年です。

院長先生が七十を過ぎて、医院を閉めることになりました。

最後の日、先生は「長いこと、ありがとう」と言って、それきりでした。

さっぱりした人でした。

辞めてしばらくは、朝が静かなのがうれしかったのです。

それが三か月もすると、静かさのほうが重くなってきました。

ある日、一日じゅう口をきかなかったことに、夜になって気がつきました。

夫は帰りが遅い人です。

テレビの音を消したら、冷蔵庫の音しかしませんでした。

次の週、駅ビルの三階にあるカルチャーセンターの棚から、講座のパンフレットを一冊もらってきました。

お茶のクラスに丸をつけたのは、月に二回で、平日の午前だったからです。

週に一回だと、続かなかったときに怖い。

そんな選び方でした。

十月に入って、初めての日。

畳の部屋に八人、みんな先に座っていました。

私より二十ほど年上に見える人ばかりです。

「新しい方ね。どうぞ、こちらへ」

先生にそう言われて、座布団を引いてもらって、私は「よろしくお願いします」と頭を下げました。

そこまでは、よかったのです。

問題は、そのあとの十分の休憩でした。

お茶のクラスは、途中で一度、湯を沸かし直すあいだに休みが入ります。

その十分が、半年たっても、いちばん長いのです。

みんな、前の週の続きの話をしています。

だれかの孫の運動会。だれかの膝。近所に出来た店。

私は、話の入り口が見つかりません。

一度、「その店、どちらですか」と聞こうとして、声を出す前に話題が変わりました。

それからは、休憩のたびに廊下へ出て、窓の外を見るようになりました。

廊下は寒くて、階下のフードコートの匂いが上がってきます。

十分たつと、何もなかった顔で戻ります。

そして、終わればいちばんに帰ります。

「お友達、できた?」

十二月に娘から電話が来て、そう聞かれました。

私は「これから、これから」と笑って答えました。

「お母さん、そういうの苦手だもんね」

娘に悪気はありません。

ただ、そのとおりだったので、返す言葉がありませんでした。

電話を切ってから、私は台所で、洗ったばかりの湯のみを二度拭きました。

友達を作りに行ったのです。

お茶を習いに行ったのではなく、人がいる場所に行きたかったのです。

それなのに、半年たって、私はまだ廊下にいました。

三十年前の、公園のベンチ

こうなるのは、初めてではありませんでした。

三十年近く前、夫の転勤で、知らない町に越したことがあります。

娘はまだ二歳でした。

近くの公園に、毎日、同じ時間に若いお母さんたちが集まっていました。

砂場のまわりに輪ができて、みんなよく笑っていました。

私は娘を抱いて、少し離れたベンチに座りました。

入っていけば、たぶん入れてもらえたと思います。

でも、いつ声をかければいいのかが、どうしても分かりませんでした。

話の切れ目を待っているうちに、次の話が始まります。

三十分いて、帰りました。

次の日も、その次の日も、同じベンチでした。

一週間ほどたったある日、帰り道で娘が言いました。

「ママ、なんでおはなししないの」

二歳の子が、はっきりそう言ったのです。

私は「ママ、今日はちょっと疲れてるの」と答えました。

娘は「そう」と言って、私の指を握りました。

あのときの、手のひらの熱さを覚えています。

家に帰って、玄関で靴を脱ぎながら、私は少し泣きました。

娘に見られないように、靴箱のほうを向いて。

次の週から、私はその公園に行くのをやめました。

別の、人のいない公園を探して、娘とふたりでブランコに乗りました。

娘は、そのほうが楽しそうにも見えました。

そう思うことにしました。

三十年たって、私はまた、廊下の窓から下を見ています。

やり方を、何ひとつ覚えていなかったのです。

帛紗のさばき方

年が明けて、一月の二回目の稽古の日でした。

その日は、先生が急な用事で三十分遅れることになりました。

畳の部屋で、八人が待つことになりました。

私は、いつものように廊下へ出ようとして、立ち上がりかけました。

そのとき、隣の席の方が、私のほうを向きました。

村岡さんという、七十代半ばの方です。

いつも、いちばん最初に来て、いちばん最後まで残っている人でした。

「あなた、帛紗のたたみ方、まだ迷ってるでしょう」

見ていたのか、と思いました。

「はい。うちで練習しても、手が逆になります」

「そう。私も三年かかったわよ」

村岡さんは、自分の帛紗をすっと広げて、ゆっくり半分に折りました。

「ここ。親指をね、内側に入れておくの。そうすると角が迷わないの」

私は真似をしました。

