人とのつながり
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還暦の同窓会に行きたくない60歳。欠席と書いたはがきを出した私が、代わりに会った一人

陶芸教室で、隣の人と話しながら作業する女性たち
kuroko

封筒が届いたのは、六月でした。

梅雨に入ったばかりの、蒸し暑い午後です。

郵便受けから取り出すと、白い封筒の表に、見覚えのある高校の名前が印刷されていました。

「還暦記念同窓会のご案内」

高校の同期です。

卒業してから、四十二年ぶりになります。

会場は、生まれた町の駅前のホテルで、日にちは八月の終わりの土曜日でした。

封筒の中には、案内状が一枚と、返信用のはがきが一枚。

出欠のはがきを、私は一か月、机の上に置いたままにしました。

電話の横の、家計簿と老眼鏡の間です。

毎朝その前を通るたびに、「出席」と「欠席」の文字が目に入りました。

どちらにも、丸をつけられませんでした。

行きたくない理由を、うまく言えない

嫌いな人がいるわけではありません。

思い出したくないことがあるわけでもありません。

高校の三年間は、どちらかといえば楽しかったほうです。

それなのに、案内状を読み返すたびに、胃のあたりが重くなりました。

考えるのは会場の様子ばかりでした。

ホテルの宴会場の、丸いテーブル。

誰が誰の隣に座るか。

名札を胸につけて、「久しぶり」と言い合う場面。

近況を聞かれたら、何と答えるか。

夫のこと、子どものこと、家のこと、体のこと。

夫は去年、会社を定年になって、今は週に三日、駐輪場の管理の仕事をしています。

娘は結婚して、隣の県に住んでいます。

家は、三十年前に建てた小さな一戸建てです。

どれも、恥ずかしいことだとは思っていません。

自分では何も恥じていないつもりなのに、口に出す場面を想像すると、急に落ち着かなくなるのです。

「ご主人は、今どちらに?」と聞かれて、自分が何と答えるのか。

答えたあと、相手がどんな顔をするのか。

そんなことを、台所で玉ねぎを刻みながら、何度も考えていました。

六十歳にもなって、と自分でも思いました。

「行きたくないなら、行かなきゃいいじゃん」

七月のはじめ、娘の真理が、日曜日に一人で帰ってきました。

お昼のそうめんを食べ終わったあと、電話の横のはがきを見つけて、娘が言いました。

「お母さん、これ、出してないの? 締め切り、来週だよ」

「そうなのよ。迷ってて」

私は、会場のことや、近況を聞かれることを、ぽつぽつ話しました。

娘は麦茶を飲みながら聞いて、それから、こう言いました。

「行きたくないなら、行かなきゃいいじゃん」

そのとおりです。

四十二年会っていない人たちです。

行かなくても、誰も困りません。

でも、私が引っかかっていたのはそこではありませんでした。

「行かないって決めたら、もう会えない人もいるでしょう」

「会いたい人がいるの?」

娘に聞かれて、私は答えに詰まりました。

居間で新聞を読んでいた夫が、顔を上げずに言いました。

「行ってくればいいじゃないか。駅までなら送るぞ」

行かないと決めると、会いたい人にも会えなくなる。

行くと決めると、あの丸いテーブルに座らなければいけない。

私は、「行く」か「行かない」かの二つしかないと思い込んでいました。

それが、はがきを出せない理由でした。

二十八歳の、駅前の喫茶店

その夜、押し入れの奥から、卒業アルバムを出してきました。

箱の中に、アルバムと一緒に、写真が何枚か挟まっていました。

その中の一枚に、ジャージ姿の女の子が二人、体育館の前でラケットを持って笑っていました。

私と、典子です。

三年間、同じバドミントン部でした。

写真を裏返すと、ボールペンで小さく書いてありました。

「坂のパン屋 メロンパン半分こ」

部活の帰りに、坂の途中のパン屋で、一つのメロンパンを二人で分けて食べていたのです。

お小遣いが少なくて、一人一個は買えませんでした。

典子とは、卒業してからもしばらく年賀状のやりとりがありました。

最後に会ったのは、私が二十八歳のお正月です。

生まれたばかりの真理を抱いて実家に帰ったとき、駅前の喫茶店で会いました。

典子は、東京の会社で働いていました。

紺色のスーツを着て、髪を短く切っていました。

「来月から、大阪の支社に行くの。係長になるんだって」

典子はそう言って、少し照れくさそうに笑いました。

「すごいね、ノリちゃんは」

私は、膝の上で眠っている娘の頭をなでながら言いました。

「私なんて、毎日おむつ替えてるだけよ」

「そんなことないよ」

「ううん、本当に。何もしてないの」

典子は何か言いかけて、コーヒーカップを口に運びました。

喫茶店を出たあと、私はなんだか自分がとても小さくなったような気がしていました。

次の年、典子から年賀状が来ました。

私は、返事を出しませんでした。

大阪での仕事の話が書いてあったら、また自分と比べてしまいそうだったのです。

その次の年から、年賀状は来なくなりました。

途切れさせたのは、私のほうでした。

案内状の余白に

