人とのつながり
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長年の友達から急に連絡が来なくなった64歳。最後の電話を何度も思い返していた私が、季節ごとに送ることにした一行

湯のみと和菓子を囲む手元
kuroko

着信履歴を、上へ上へと

スマートフォンの着信履歴を、上へ上へとさかのぼっています。

指を動かすたびに、知らない番号や、病院の予約の自動音声が流れていきます。

その中に「多美子さん」という名前が出てくるのは、ずっと下のほうです。

日付は、三月の第二日曜。

夜の八時四分から、四十七分間。

それが最後でした。

今日は九月の第二日曜で、時計は八時を少し回ったところです。

台所の椅子に座って、私はスマートフォンを裏返しました。

半年です。

多美子から連絡が来なくなって、半年たちました。

三十年、第二日曜の夜八時

多美子とは、短大の同級生です。

四十五年になります。

食堂の、窓際のいちばん端の席で、二人でいつもお昼を食べていました。

その席は日当たりがよすぎて、夏は誰も座りません。

だから、二人のものでした。

卒業して、私は地元に残り、多美子は電車で二時間ほどの町に嫁ぎました。

会うのは、二年に一度あるかないかです。

その代わり、電話だけは続いていました。

月に一度、第二日曜の夜八時。

多美子のほうからかかってきます。

「もしもし、私」

名乗りもしません。

そういう電話を、三十年続けてきました。

私は六十四歳です。

商店街の裏の、古い二階家に住んでいます。

一階はもともと洋品店で、十二年前に店を閉めました。

今はガラスのショーケースが二つ、空のまま物置に残っています。

中に何を並べていたのかを、たまに思い出せなくなります。

靴下と、肌着と、学生服の替えボタンでした。

夫は六十七歳で、店をたたんだあとは、月ぎめの駐車場の管理を週に三日しています。

三月の電話も、いつも通りでした。

膝が痛いという話。コーラスを始めたという話。孫が中学に上がるという話。

私は相づちを打ちながら、洗い物の水を止めて聞いていました。

「あのね、コーラスに入ったのよ。公民館の」

「あなたが? 歌うの?」

「歌うわよ。いちばん下手だけどね」

「すごいじゃないの」

「まあ、いいじゃないの。下手でも入れてくれるんだから」

そんなやりとりをしたのを、覚えています。

終わりのほうで、多美子が言いました。

「来年ね、そっちに行こうかと思ってるの。一泊でも」

そのとき、私が返した言葉を、半年ずっと思い返しています。

「うち、狭いから、泊められないわよ」

冗談のつもりでした。

本当に狭いのです。

一階は物置で、二階は六畳が二間しかありません。

多美子は「あら、ホテル取るわよ」と笑って、それから別の話に移りました。

電話はいつもどおり、四十七分で終わりました。

四月の第二日曜、電話は鳴りませんでした。

五月も、六月も、鳴りませんでした。

「うち、狭いから」の四文字

七月に入ったころから、私は夜になると同じことを繰り返すようになりました。

最後の電話を、頭の中で最初から再生するのです。

膝の話のところは、ちゃんと聞いていたか。

コーラスの話に、「よくやるわねえ」と言わなかったか。

そして、あの「うち、狭いから」です。

言い方が悪かったのではないか。

来るなと言われたと、思わせたのではないか。

夫に一度だけ話しました。

「多美子さん、四か月かかってこないのよ」

「そんなもんだろ。こっちからかければいいじゃないか」

「かけて、迷惑だったらどうするの」

「電話ってのはな、かけたほうが得なんだ」

夫は、駐車場の名簿を見ながらそう言いました。

「得って、なによ」

「かけたほうが、話が早いってことだ」

「早く済ませたい話じゃないのよ」

夫は、それ以上は聞きませんでした。

悪気はないのです。

夫は昔から、用があれば電話をする人でした。

用がないのにかける電話が、どれだけ難しいかを知りません。

私は、番号を出して、八時三分前まで画面を見て、そのまま消しました。

それを、四回やりました。

手帳の、同じ行

八月の終わりに、二階の押し入れを片付けました。

暑くて外に出られないので、することがなかったのです。

段ボールの底から、古い手帳が十冊ほど出てきました。

十二年前に店を閉めたとき、まとめて放り込んだものです。

その中の一冊を開いて、私は手が止まりました。

二十六年前の手帳でした。

九月のページの、いちばん下の欄に、細い字でこう書いてあります。

「多美子さんに返事」

次の十月のページにも、同じ字で「多美子さんに返事」。

十一月のページにも、同じ行がありました。

三か月、私は同じことを書き写していたのです。

思い出しました。

あの年、多美子から長い手紙が来ました。

便箋で六枚ありました。

ご主人の転勤で引っ越すことになったから、その前に一度会えないか、と書いてありました。

私は当時三十八歳で、店と、中学生と小学生の子ども二人で、毎日が回っていませんでした。