角が、すっと合いました。

「あ」

思わず声が出て、村岡さんが笑いました。

「ね。教わると早いのよ」

それから、村岡さんは湯のみを両手で持ったまま、こう言いました。

「私もね、最初の一年は、だれとも話さなかったの」

私は顔を上げました。

「村岡さんがですか」

「そう。十年以上前だけどね。あのころは、今より人が多くてね。もう出来上がってる輪の中に、あとから入るでしょう。だれに何を言えばいいのか、分からないのよ」

「……私と、同じです」

「みんな、そうよ。ここにいる人は、だれかの二年目なの」

だれかの二年目。

その言い方が、しばらく耳に残りました。

「じゃあ、どうやって話すようになったんですか」

私が聞くと、村岡さんは少し考えてから言いました。

「聞いたのよ。お茶のことだけ。それなら、聞いても失礼にならないでしょう」

先生が戻ってきて、その日の稽古が始まりました。

帰り道、私は駅までの道を、ゆっくり歩きました。

私はこの半年、休憩のたびに、何を話そうかと考えていました。

世間話を探していたのです。

自分が何も持っていない話題を、探し続けていたのです。

友達を作るのを、やめました

その晩、夫が帰ってきてから、私は台所で言いました。

「お茶の教室、やめようかと思ってたの」

夫は、上着を椅子にかけたまま、こちらを見ました。

「なんで。楽しそうにしてたじゃないか」

「楽しくないわけじゃないの。ただ、友達ができなくて」

夫は、しばらく黙っていました。

それから、冷蔵庫を開けながら言いました。

「友達って、作りに行くもんなのか」

言い方は、そっけないものでした。

でも、責める調子ではありませんでした。

夫は昔から、人付き合いをまったく気にしない人です。

三十年同じ会社にいて、飲み会に出たのを見たことがありません。

その人に言われたから、かえって刺さったのだと思います。

私はその夜、台所の椅子に座って、一つだけ決めました。

友達を作ることを、目標にするのをやめる。

代わりに、稽古のたびに、だれか一人に、一つだけ質問する。

お茶のことだけを聞く。

それなら、村岡さんの言うとおり、失礼になりません。

答えが短くても、それで終わりにしていい。

決めてから、少し気が楽になりました。

一つだけなら、できる気がしたのです。

一月の次の稽古で、私は最初の一つを使いました。

隣の席の、小柄な方に聞きました。

「そのお棗、きれいですね。どちらで見つけられたんですか」

その方は、目を丸くしてから、うれしそうに話し出しました。

十五分、止まりませんでした。

休憩の十分では足りず、先生に「そろそろ」と言われて、二人で笑いました。

二月は、水指の拭き方を聞きました。

三月は、お菓子の名前の由来を聞きました。

四月は、茶杓の銘の付け方を、先生に聞きました。

先生は「いい質問ね」と言って、その日の稽古の最後に、みんなの前で話してくれました。

そのあと、休憩のときに、二人の方が私のところへ来ました。

「さっきの話、もう一回教えて」

私は、もう廊下へ出なくなりました。

駅までの、十二分

五月に入って、稽古のあと、村岡さんと同じ方向に歩く日ができました。

駅まで十二分です。

村岡さんは、駅の三つ先の町から電車で来ています。

歩きながら、お茶の話が終わると、たいてい話題が切れます。

切れても、気まずくならないことを、私はこのころ覚えました。

黙って歩く十二分が、悪くないのです。

困ったのは、喉でした。

お茶の稽古では、たしかにお茶をいただきます。

けれど、あれは小さなお茶碗のお薄で、喉が渇いたから飲むものではありません。

二時間、正座をして、じっとしていると、帰るころには口の中が乾いています。

教室のある三階に自動販売機はありません。

一階まで降りて買うと、村岡さんを待たせてしまいます。

駅前の店に寄る日もありましたが、毎回だと落ち着きません。

それで、小さな水筒を持っていくことにしました。

台所には、娘が中学のときに使っていた大きな水筒がありました。

試しに鞄に入れてみたら、袱紗ばさみの上に乗って、鞄の口が閉まりません。

条件は三つに決めました。

稽古の道具と一緒に入れても、鞄の口が閉まる細さであること。

片手で開けられること。

横にしても、中の物が濡れないこと。

三つ目が、いちばん大事でした。

鞄の中には、母から譲られた袱紗が入っています。

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五月の終わりの帰り道、駅の手前のベンチで、村岡さんが立ち止まりました。

