人とのつながり
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町内会の役員が、初めて回ってきた63歳。名前を知っている家が両隣だけだった私が、回覧板を月に一度だけ手渡しにした一年

公民館で絵手紙を描く女性たち
kuroko

回覧板の中に、一枚だけ、薄い緑色の紙がはさまっていました。

「来年度の班長・組長の選出について(お願い)」

そう書いてあって、下に表が印刷されていました。

表には号室の番号が縦に並んでいて、右の欄に、年度が書き込まれています。

自分の号室のところを指でたどると、右の欄だけが、ずっと空白でした。

三十年、空白でした。

その空白の右に、赤いボールペンで丸がついていました。

丸の中に「来年度」と、小さく書いてありました。

私はその紙を、しばらく台所の机に置いたままにしていました。

夕方、夫が帰ってきて、紙を見て、ひと言だけ言いました。

「とうとう来たか」

名前を知っているのは、両隣だけ

私は六十三歳です。

五階建ての団地の、三階に住んでいます。

越してきたのは三十二歳の春でした。

夫と、当時六歳だった娘と三人でした。

娘はとっくに家を出て、今は夫と二人です。

私の班は、十四軒あります。

階段が一つで、一階から五階まで、各階に三軒ずつ。

そのうち、名前を知っているのは、両隣の二軒だけでした。

三十年住んで、二軒です。

顔を見れば会釈はします。

でも、名字が言えません。

五階に犬を飼っている家があることは知っています。

一階に、ずいぶん前から車椅子の方がいることも知っています。

それだけです。

班長の仕事は、月に二回、回覧板を回すこと。

年に四回、会費を集めること。

年度末に、集会所の総会に出ること。

そう書いてある紙を、私は何度も読み返しました。

回覧板を回す、という一行が、いちばん怖かったのです。

知らない家のチャイムを、月に二回、押すことになります。

いや、いつもは玄関横の受けに入れるだけだから、押さなくてもいい。

押さなくてもいいのに、その一行を読むたびに、胸のあたりが重くなりました。

三十年、会費を払うだけでした

なぜ三十年、役が回ってこなかったのか。

理由は分かっています。

私は、ずっと働いていたからです。

娘が小学校に上がった年から、五十九歳まで、二十六年。

はじめはスーパーのレジで、あとは事務所の経理の手伝いでした。

朝出て、夕方帰る。

土曜も出る月がありました。

町内会の集まりは、たいてい日曜の午前です。

出られない、と言い続けてきました。

一度だけ、はっきり断ったことがあります。

娘が小学三年のときの、夏祭りでした。

集会所の前で、当時の婦人部の方に声をかけられました。

「焼きそばの当番、お願いできないかしら。二時間でいいの」

「すみません、その日、仕事なんです」

嘘ではありませんでした。

その日は棚卸しで、店を離れられませんでした。

その方は「そう。じゃあ、仕方ないわね」と言いました。

言い方に、とげはありませんでした。

ただ、そのあと、ひと言だけ足しました。

「お宅は、お勤めだものね」

その一言を、三十年覚えています。

悪気はなかったのだと思います。

けれど私は、その夏から、集会所の前を通るときに少し早足になりました。

夏祭りの夜、娘が「やきそば、食べたい」と言いました。

私は「今年はやめておこう」と答えました。

娘は理由を聞きませんでした。

団地の広場から太鼓の音が聞こえる中で、三人でそうめんを食べました。

窓を閉めて食べたのを、覚えています。

それから三十年、私は会費を封筒に入れて、玄関の受けに出すだけの住民でした。

前の班長さんの、鉛筆の字

四月の第一日曜、引き継ぎがありました。

前の班長は、五階の相田さんという方でした。

八十代の女性です。

一人で暮らしておられます。

集会所の長机の向かいに座って、相田さんは紙袋を私の前に置きました。

中に、会費の領収書の綴りと、名簿と、古い大学ノートが一冊入っていました。

「これ、ノートです。回すときの、覚え書き」

表紙に「一班 おぼえ」と、鉛筆で書いてありました。

開いてみて、私は少し驚きました。

十四軒ぶんの号室が、縦に並んでいます。

その横に、細かい字で、いろいろ書き込んでありました。

「二〇三 平日は留守。土曜の午前なら在宅」

「三〇五 犬。玄関先で吠えるが、噛まない。びっくりしないこと」

「四〇一 耳が遠い。チャイムより、ノックのほうが気づく」

「一〇二 車椅子。受けが高いので、回覧は玄関前の棚に置く」

全部、鉛筆でした。

「どうして、鉛筆なんですか」

私が聞くと、相田さんは湯のみを両手で包んだまま言いました。

「変わるからよ。人も、暮らしも」

「……なるほど」

「消しゴムで消せるようにしておくの。前の人がそうしてたから、私もそうしてるだけ」

「前の人、というのは」

「私の前の班長さん。もう、亡くなったけどね」

ノートのいちばん古いページを開くと、違う字がありました。

もっと角ばった、男の人のような字です。

その下に、相田さんの丸い字が続いていました。

ノートは、二代ぶんでした。

「私ね、最初の年は、一軒も名前を知らなかったの」

相田さんは笑いました。

「越してきて二年目で回ってきちゃって。もう、泣きそうだった」

「相田さんがですか」

「そうよ。みんな最初はそうなの。このノートに助けられたのよ」