秋は洋品店のいちばん忙しい時期です。

制服の直しと、冬物の入れ替えが重なります。

手紙を、店のレジの下の引き出しに入れました。

そこにあることは、毎日わかっていました。

返事を書いたのは、年が明けてからです。

投函したあとで電話をかけたら、多美子はもう引っ越したあとでした。

新しい住所から、かけ直してくれました。

「返事、遅くなって、本当にごめんね」

「いいのよ。忙しいの、分かってるから」

「会えなくて、ごめん」

「まあ、いいじゃないの」

多美子は、そう言いました。

それが多美子の口ぐせでした。

まあ、いいじゃないの。

私は、あのときのことを、二十六年間、一度も謝り直していません。

そして今、私は多美子に「理由」を求めていました。

自分は三か月、手帳に同じ行を書きながら、返事を出さなかったのに。

一度だけ、鳴らしてしまった

手帳を見つけた次の日、私は番号を出しました。

八月の、昼の二時です。

夜だと構えてしまうので、明るいうちならかけられる気がしたのです。

指が画面に触れて、呼び出しの音が一回だけ鳴りました。

切ったのは、そのすぐあとでした。

一回です。

受話器を取る間もない長さのはずでした。

それなのに、私は台所で冷や汗をかきました。

向こうの画面に、私の名前が残ったはずだからです。

かけてきたのに、出る前に切った人。

そう見えたのではないか。

その日の夕方から、私はスマートフォンを裏返さずに置くようになりました。

音が鳴るたびに、心臓が動きます。

三日たっても、四日たっても、かかってきませんでした。

十日ほどして、ようやく思いました。

これは、多美子が私にしていることと、同じ形なのかもしれない、と。

向こうの画面に名前だけ残して、何も言わない。

もし多美子も、どこかで一度だけ鳴らしてやめていたとしたら。

そう考えたら、急に腹の底が軽くなりました。

確かめようはありません。

ただ、その日から「理由」を探す時間が、少し短くなりました。

孫に言われた一言

九月の初め、孫のひなたが泊まりに来ました。

息子の子で、高校二年です。

夕飯のあと、居間でスマートフォンをいじっている孫に、私は聞いてみました。

「ねえ、送ったものが読まれたかどうかって、分かるものなの」

「既読ってやつ? つくのもあるし、つかないのもあるよ」

「つかなかったら、届いてないってこと?」

「ううん。届いてるよ。読んでないだけ」

孫は画面から顔を上げずに答えました。

「なんで。おばあちゃん、誰かに送るの」

「……友達にね、送ろうかと思ってるんだけど」

「送れば?」

「返事が来なかったら、どうしよう」

すると孫は、ようやく顔を上げて言いました。

「返事が来ないのが怖いなら、返事いらないって書けばいいじゃん」

「そんなの、書いていいの」

「書いていいよ。うちらも書くもん。『既読だけでいいよ』とか」

私はしばらく、その言葉の意味を考えていました。

返事を待っているから、送れない。

待たないと決めれば、送れる。

そんな単純なことを、六十四年かかっても思いつきませんでした。

「おばあちゃん、その人と何年の友達なの」

「四十五年」

「え、長っ」

孫は、素で驚いた顔をしました。

「四十五年で半年だったら、まだ全然じゃない?」

その言い方が、少しだけ多美子に似ていました。

書いては消し、三十分

その夜、私は二階の机で、下書きを書きました。

紙に鉛筆で書いてから、画面に打つつもりでした。

「どうしてるの。何かあった?」

消しました。

「春から連絡がないので、心配しています。返事をください」

これも消しました。

「三月の電話のとき、私、変なこと言った?」

これがいちばん書きたい文でしたが、消しました。

鉛筆の先が、紙の上で止まったままになりました。

それを送ったら、多美子は理由を説明しなければならなくなります。

理由を言いたくないから、連絡が来ないのかもしれないのです。

二十六年前の私も、理由を言えませんでした。

店が忙しい、子どもが小さい。

そんなことは、手紙に書けば一行です。

書けなかったのは、忙しさではなく、書かなかった自分が後ろめたかったからでした。

三十分ほど、書いては消しを繰り返しました。

最後に残ったのは、これだけです。

「今日、商店街のイチョウがもう黄色くなってた。多美子さんは元気でいてね。返事はいらないからね」

「今度、来てね。狭いけど」

そう書き足して、しばらく見てから、その一行だけ消しました。

送ったのは、九月の第二日曜の、夜八時四十分でした。

多美子がいつも電話をくれていた時間の、終わりごろです。

既読は、つきませんでした。

季節が変わるたび、一行だけ

それから私は、季節が変わるたびに一行だけ送ることにしました。

十月には、商店街の福引きが今年は景品を減らしたこと。

十一月には、裏の家の柿が今年はよくなったこと。

十二月には、ショーケースを一つ処分したこと。

どれも、多美子には何の関係もない話です。

最後に必ず「返事はいらないからね」と書きました。

ショーケースを出す日は、朝から業者の人が二人来ました。

