人とのつながり
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姉妹で旅行に行ったことがない64歳。誘ったら迷惑だと思っていた私が、二つ下の妹より先に予約を入れた二日間

湯のみと和菓子を囲む手元
kuroko

茶封筒の中に、写真が六枚入っていました。

どれも白黒で、角が少し丸くなっています。

一番上の一枚は、若い女の人が、自転車を押して立っている写真でした。

後ろに木の駅舎が写っていて、屋根の下に看板のようなものが下がっています。

字はぼやけて読めません。

裏を返しましたが、何も書いてありませんでした。

鉛筆の跡も、日付もありません。

写っているのは、十九歳のころの母だそうです。

そう教えてくれたのは、二つ下の妹でした。

法事と、お正月だけ

私は六十四歳です。

夫と二人で、駅に近いマンションの四階に住んでいます。

夫は六十六歳で、退職したあとも週に三日、市の仕事に出ています。

息子の亮は三十七歳。

結婚して、飛行機で行く距離の町にいます。

妹の真紀は六十二歳です。

車で四十分ほどの町で、義弟と二人で暮らしています。

美容室のパートを、もう二十年近く続けています。

仲が悪いわけではありません。

けんかをしたこともないと思います。

ただ、会うのは法事とお正月だけです。

一年に、多くて二回。

電話は、たまにかかってきます。

「お義兄さん、元気?」から始まって、天気の話をして、五分くらいで切れます。

二人だけで泊まりに行ったことは、六十年以上、一度もありません。

子どものころも、両親と四人でしか出かけたことがありませんでした。

大人になってからは、お互いに家のことがあって、そういう話も出ませんでした。

「たまには二人でどこか行こうよ」

一度だけ、妹から言われたことがあります。

十六年前です。

夜の九時ごろにかかってきた電話でした。

「お姉ちゃん、たまには二人でどこか行こうよ。温泉とか」

私は、そのとき台所にいました。

亮が受験の年で、私の頭の中は、その日の塾の送り迎えのことでいっぱいでした。

「うちは亮の受験もあるし、無理よ。来年になったらね」

妹は、少しの間があってから言いました。

「そうだよね。分かった」

それだけでした。

その次の年も、その次の年も、私からは何も言いませんでした。

妹からも、二度と出ませんでした。

今になって思えば、あのとき妹は、下の娘さんが小学校に上がった年でした。

やっと少し手が空いたところだったのかもしれません。

それでも私は、電話を切ったあと、そのことを五分も考えなかったと思います。

十六年は、あっという間でした。

電車の中の、十五分

今年の三月、母の七回忌がありました。

お寺での法要のあと、親戚とお昼を食べて、私と妹は同じ電車で帰りました。

妹の乗り換え駅までの、十五分ほどです。

並んで座って、窓の外を見ていました。

「封筒、渡しそびれるところだった」

妹がかばんから茶封筒を出しました。

「お母さんの若いころの写真。お姉ちゃん、持ってて」

中を見せてもらうと、知らない写真ばかりでした。

自転車を押した写真の駅舎も、見たことがありません。

「お母さん、こんなところにいたの」

「生まれた町だと思う。海の近くだって言ってたじゃない」

私は「そうだったかしら」と答えました。

母が十九まで海のそばの町にいたことは、聞いた覚えがあります。

でも、どんな町なのか、なぜそこを出たのかは、一度も聞いたことがありませんでした。

電車が鉄橋にさしかかって、音が大きくなりました。

妹が、窓の外を見たまま言いました。

「こうやって二人で電車に乗るの、初めてだね」

私は返事をしませんでした。

返事をしなかったのではなく、できませんでした。

六十二年と六十四年、生きてきて、初めてなのです。

妹は、そのあとすぐに「あ、次だ」と立ち上がりました。

「じゃあね。お義兄さんによろしく」

ドアが閉まって、妹の姿が見えなくなってから、私は封筒をかばんの奥にしまいました。

誘う前に、宿を取る

家に帰ってからも、あの十五分のことばかり考えていました。

誘えばいいのです。

そう思うのに、頭の中で、いくつも理由が浮かんできます。

真紀は仕事があるし、今さら姉と二人でなんて迷惑だろう。

急にどうしたのと思われるかもしれない。

断られたら、次のお正月に顔を合わせづらい。

十六年前、私はこれと同じ理由を、妹の側に立って考えたことがありませんでした。

断られたのは、あのとき妹のほうだったのです。

四月の終わりに、夫に話してみました。

「真紀と、二人でどこか行くのって、変かしらね」

夫は新聞をたたんで言いました。

「変じゃないだろう。誘えばいいじゃないか」

「断られたら、気まずいでしょう」

「断られる前に決めてかかるのか」

言われて、私は黙りました。

そのとおりでした。

それで、順番を変えることにしました。

誘ってから決めるのではなく、宿を取ってから誘う。

そうすれば、私はもう引き返せません。

行き先は、写真の町にしました。

調べてみると、特急で二時間半、そこから路線バスで二十分の海沿いの町でした。

宿を探すとき、条件は三つだけにしました。

二人で一つの部屋に泊まれること。

駅からバスで行けること。

夕食がつかなくてもいいこと。

夕食をつけると、部屋で食べる時間が決まってしまいます。

町の食堂で、母がいたころの話をしながら食べたいと思ったのです。

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予約の画面に、自分の名前と妹の名前を入れました。

六月の、平日の火曜と水曜にしました。

美容室が休みになる曜日です。

確認のメールが来てから、私は電話をかけました。

「真紀。六月の九日と十日、空いてる」

「なに、急に」

「宿、取っちゃったの。二人で一部屋。キャンセルはできるから、無理ならいいのよ」

電話の向こうで、妹が笑い出しました。

「なんで先に取るのよ。順番、逆じゃない」

「だって、聞いたら断られると思ったんだもの」

少し黙ってから、妹は言いました。

「行く。どこ行くの」

「お母さんの写真の町」

また少し黙って、「分かった」と言いました。

声が、少しかすれていました。

封筒のままでは、折れる

出かける前の晩、私は写真を六枚、かばんに入れようとしました。

茶封筒のままでは、かばんの中で角が折れてしまいます。

クリアファイルに入れてみると、今度は大きすぎて、かばんの口からはみ出しました。

私が持っていくのは、小さな肩かけのかばん一つです。

それで、写真を入れる小さなアルバムを一つ買うことにしました。

条件は三つ決めました。

かばんの外側のポケットに入る大きさであること。

一ページに一枚ずつ入れられて、あとから並べ替えられること。

十枚ちょっと入れば足りるので、厚くないこと。

家にある大きなアルバムは、台紙に貼りつけるものでした。

貼ってしまうと、妹に渡すときに困ります。

いずれ、この六枚のうち何枚かは、妹の手元にあったほうがいいと思っていました。

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六枚を順番に入れて、最後のポケットが五つ、空いたままになりました。