帰り道、私は紙袋を胸に抱えて、階段を上がりました。

三階の踊り場で、一度止まりました。

三十年、私はこの階段を上り下りしてきました。

その間に、このノートは二人の手を通ってきたのです。

私は、何も渡されていないつもりで暮らしていました。

一年だけ、と決めました

その晩、夫に言いました。

「一年だけ、ちゃんとやってみる」

夫は新聞をたたんで、私を見ました。

「一年だけ、って」

「うん。来年の三月で終わりだから。それまでは、逃げないでやる」

「まあ、順番だからな」

夫は、それ以上何も言いませんでした。

でも次の日、押し入れから古い折りたたみの台車を出してきました。

「会費のとき、使うだろ」

使いませんでしたが、その気持ちはありがたかったです。

もう一つ、決めたことがあります。

回覧板は、月に二回まわってきます。

そのうちの一回は、いつもどおり玄関の受けに入れる。

もう一回だけ、手渡しにする。

月に一度だけ、チャイムを押す。

十四軒を一日で回るのは無理なので、午前に七軒、午後に七軒と分けました。

相田さんのノートの「留守がちな曜日」を見て、日を決めました。

そして、ノートに自分も一行ずつ書き足すことにしました。

鉛筆で。

月に一度の、チャイム

最初の手渡しの日は、四月の第三水曜でした。

一軒目は、二階の大久保さんです。

チャイムを押すまでに、ドアの前で二回、深呼吸をしました。

「はい」

ドアが半分だけ開きました。

「三階の者です。回覧板、お持ちしました」

「あら、わざわざ」

大久保さんは、少し戸惑った顔をしていました。

それはそうです。

三十年、受けに入っていたものが、急に人の手で来たのですから。

「班長さん、代わられたのね」

「はい。今年から」

「大変ねえ。……あ、そうだ。ちょっと待ってて」

大久保さんは奥に引っ込んで、小さな袋を持って戻ってきました。

「いただきもののお菓子。二人じゃ食べきれないの」

私は、両手で受け取りました。

玄関先で、三分くらい話しました。

大久保さんの娘さんが、私の娘と同じ小学校だったことが、そのとき分かりました。

三十年、隣の階にいて、その日まで知りませんでした。

三〇五号では、たしかに犬が吠えました。

ノートに書いてあったので、驚かずにすみました。

飼い主の日野さんは、「すみません、この子うるさくて」と何度も謝りました。

「聞いてました。吠えるけど噛まないって」

そう言うと、日野さんは笑って、「前の班長さんですね」と言いました。

四〇一号では、チャイムを三回押しても返事がありませんでした。

ノックに変えたら、すぐにドアが開きました。

四時に始めて、全部終わったのは七時前でした。

階段を上がりながら、足が痛みました。

でも、その夜、私はノートを開いて、三行書き足しました。

「二〇二 娘さんが同じ小学校。お菓子をくださる。恐縮しすぎないこと」

「三〇五 犬の名前はコタロウ。名前を呼ぶと吠えやむ」

「四〇一 ノックのほうが、やはり早い」

鉛筆の芯が丸くなって、途中で削りました。

紙が、増えていきました

困ったのは、紙でした。

班長を始めて三か月で、家の中の紙が目に見えて増えました。

回覧に回す前のお知らせ。

会費の領収書の綴り。

十四軒ぶんの封筒。

市から来る広報の束。

集会所の鍵を借りるときの用紙。

前の年の資料も、相田さんから引き継いでいます。

最初は、台所の隅に重ねていました。

そのうち、どこに何があるか分からなくなりました。

七月の会費の集金の日、私は領収書の綴りを探して十五分、家じゅうを歩き回りました。

見つかったのは、新聞紙の下でした。

そのとき、封筒の口が折れて、中の五百円玉が畳に落ちました。

拾いながら、これはまずい、と思いました。

人様のお金を預かっているのです。

次の日、駅前の店に行きました。

条件は、四つ決めていました。

A4の紙を、折らずにそのまま入れられること。

仕切りが十以上あって、家ごとの封筒と、回覧と、領収書を分けられること。

口が閉じて、持ち歩いても中身が落ちないこと。

玄関の棚に立てて置けること。

四つ目は、探し回った十五分のせいで足しました。

しまい込むと、また分からなくなります。

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家に帰って、私は仕切りに鉛筆でしるしを付けました。

一から十四まで。

その後ろに「回覧」「領収」「市から」。

相田さんのノートは、いちばん前の仕切りに入れました。

玄関の靴箱の上に立てておくと、出かけるときに自然と手が伸びます。

八月の集金は、二時間で終わりました。

総会で、手が上がりませんでした

二月の日曜に、集会所で総会がありました。

十四軒のうち、出席は六軒でした。

議題のいちばん最後が、夏祭りの当番決めでした。

その項目になったとたん、部屋が静かになりました。

前に立った会長さんが、「どなたか」と二度言いました。

だれも手を上げません。

長机の上の、湯のみが動く音だけがしました。

私は、三十年前の自分を思い出していました。

あのとき私は、この静かな部屋の外にいて、断る側でした。

今は中にいて、手を上げない側にいます。

結局、その日も決まりませんでした。

会長さんが「では、また各班でご相談ということで」と言って、総会は終わりました。

帰りの廊下で、私は会長さんを呼び止めました。