「ちょっと座ろうか。足がね」

二人で腰かけて、私は水筒のふたを開けました。

「あなた、そういうの持ってるのね」

「三階に、自販機がないので」

「ほんとにないのよ、あそこ。私、十年言ってるの」

村岡さんが笑って、私も笑いました。

五月の風が、まだ少し冷たい日でした。

たんすの中の、一度きりの着物

お茶のクラスでは、六月に、年に一度のお茶会があります。

集会室を借りて、身内だけで席を持つのだそうです。

「着物の方もいらっしゃるけど、洋服でもいいのよ」

先生はそう言いました。

家に帰って、私はたんすの二段目を開けました。

娘の結婚式のときに作った色無地が、たとう紙に包まれたまま入っています。

あの日、着せてもらったきりです。

五年、一度も出していません。

自分では、着られません。

袖に腕を通したことは何度もあるのに、帯から先が分からないのです。

「一度、習ってみようかな」

独り言が出ました。

その晩、私は着物の着方を教わるところがないか、調べてみました。

手ぶらで行けること。

一回だけで申し込めること。

先生が一人ずつ見てくれる、少人数であること。

この三つで絞って、画面を開いたり閉じたりしました。

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結局、その夜は申し込みませんでした。

お茶会には、洋服で出ました。

村岡さんは、藍色の着物でした。

「いいわねえ、その色」

私がそう言うと、村岡さんは「四十年前のよ」と言って、袖を少し持ち上げてみせました。

「たんすにしまっておくと、着物って弱るの。虫より、着ないことのほうが弱らせるのよ」

家に帰って、私はたとう紙をほどいて、色無地を衣文掛けにかけました。

一晩、部屋にかけておきました。

着られるようになったわけではありません。

ただ、たんすの二段目から出したのは、五年ぶりでした。

「最初は、だれとも話せないの」

九月の初めに、新しい方が入りました。

五十代の前半くらいに見える方です。

初めての日、その方は座布団の端に正座して、休憩になると、すぐに廊下へ出ていきました。

窓のところに立って、下を見ていました。

私は、湯のみを二つ持って、廊下へ出ました。

「よかったら」

その方は、驚いた顔で振り向きました。

「あ、すみません。……なんだか、入りづらくて」

「私も、そうでしたよ」

「え」

「半年、ここに立ってました。この窓のところ」

その方は、少し笑いました。

「半年もですか」

「ええ。最初はね、だれとも話せないんですよ」

村岡さんに言われた言葉を、私はそのまま渡していました。

「一つだけ、聞いてみるといいですよ。お茶のことなら、みんな喜んで答えますから」

その方は「はい」と言って、湯のみを両手で持ちました。

チャイムが鳴って、二人で教室に戻りました。

その日の帰り、私は入り口の長机で、名札を箱に戻しました。

そのときに、気がつきました。

私の名札の角が、二つだけ、丸くなっていました。

まだ二つです。

村岡さんのは、四つともすっかり丸くなって、白く曇っていました。

あと何年通えば、あんなふうになるのでしょう。

友達ができたのかと聞かれたら、私はまだ、はっきり答えられません。

村岡さんとは、駅まで一緒に歩きます。

お棗の方とは、休憩のあいだ話します。

けれど、家に電話をかけ合うような間柄ではありません。

十二月にまた娘から電話が来て、同じことを聞かれました。

「お友達、できた?」

私は、今度はこう答えました。

「駅まで一緒に歩く人が、一人できたよ」

娘はしばらく黙って、それから言いました。

「それ、お友達って言うんじゃないの」

そう言われても、私にはまだ、よく分かりません。

ただ、来月の稽古の日には、もう息を止めずに襖を開けられる気がしています。

あなたなら、どうしますか?

「友達を作る」ではなく「毎回、だれか一人に一つだけ聞く」なら、次の教室でできそうですか。

もし一つだけ聞けるとしたら、あなたはその場所で、だれに、何を聞いてみたいですか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 輪に入れないのは、あなたが人見知りだからではない

すでに出来上がっている輪には、話の切れ目がありません。

切れ目を待っているうちに、次の話が始まります。

待つ側でいるかぎり、何年通っても同じ場所に立ったままになります。

2. 世間話より、その場所の話のほうが聞きやすい

孫の話や近所の店の話には、こちらが持っている材料が要ります。

けれど、習っていることについてなら、知らないほうが当たり前です。

知らない側から聞く一言は、相手にとって迷惑になりにくいのです。

3. 「友達を作る」を目標にすると、毎回が失敗になる

友達ができたかどうかは、その日のうちには分かりません。

分からないものを目標にすると、帰り道はいつも空振りになります。

一つ聞けたかどうかなら、その日のうちに数えられます。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(稽古の道具と一緒に入れても鞄の口が閉まる細さ・片手で開けられる・横にしても中の物が濡れない)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

鞄に入れて持ち歩く小さな水筒

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  • 販売ページの記載:容量300ml・重さ約125g・大きさ 幅59×奥行59×高さ160mm・口径約33mm
  • 販売ページの記載:ステンレス製の真空断熱・保温効力は6時間で71℃以上
  • 選ぶときは、容量・重さ・鞄に入る太さ(口径と幅)を見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

次の物語

この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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