写真を箱に戻してから、もう一度、封筒を開けました。

案内状を、今度は一番下まで、ゆっくり読みました。

会費、会場の地図、幹事の名前。

幹事は四人で、その三番目に、典子の名前がありました。

名字は変わっていましたが、下の名前と、旧姓がかっこで書いてありました。

そして、案内状の下のほうに、小さな字の書き込みがありました。

印刷ではありません。

青いボールペンで、余白の隅に、少し斜めに書いてありました。

「あなたが来るなら行く」

名前が書いてありました。

典子でした。

卒業してから、年賀状も途切れていたのに。

たぶん、宛名を書きながら、私の分にだけ書いたのだと思います。

幹事なのに、「来るなら行く」と書いてあるのが、少しおかしくもありました。

四十二年、忘れられていなかったのです。

私は、その余白の一行を、指でなぞりました。

「私も、本当は行きたくなかった」

次の日、はがきには「欠席」と書きました。

それから、便箋を出して、典子にだけ、別に手紙を書きました。

こちらから昔の友人に手紙を出すのは、覚えている限り、初めてのことでした。

案内状の書き込みがうれしかったこと。

同窓会は失礼すること。

年賀状の返事を出さなかったことを、ずっと気にしていたこと。

そして、よかったら二人で会えませんか、と。

封をする前に、あの写真のことを一行だけ書き足しました。

「坂のパン屋、まだありますか」

娘にそのことを電話で話すと、娘は笑いました。

「欠席にして、その人にだけ手紙? お母さん、やるじゃん」

「やるじゃんって、何よ」

「だって、行くか行かないかの二つじゃなかったんだね」

返事は、すぐに来ました。

一週間もたたないうちでした。

便箋の一枚目に、大きな字で書いてありました。

「私も、本当は行きたくなかった」

幹事なのに、と書いてありました。

同期の一人に頼まれて、断れずに幹事になったこと。

案内状を八十通、自分で封筒に入れたこと。

その中で、一通だけ、余白に書いてしまったこと。

「坂のパン屋は、まだあります。メロンパンは、今は一個二百円」

私は台所で手紙を読んで、声を出して笑いました。

居間から夫が「何だ」と聞いてきたので、手紙を見せました。

夫は読んで、「幹事なのにか」と言って、同じように笑いました。

同窓会の当日、八月の終わりの土曜日は、朝から暑い日でした。

私は家にいて、午前中に網戸を洗いました。

案内状には、受付は午後五時半、開会は六時と書いてありました。

夕方、台所の時計が六時を指したとき、手が止まりました。

今ごろ、あの丸いテーブルで、名札を胸につけた人たちが乾杯しているのだと思いました。

行かなかったことを、少しだけ惜しいと思いました。

それと同じくらい、ほっとしてもいました。

「今日だったんだろう、同窓会」

夫が居間から声をかけてきました。

「そう。今ごろ乾杯してるわね」

「じゃあ、こっちも乾杯するか」

夫は冷蔵庫から缶ビールを二本出してきて、一本を私の前に置きました。

その晩、娘からLINEが一通だけ届きました。

「今日だよね。お母さんは、ノリちゃんの日のほうが本番だね」

会う日に持っていったもの

同窓会が終わった三週間後、九月の平日に、生まれた町の駅で待ち合わせることになりました。

持っていったのは、お菓子です。

前の週に、近所の駅ビルの菓子売り場を回りました。

選ぶ前に、条件を三つ決めていました。

重くないこと。

電車で一時間半かかるので、荷物は軽くしたかったのです。

日持ちすること。

典子は、そのあと大阪に戻ると書いていました。

昔、二人でよく買っていたものに近いこと。

三つ目は、自分でも理由がうまく言えません。

部活の帰り、パン屋に寄れない日は、駅の売店で、細い巻きせんべいにクリームの入ったお菓子を一本ずつ買っていました。

ただ、まったく知らないものより、少し懐かしいもののほうがいいと思ったのです。

売り場を二周して、三つの条件に合うものを見つけました。

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当日の朝、夫が車で最寄りの駅まで送ってくれました。

降りるとき、夫が言いました。

「帰り、何時だ。迎えに来る」

「まだ分からないわ。電車に乗ったら連絡する」

生まれた町の駅に着くと、改札の向こうに、白髪をきれいにまとめた女の人が立っていました。

四十二年たっていても、笑ったときの目の形で、すぐに分かりました。

お昼を食べたお店で、紙袋を渡しました。

典子は中をのぞいて、目を丸くしました。

「これ、まだあるんだ」

その一言で、四十二年が少し縮みました。

坂の途中のパン屋

昼を食べたあと、高校まで歩いてみようという話になりました。

駅から二十分の道です。

九月でも日差しが強くて、二人とも日傘をさして歩きました。

途中の本屋はなくなっていて、コインパーキングになっていました。

「ここで、参考書を立ち読みしてたわよね」

「してた。店のおじさんに、はたきでぱたぱたされた」

坂の途中のパン屋は、まだありました。

