友達付き合いに疲れた62歳。私が「グループを抜ける」より先に決めたこと
「房江:来月のランチ、十五日の木曜でどう? 駅前のいつものお店、十一時半ね」
スマホの画面に、その一行が浮かびました。
日曜の夜九時すぎ、洗い物を終えて、台所で手をふいていたときでした。
続けて、二つ、三つと通知が重なっていきます。
「節子:OK!」
「千鶴:大丈夫です、楽しみ」
グループの名前は「ひまわり会」。
子どもたちが同じ小学校の二年一組だった頃に、房江さんがつけた名前です。
四人のグループです。
子どもが小学校で同じだった頃からですから、三十年近くになります。
月に一度のお昼と、年に二回の一泊旅行。
六十二歳の今も、続いています。
私は画面を見たまま、しばらく返事を打てませんでした。
十五日の木曜日には、何の予定もありません。
行けない理由は、ひとつもないのです。
それなのに、指が動きませんでした。
十五分ほどたってから、私はやっと「了解です」とだけ打ちました。
帰りのバスで
集まりそのものが嫌なわけではありません。
お店のランチは毎回おいしいですし、笑っている時間もあります。
房江さんは話がうまくて、テレビのドラマの話をさせたら、誰よりもおもしろい人です。
節子さんは、いつも手作りのお菓子を小さな袋に分けて持ってきてくれます。
千鶴さんは、あまりしゃべらないけれど、人の話をよく聞く人です。
ただ、お昼が終わって、帰りのバスに乗ると、どっと体が重くなるのです。
窓ぎわの席に座ると、ガラスに自分の顔が映ります。
口の両はしが、下がっていました。
三時間笑っていた顔とは、別の人のようでした。
誰かの悪口を聞いた日は、なおさらでした。
悪口といっても、ひどいものではありません。
同じマンションの人のこと。
昔のPTAの役員さんのこと。
その場にいない、誰かのこと。
その場では、私も相づちを打っています。
「そうなのよね」
「分かるわ、それ」
打っていない顔をすると、次は自分の番になる気がするからです。
家に着くと、夕方の四時を過ぎています。
そのまま居間のソファに倒れこんで、夕飯の支度まで動けない日もありました。
みかんの飴の人
「疲れた」と、誰かに言ったことはありません。
三十年続いた関係を、自分から減らすのが怖かったのだと思います。
抜ければ、抜けたことが話題になります。
今まで私が相づちを打ってきた、あの話題のひとつに、今度は自分がなるのです。
それに、私だって、この人たちに助けられてきました。
娘の彩が小学二年生の冬、学校で熱を出したことがあります。
私はその日、パートで隣の町まで出ていて、どうしても抜けられませんでした。
職場の電話で、先生に謝っていたときです。
「私が迎えに行ってあげる。うちで寝かせておくから」
電話を代わってそう言ってくれたのが、千鶴さんでした。
たまたま学校に来ていて、事情を聞いてくれたのです。
夕方、私が千鶴さんの家に駆けつけると、彩は千鶴さんの家のこたつで眠っていました。
「みかんの飴、ひとつだけあげたの。ごめんね、勝手に」
千鶴さんはそう言って、頭を下げました。
謝らなければいけないのは、私のほうでした。
彩は大人になってからも、千鶴さんのことを「みかんの飴の人」と呼んでいます。
そういうことが、この三十年の中には、いくつもあるのです。
だから、疲れたという気持ちを、自分で打ち消していました。
わがままだと思っていたのです。
相づちの数
でも、打ち消しきれない日がありました。
去年の秋、一泊旅行の夜のことです。
温泉旅館の部屋で、布団を敷き終わったころ、千鶴さんが先にお風呂へ行きました。
三人になったとたん、房江さんが声を落として言いました。
「千鶴さんって、最近ちょっと話がくどくない? 同じ話、今日三回聞いたわよ」
節子さんが「分かる」と笑いました。
私も、笑いました。
「そうね、ちょっとね」
口から出たのは、それでした。
みかんの飴の人のことを、私は笑ったのです。
少しして、千鶴さんがお風呂から戻ってきました。
「いいお湯だったわよ。あなたも行ってきたら」
千鶴さんは、濡れた髪をタオルで押さえながら、私にそう言いました。
私は「うん」と言って、逃げるように部屋を出ました。
湯船の中で、私はしばらく動けませんでした。
もうひとつ、つらかったことがあります。
その少し前、ランチを一度だけ断ったことがありました。
「その日は孫の運動会で」と書いたのです。
本当は、何もない日でした。
次の集まりで、房江さんが言いました。
「運動会、どうだった? あの日、雨で順延になったでしょう」
私は、「え、ええ。次の日に」と答えるしかありませんでした。
それから、どの競技に出たのか、何等だったのかと話が続いて、私はそのたびに作り話を重ねました。
帰りのバスで、窓に映る顔は、いつもより重たく見えました。
断るのは、行くことよりずっとくたびれることなのだと、そのとき知りました。
二か月、集まりが止まりました