それをかばんの外側に入れて、口を閉めました。

夫は、玄関で私の荷物を見て言いました。

「一泊にしては少ないな」

「一泊だもの」

「気をつけてな。飯は自分でやる」

私が出かける日の朝、夫は駅まで車で送ってくれました。

改札の前で「じゃあ」とだけ言って、すぐ戻っていきました。

同じ部屋で寝るのは、何十年ぶりか

特急の中で、妹は飴を出しました。

「お母さん、いつも鞄に飴入れてたよね」

袋から一つ取って、私にくれました。

昔、母のかばんの中には、いつも飴の袋が入っていました。

遠足でも、法事でも、バスに乗る前に必ず一つずつ配られたものです。

私は、そのことを忘れていました。

二時間半のうち、一時間は眠っていたと思います。

海沿いのバス停で降りると、風が少し塩の匂いがしました。

宿は、通りから一本入ったところにある、古い二階建てでした。

通された部屋は一階の角で、窓の向こうに石垣と松が見えました。

夕方、宿の人に教わった町の食堂に入りました。

カウンターと、四人がけの席が三つだけの店です。

うどんと、煮魚を頼みました。

魚の名前は、私たちの町では聞かないものでした。

妹が写真をテーブルに並べて、店の奥に声をかけました。

「すみません。この駅、分かりますか」

出てきたのは、私たちと同じくらいの年の女の人でした。

写真を手に取って、少し眺めてから言いました。

「うちの母が、こういう髪をしてましたよ。同じころの人だと思う」

それだけでしたが、妹は「そうですか」と言って、しばらく写真を見ていました。

母がこの町にいたころ、この店はもうあったのかもしれません。

うどんの出汁は、母が作っていたものより薄い味でした。

「お母さんの煮物、しょっぱかったよね」

「あれは、おばあちゃんの味だって言ってた」

私たちは、母の料理の話を三十分ほどしました。

母がいなくなってから、母の話だけを長くしたのは、初めてでした。

宿に戻って、お風呂に入って、部屋に布団が二つ並んでいるのを見たとき、私は少し笑ってしまいました。

妹も同じことを思ったようでした。

「布団、こうやって並べるの、何年ぶりだろ」

「六年生までは、同じ部屋だったでしょう」

「そう。私、壁側」

妹は、当たり前のように壁側の布団に座りました。

子どものころと同じでした。

電気を消してから、しばらく話しました。

真っ暗な部屋で、天井を見ながら話すのは、本当に何十年ぶりかのことです。

妹が言いました。

「十六年前にさ、私、電話したじゃない。温泉行こうって」

「覚えてる」

「あのとき断られたから、もう言わないでおこうと思ったんだよね」

胸のあたりが、すっと冷たくなりました。

やっぱりそうだったのです。

「ごめんね」と言うと、妹は「別に怒ってないよ」と言いました。

「お姉ちゃんはいつも、うちは、うちはって言うでしょ。忙しいんだと思ってた」

「私は、あんたのほうが忙しいと思ってた」

暗い中で、二人とも黙りました。

同じことを、お互いに思っていたのです。

十六年、両方が相手の都合を考えて、両方とも何も言わなかった。

「損したね」

妹がそう言って、私は「本当にね」と答えました。

駅前の、石垣

次の日の朝、私たちは駅まで歩いていきました。

写真の駅舎を見たかったのです。

ところが、駅に着いてみると、まったく違う建物でした。

白い壁の、平屋の小さな駅です。

写真の木の駅舎は、どこにもありませんでした。

「建て替えたんだね」

妹がそう言って、写真を持ったまま、あたりを見回しました。

駅前に、自転車屋がありました。

表にタイヤを並べたまま、年配の男の人が椅子に座っています。

妹が先に行って、写真を見せました。

「すみません。この駅、ご存じですか」

男の人は、しばらく写真を見てから言いました。

「これは、建て替える前のだね。私が子どものころのだ」

そして、写真の左端を指さしました。

「この石垣は、まだあるよ。郵便局の裏」

教わったとおりに歩くと、五分ほどのところに、同じ石垣がありました。

大きな石が三段、その上に小さな石が積んであります。

写真と見比べると、石の形まで同じでした。