ガラス戸も、赤いひさしも、前と同じ場所にありました。

中に入ると、棚の端に、メロンパンが並んでいました。

私たちは顔を見合わせて、一個だけ買いました。

店の前のベンチで、典子が半分に割って、大きいほうを私にくれました。

「昔は、大きいほうをじゃんけんで決めてたのにね」

「今日は、遠くから来てくれたから」

メロンパンをかじりながら、典子が、ふと言いました。

「ねえ、二十八のときの喫茶店、覚えてる?」

私は、手を止めました。

「覚えてる。私、変なこと言ったわよね」

「あのね、あのとき私、あなたがうらやましかったんだよ」

典子は、パンのかけらを膝の上で払いながら続けました。

「赤ちゃん抱いて、ちゃんとお母さんの顔してて。私は仕事ばっかりで、なんにもないって思ってた」

「そんなこと、思ってたの」

「思ってた。だから、年賀状で仕事の話ばっかり書いちゃったの。負けたくなくて」

私は、何も言えませんでした。

あの喫茶店で、比べていたのは私だけではなかったのです。

二人とも、相手の持っているものばかり見て、自分を小さくしていました。

そして、二人とも、そのまま四十年近く黙っていたのです。

校門の前で、二人とも中に入るのはやめました。

外から見るだけで十分でした。

体育館の屋根が、昔と同じ緑色のまま見えていました。

歩きながら、近況の話はほとんどしませんでした。

話したのは、四十二年前の先生の口ぐせと、体育館の床が冷たかったことです。

「冬の朝練、床が冷たくて、靴下二枚はいてたわよね」

「先生が『声出せ、声』って、そればっかり」

同窓会のことを、一つだけ聞きました。

「どうだった、会は」

典子は少し考えてから言いました。

「みんな、最初の三十分は緊張してた。名札見て、顔見て、また名札見て」

「そうなの」

「そう。私だけじゃなかったのよ。みんな、同じだったの」

帰りの駅で

夕方、駅の改札の前で、別れることになりました。

典子は、そのまま新幹線で大阪に戻ります。

別れ際に、典子が言いました。

「次の同窓会は、二人で行ってみようか」

私は「うん」と答えました。

行くかどうかは、そのときになってみないと分かりません。

あの丸いテーブルを思い浮かべると、まだ少し胃のあたりが重くなります。

帰りの電車で、窓の外の田んぼを見ながら、私はあの喫茶店のことを考えていました。

あの日、私が怖かったのは「会」ではなく、比べられることだったのだと、帰りの電車で気づきました。

そして、比べていたのは、ほかの誰よりも、私自身だったのかもしれません。

比べられない相手が一人いれば、会場にも入れる気がします。

最寄りの駅に着くと、改札の外に、夫の車が停まっていました。

電車に乗ってから一度連絡しただけなのに、もう来ていたのです。

助手席に乗ると、夫が言いました。

「どうだった」

私は、膝の上の紙袋を見ました。

帰りに、典子がパン屋でもう一個買って持たせてくれた、メロンパンが入っていました。

「楽しかった。次は、行くかもしれない」

夫は、エンジンをかけながら言いました。

「そうか。そのときも、迎えに来る」

あなたなら、どうしますか?

行きたくないのは「会」ですか、それとも「比べられること」ですか。

そして、その会に来る人の中に、二人でなら会いたい人はいますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 「全部行く」か「何もしない」かの二つではない

会を欠席することと、人に会わないことは、別のことです。

会には出ずに、一人にだけ連絡する道があります。

2. 怖いのは会ではなく、比べられること

近況を聞かれる場面を想像して気が重くなるなら、理由はそこかもしれません。

相手が一人なら、比べる話にはなりにくくなります。

3. 昔の話は、近況より続く

久しぶりに会うと、近況で話が詰まることがあります。

共有している昔の場面のほうが、話は長くなります。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(重くない・日持ちする・少し懐かしい)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

久しぶりに会う人に持っていくお菓子

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  • 販売ページの記載:ロールせんべいに抹茶クリームを入れた菓子・15本入り・個包装
  • 販売ページの記載:賞味期限は約150日
  • 販売ページの記載:パッケージは高さ73×幅150×奥行73mm
  • 販売ページの記載:特定原材料は卵・乳・小麦
  • 選ぶときは、個包装かどうか・日持ち・箱の大きさを見ると選びやすくなります。食物アレルギーのある方に渡す場合は、原材料の表示をご確認ください。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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