今年の春、千鶴さんが膝の手術をすることになりました。
集まりは、二か月お休みになりました。
入院のあいだ、病院まで車で送り迎えをしたのは房江さんでした。
「あの人、ひとり暮らしだから。こういうときは、私が出るわよ」
電話でそう言った房江さんの声は、旅館の部屋で聞いた声とは、まるで違っていました。
悪口を言う人と、面倒見のいい人は、同じ人の中にいるのです。
私も、同じだったのだと思います。
その二か月、私はほとんど誰とも会わずに過ごしました。
月に一度の予定がないだけで、カレンダーが白く見えました。
図書館で本を借りて、朝のうちに近所の川べりを歩いて、夕方は早めにお風呂に入りました。
そして、そうして過ごしている自分に、驚きました。
さみしくなかったのです。
さみしくないことのほうが、私にはこたえました。
三十年が嘘だったような気がして、しばらく落ち込みました。
退院したあと、私はひとりで千鶴さんの家にお見舞いに行きました。
何を持っていこうか迷って、膝にかけられるものにしました。
立ったり座ったりが大変な時期なので、椅子に座ったままさっと広げられて、軽いものがいいと思ったのです。
広告
千鶴さんは、「ありがとう。四人じゃないと、なんだか照れるわね」と笑いました。
「やめるか続けるかの、二つしかないの」
五月の連休、娘の彩が孫を連れて泊まりに来ました。
夜、孫が寝たあとで、居間でお茶を飲みながら、私はそれとなく話してみました。
「ひまわり会、そろそろ再開なのよ」
「千鶴おばちゃん、膝どう? みかんの飴の人」
「元気よ。でもね、お母さん、なんだか行くのがしんどくて」
言ってしまってから、私はあわてて付け足しました。
「嫌いになったわけじゃないのよ。でも、やめるわけにもいかないでしょう。三十年だもの」
彩は湯のみを置いて、私の顔を見ました。
「お母さん、それ、やめるか続けるかの、二つしかないの」
「え?」
「毎月全部行くか、全部やめるか。そんな極端じゃなくていいんじゃない」
私は、二つしかないと思い込んでいました。
けれど、あいだはいくらでもあったのです。
「旅行は好きなんでしょ。じゃあ旅行は行けばいいじゃん。千鶴おばちゃんとは、二人で会えばいいし」
彩は、あっさりそう言いました。
「それとね、断るたびに理由考えてるでしょ。運動会とか」
私は、お茶を吹き出しそうになりました。
房江さんの話を、前に一度だけ娘にしたことがあったのです。
「断り方、ひとつに決めちゃえばいいんだよ。私、職場でそうしてるもん」
十秒で終わる断り方
その夜、彩が寝たあとで、私は手帳を開いて、三つだけ書きました。
年に二回の旅行は、これからも行く。
月に一度のお昼は、二回に一回にする。
断るときの言葉は、毎回同じにする。
そして、その言葉も書きました。
「その日はちょっと予定があって。また次にね」
予定の中身は書かないことにしました。
本当に予定がある日もあれば、ない日もある。
でも、家でひとりで過ごすことも、私にとっては予定なのだと思うことにしました。
理由を毎回考えるから、断るのがつらくなるのだと気づきました。
言葉を決めてしまえば、断るのは十秒で終わります。
六月、再開後二回目のランチの通知が来たとき、私はその一行をそのまま打ちました。
送信ボタンを押す指が、少しだけ震えました。
五分後に、房江さんから返事が来ました。
「はいはい、また次ね。無理しないでよ」
拍子抜けするほど、あっさりしていました。
その日の午後、房江さんからもう一通届きました。
お店のデザートの写真でした。
「これ新しいの。次はあなたの分も頼んでおくから」
私は写真を見ながら、少し笑いました。
夜になって、今度は節子さんから個別にLINEが来ました。
「大丈夫? 体調でも悪いの?」
前の私なら、ここでまた理由を考えていたと思います。
少し迷ってから、同じ言葉を打ちました。
「ありがとう、元気よ。その日はちょっと予定があって。また次にね」
「よかった。じゃあ、次のお菓子はあなたの好きな胡桃のにするね」
断ったのに、次の約束がひとつ増えていました。
行った日の夜
もうひとつ、自分で決めたことがあります。
集まりに行った日の夜は、湯船に長く入ることにしました。
行かない日ではなく、行った日です。
疲れて帰った日ほど、ソファに倒れこんで、そのまま寝てしまうものだと気づいたからです。
そうすると、次の朝に残っているのは、帰りのバスの窓に映った顔だけになります。
行った日の夜にすることを、ひとつだけ決めておきたかったのです。
そのために、箱で買っておくものを決めました。
条件は三つでした。
一回ずつ使い切れること。
その日の気分で、種類を選べること。
箱で買い置きができて、行く日のたびに買いに行かなくてすむこと。
広告
洗濯機の横の棚に、箱をひとつ置きました。
集まりから帰ったら、まず箱のふたを開けて、一袋選びます。
その日の気分で一袋選ぶ、というだけのことです。