「あの、よけいなことかもしれないんですけど」

声が、思ったより震えました。

「当番の表を、作っておくのはどうでしょうか。何年に、どのお宅がやったか、分かるように」

会長さんは、資料をまとめる手を止めました。

「表、ですか」

「はい。うちの班は、班長のノートにそういうことが書いてあるんです。次の人が、見当をつけられるので」

会長さんは、しばらく考えてから言いました。

「たしかに、口で伝わってるだけですね、今は」

「押しつけるつもりはないんです。ただ、あればと思って」

「いえ、助かります。来年度、提案してみます」

集会所を出ると、雪がちらついていました。

言えた、と思いました。

けれど、夏祭りの当番は、まだ決まっていません。

表を作ったからといって、手が上がるとはかぎらないのです。

「これ、心強いです」

一年は、思ったより早く過ぎました。

秋の資源回収の当番では、朝六時に集合場所に立ちました。

寒い朝でした。

そこに、相田さんが来てくれました。

「見に来ただけよ。口は出さないから」

そう言って、結局、一緒に一時間立っていました。

冬には、一〇二号の方が入院されました。

回覧を止めるかどうか、迷いました。

ご家族が週に一度来られると聞いたので、止めずに、玄関前の棚に置き続けました。

退院されたあと、その方が私を呼び止めました。

「止まってなかったのが、よかったです」

「よけいなことかと思ったんですが」

「いいえ。帰ってきたときに、町の話が溜まってると、戻ってきた気がしますから」

私は、その夜もノートに書きました。

「一〇二 長く留守でも、回覧は止めない。溜めておく」

三月の総会で、次の班長が決まりました。

大久保さんでした。

総会のあと、私は集会所の廊下で、紙袋を渡しました。

領収書の綴りと、名簿と、ノートです。

大久保さんはノートを開いて、しばらく黙って見ていました。

私が書き足したページは、六ページになっていました。

「これ、心強いです」

大久保さんは、そう言いました。

「鉛筆なんですね」

「変わるからだそうです。人も、暮らしも」

自分の言葉ではありません。

相田さんの言葉を、そのまま渡しました。

四月の、玄関のチャイム

役が終わって、最初の水曜でした。

昼過ぎに、玄関のチャイムが鳴りました。

出ると、大久保さんが回覧板を持って立っていました。

「受けに入れてもよかったんですけど」

大久保さんは、少し照れたように言いました。

「月に一度は手渡しって、ノートに書いてあったので」

私は、その日のことを、しばらく覚えていると思います。

今、名前を言える家は、十四軒のうち十一軒になりました。

三軒は、まだ言えません。

一度も会えていない家があるのです。

友達ができたわけでもありません。

お茶を飲みに行くような間柄の人は、一人もいません。

ただ、階段ですれ違うときに、こちらから先に「こんにちは」と言えるようになりました。

それだけのことで、三十年住んだ団地の階段が、少し明るく見えます。

来年、また別の家に役が回ります。

そのとき、あのノートには、大久保さんの字が足されているはずです。

あなたなら、どうしますか?

もしあなたの家に役が回ってきたら、「一年だけ」と決めて引き受けますか。それとも、別のやり方を探しますか。

あなたの近所で、名前を言える家は何軒ありますか。その中で、去年より増えた家はありますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 役は「損」だけれど、名前を知る口実にもなる

回ってきた役を、得だと思える人は、あまりいません。

ただ、知らない家のチャイムを押しても不自然でない立場は、役のときだけです。

その一年をどう使うかは、引き受けた人が決められます。

2. 引き継がれているのは、仕事ではなく覚え書き

領収書の綴りや名簿は、役の仕事の部分です。

どの家が留守がちで、どの家はノックのほうが気づくか。

そういうことは書類に残らず、書き残した人がいたときだけ、次に渡ります。

3. 全部やると決めると、続きません

月に二回の回覧を、毎回手渡しにしようとすると、三か月でやめたくなります。

二回のうち一回だけ、と決めておくと、その一回は守れます。

続けられる量にしておくことが、いちばんの引き継ぎになります。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(A4を折らずに入れられる・仕切りが十以上ある・口が閉じて中身が落ちない・立てて置ける)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

家ごとの封筒と回覧物を分けて入れる蛇腹式の書類ケース

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  • 販売ページの記載:A4サイズ対応・12仕切り13ポケット・区分けのラベル付き
  • 販売ページの記載:大きさ330×230×20mm(広げると最大360mm)・自立するタイプ
  • 選ぶときは、A4が折らずに入るか・仕切りの数・口が閉じるかを見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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