一階の板の間に、四角い日焼けの跡が残りました。

十二年間、そこにガラスが立っていたのです。

私は、その跡をしばらく見てから、写真は撮らずに文だけ送りました。

写真を送ると、返事をしたくなってしまう気がしたからです。

送ったあと、いつも五分ほど画面を見ています。

既読はつきません。

それでも、前のように「読まれなかった」とは思わなくなりました。

孫が言ったとおり、届いてはいるのです。

三度目を送ったあとで、夫が言いました。

「あれから、電話したのか」

「してないわよ」

「じゃあ、何してるんだ」

「……天気の話を、送ってるの」

夫は、しばらく黙ってから、「そうか」とだけ言いました。

それから湯のみを持って、こう続けました。

「向こうも、かけそびれてるのかもしれんな」

かけそびれる。

その言葉は、私の胸にすとんと落ちました。

二十六年前の私は、まさにそれでした。

日がたつほど、かけにくくなる。

かけにくくなるほど、日がたつ。

理由なんて、最初からなかったのかもしれません。

第二日曜の夜八時になると、まだ台所で時計を見てしまいます。

その癖だけは、抜けませんでした。

「落ち着いたら」がいつなのか

年が明けて、一月の終わりでした。

朝、洗濯物を干していると、二階で音がしました。

スマートフォンを見ると、多美子の名前がありました。

一行でした。

「ありがとう。落ち着いたら電話する」

それだけです。

私は物干し竿のところに立ったまま、その十六文字を何度も読みました。

落ち着いたら。

何が落ち着いていないのかは、書いてありません。

聞けば、たぶん教えてくれるでしょう。

でも、私は聞きませんでした。

洗濯かごを置いて、二階の机の前に座って、十分ほど画面を見ていました。

「大丈夫なの」と打って、消しました。

「待ってるからね」と打って、これも消しました。

待っている、と書いてしまったら、それはもう返事の催促です。

二十六年前、私を催促しなかったのは多美子のほうでした。

代わりに、その日の夕方、いつもの一行を送りました。

「梅が咲きはじめました。返事はいらないからね」

二月も、三月も、電話は鳴っていません。

第二日曜の夜八時、私はまだ台所にいます。

ただ、前とは少しだけ違います。

以前は、鳴らない電話を待っていました。

今は、次に何を書こうかと考えています。

これが待つということなのか、それとも聞かずに済ませているだけなのか。

四十五年つき合った相手に、半年で一行しか送れない私は、友達と言えるのか。

そのあたりのことは、いまだに分かりません。

押し入れから出した二十六年前の手帳は、捨てずに机の引き出しに入れてあります。

「多美子さんに返事」という細い字を、たまに見ています。

あなたなら、どうしますか?

急に連絡が来なくなった相手に、あなたは理由を聞きますか。それとも、聞かないまま送り続けますか。

返事を求めない連絡を、あなたはこれまでに送ったことがありますか。もし送るとしたら、何を書きますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 理由を探すことが、自分を責めることになっていないか

連絡が途切れると、人はまず自分の言動を疑います。

最後に会った日、最後に話した電話を、頭の中で何度も再生します。

けれど、相手が黙っている理由は、たいてい自分の外側にあります。

そして、外側にあることは、こちらからはどうやっても確かめられません。

確かめられないことを考え続けると、考えたぶんだけ自分が削れていきます。

2. 自分にも、途切れさせた側の時期がある

人は、自分が待たされた半年は数えますが、自分が待たせた三か月は忘れています。

古い手帳や、返事を出しそびれた手紙が出てくると、そのことに気づきます。

忙しかった、余裕がなかった。

理由はあったはずなのに、当時の自分もそれをうまく言えませんでした。

相手にも同じ事情があるかもしれないと思えると、理由を聞く必要が少し減ります。

3. 返事を求めない連絡なら、送れることがある

連絡ができないのは、内容が思いつかないからではありません。

返事が来なかったときのことが、こわいからです。

だとすれば、最初から返事をもらわない形にすれば、送れます。

天気の話、近所の話、季節の話。

用のない一行を送り続けることは、返事を待ち続けることより、ずっと軽く続けられます。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選ぶとしたらこの条件(一行だけ書ける短さ・季節ごとに柄が変わる・返事を求めない軽さ)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

季節のうちに一行だけ送る、十二か月の花の一筆箋

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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