けれど、選ぶ時間があるとないとでは、ずいぶん違いました。
帰りのバスの中で、今日はどれにしようかと考えるようになったのです。
窓に映る顔のことを、前ほど考えなくなりました。
七月のランチの日のことです。
その日も、房江さんは同じマンションの人の話をしていました。
私は相づちを二回だけ打って、あとはデザートのスプーンを動かしていました。
帰りのバスでは、今夜は白くにごるほうにしようか、透きとおるほうにしようかと考えていました。
家に着いたのは、四時すぎでした。
ソファに座りかけて、やめました。
先に風呂場へ行って、湯船を洗いました。
夜の七時、箱の中から、行ったことのない町の名前が書かれた袋をひとつ選びました。
湯船につかって、天井の水滴をぼんやり数えました。
十まで数えたところで、今日いちばん笑ったのは、節子さんのお菓子の袋のリボンが縦結びになっていたことだったと思い出しました。
その夜は、ソファで寝てしまうことはありませんでした。
二人分の席
グループは、続いています。
九月の一泊旅行にも、四人で行きました。
私が二回に一回になったことを、誰かが言ったことは一度もありません。
気づいていないのかもしれませんし、気づいていて言わないのかもしれません。
どちらでもいいと思えるようになったのが、いちばんの変化でした。
旅行の夜、房江さんはやっぱり誰かの話をしていました。
私は、前のように「分かるわ」とは言わずに、お茶をいれに立ちました。
それだけのことですが、自分の中では大きな一歩でした。
膝を手術した千鶴さんとは、二人で会うようになりました。
月に一度、ランチのない月の、平日の午後です。
千鶴さんの家の近くの喫茶店で、コーヒーを一杯ずつ飲みます。
四人でいるときより、話すことが多いのが不思議です。
この前、千鶴さんがぽつりと言いました。
「私ね、あなたが二回に一回になったとき、ちょっとほっとしたのよ」
「え?」
「私も、しんどかったの。でも、先に言う勇気がなくてね」
千鶴さんは、カップを持ったまま笑いました。
帰りぎわ、千鶴さんはかばんから小さな袋を出して、私の手にのせました。
「これ、彩ちゃんに。まだ好きかしら」
みかんの飴が、三つ入っていました。
今も、全部が楽になったわけではありません。
ランチの通知が来ると、やっぱり少しだけ胸が重くなります。
洗濯機の横の棚には、ふたの角が少しつぶれた箱が置いてあります。
六十二包入っていた袋は、もう半分ほどに減りました。
まだ一度も選んでいない色の袋が、奥のほうに何袋か残っています。
その隣に、彩に二つ送ったあと、なんとなく手元に残したみかんの飴が、ひとつだけ並んでいます。
あなたなら、どうしますか?
もし今の付き合いを「やめる」でも「続ける」でもなく、半分にするとしたら、どれを半分にしますか。
そして、断るときの言葉をひとつだけ決めるとしたら、何と言いますか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 選択肢は「やめる」「続ける」の二つではない
回数を減らす、集まりの種類で分ける、二人で会う。
あいだの選び方はいくつもあります。
2. 断る言葉は毎回考えない
理由を毎回作るから、断るのが重くなります。
同じ言葉をひとつ決めておくと、迷う時間がなくなります。
3. 疲れた日ほど、自分の手当てを先に
帰ってそのまま寝ると、疲れた記憶だけが残ります。
行った日の夜にひとつ決めておくと、次に誘われたときの気持ちが変わります。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(一回ずつ使い切れる・種類を選べる・買い置きできる)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
その日に一袋えらぶ入浴剤
広告
- 販売ページの記載:全8種のアソート・合計62包の個包装
- 販売ページの記載:透明湯4種(草津・登別・箱根・別府)/にごり湯4種(奥飛騨・霧島・湯沢・十和田)
- 販売ページの記載:薬用入浴剤(医薬部外品)・製造はクラシエホームプロダクツ
- 選ぶときは、入り数・個包装かどうか・種類の数を見ると選びやすくなります。
- 使い方や使用上の注意は、商品のパッケージに書かれている内容をご確認ください。
軽いひざ掛け
広告
- 販売ページの記載:大きさ70×100cm・重さ約0.30kg
- 販売ページの記載:素材はポリエステル100%(フランネル)
- 販売ページの記載:洗える
- 選ぶときは、大きさ・重さ・洗えるかを見ると選びやすくなります。
※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。
次の物語
この記事について
※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。