母が自転車を押していたのは、ここだったのです。

ここに立って、十九歳の母が前を向いていた。

私も妹も、しばらく何も言いませんでした。

通りかかった人に頼んで、石垣の前で二人並んだ写真を撮ってもらいました。

母がなぜこの町を出たのかは、結局分からないままです。

聞ける人は、もういません。

母の口ぐせ

帰りのバスを待つ間、バス停のベンチに座っていました。

妹が急に、声を低くして言いました。

「まあ、ええわ」

母の口ぐせでした。

困ったときも、諦めたときも、母は必ずこれを言いました。

抑揚まで、そっくりでした。

私は思わず吹き出しました。

「似すぎでしょう」

「でしょう。真似すると出てくるのよ」

二人でしばらく笑っていたら、バスが来ました。

特急の中で、妹が言いました。

「お姉ちゃん、また行こうね」

「どこに」

「どこでもいいよ。次は私が取る」

私は「そうね」と答えました。

いつ行くかは決めませんでした。

決めなくてもいい気がしました。

ただ、次は妹が取ると言ったので、私は待つことになります。

待つのは少し苦手です。

もし秋になっても連絡がなかったら、また私が先に取ってしまうかもしれません。

七枚目と、空いたポケット

家に帰って、夫に土産のかまぼこを渡しました。

台所のシンクに、洗いかけの鍋が一つ置いてありました。

自分で何か作ったようです。

「どうだった」

「石垣が、写真と同じだった」

「そうか」

夫はそれだけ言って、テレビのほうを向きました。

一週間後、石垣の前で撮った写真が現像されて届きました。

二人とも、少し目を細めて写っています。

私はアルバムを出して、六枚目の次のポケットに、その一枚を入れました。

十九歳の母の写真から順番に並んで、最後が、六十四歳と六十二歳の私たちです。

七枚目の向こうには、空のポケットがまだ四つあります。

アルバムは、居間の電話台の引き出しに入れてあります。

引き出しを開けると、すぐ手が届くところです。

あなたなら、どうしますか?

もし、きょうだいや古い友人と二人だけで出かけるとしたら、行き先はどこにしますか。誘う前に宿や切符を先に決めてしまうとしたら、いつの、どの曜日を選びますか。

「誘ったら迷惑かもしれない」と思って、言わずにきた相手はいますか。その人は、あなたのことをどう思っていると思いますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 遠慮は、たいてい両側から出ている

自分が「相手のほうが忙しい」と思っているとき、相手も同じことを思っていることがあります。

どちらも相手を気づかっているのに、結果として何も起きません。

先に動いた側が損をするわけではなく、動かなければどちらも動かないまま年月が過ぎます。

2. 誘う順番を、逆にしてみる

相手の都合を聞いてから決めようとすると、断られる場面を先に想像してしまいます。

日にちと場所を自分で決めてから声をかけると、相手が考えるのは「行くか行かないか」だけになります。

取り消せる形にしておけば、相手に無理をさせることにもなりません。

3. 昔のことは、責めるためではなく分けるために話す

断った、断られたという話は、口にするのが怖いものです。

けれど、暗い部屋でぽつりと出たその一言で、十六年分の思い込みが二人とも同じだったと分かることがあります。

謝るためでも責めるためでもなく、何が起きていたのかを二人で確かめるために話すと、話は短く済みます。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(かばんの外ポケットに入る大きさ・一ページに一枚ずつ入れて並べ替えられる・十数枚で足りる薄さ)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

古い写真を持ち歩く、ポケット式のミニアルバム

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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