人とのつながり
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ママ友と疎遠になった54歳。グループLINEが止まった日、私が一人にだけ手紙を書いた話

カフェで向かい合って話す二人の女性
kuroko

「卒業式、お疲れさまでした。十二年間、本当にありがとう。またね」

グループLINEの最後の一行は、それでした。

送ったのは、グループをまとめていた佐和子さんです。

その上には、体育館の前で撮った集合写真が一枚。

下には、「ありがとう」「またね」「また集まろうね」が、五つ並んでいます。

日付は、三月の九日。

そのあと、何もありません。

五十四歳。私のスマホの中で、その画面だけが止まっています。

十二年、毎日のように連絡していた人たち

グループの名前は「二組役員会」でした。

息子が小学一年生のとき、くじ引きで役員が当たった母親六人で作ったものです。

そのまま中学も高校も同じ学区で、気がつけば十二年、名前も変えずに続いていました。

運動会の場所取りは、朝の五時に校門の前。

部活の送迎は、車を出せる人が順番で。

受験の前には、塾の資料を写真に撮って回し合いました。

通知の音が鳴らない日は、ほとんどなかったと思います。

夕方の台所で、煮物の火を弱めながら返事を打つのが、私の毎日でした。

用があるから連絡していました。

息子が高校を卒業して、四月から大阪の大学に行くと、用がなくなりました。

用がなくなったら、連絡することがなくなりました。

当たり前のことです。

当たり前なのに、私は「嫌われたのかもしれない」と考えてしまいました。

四月の終わりに、スーパーで佐和子さんを見かけたことがあります。

レジの列が違っていて、声をかけそびれました。

佐和子さんの隣には、同じグループの千春さんがいました。

二人で、同じ袋に野菜を詰めていました。

誰かが個別に会っているのではないか。

私だけが、外れたのではないか。

家に帰って、グループの画面を何度も開きました。

三月九日の「またね」が、また出てくるだけでした。

そんなことを考える自分が、いちばん嫌でした。

五月の連休に、息子から電話がありました。

「母さん、元気? こっち、まだ友達少ないけど、まあ大丈夫」

「そう。ごはんは食べてるの」

「食べてる食べてる」

電話を切る前に、なんとなく聞いてみました。

「ねえ、高校のクラスのLINEって、まだ動いてる?」

「クラスの? 卒業してから誰もしゃべってないよ」

息子は、あっさり言いました。

「みんな、次の場所で忙しいんじゃない。止まってるのが普通だよ」

「そういうものなの」

「そういうもんだよ。なんで?」

「ううん、なんでもない」

電話を切ってから、私は少し笑いました。

十八歳の息子のほうが、私よりずっと落ち着いていました。

止まっているのが普通。

そう言われても、胸の中の小さな引っかかりは、すぐには消えませんでした。

連休の予定が、白いままでした

七月の終わり、夕食のあとに、夫がカレンダーを見ながら言いました。

「今度の連休、友達とどこか行けば」

夫は、九月の連休に会社の研修が入っていました。

私がひとりで家にいるのを、気にしてくれたのだと思います。

「友達って」

「ほら、役員の人たち。よく一緒に出かけてただろう」

「あれは、息子の用事よ」

言ってから、自分の言葉に驚きました。

行く相手が、思い浮かばなかったのです。

学生時代の友人とは、年賀状だけです。

職場は、スーパーの惣菜売り場のパートで五年目になります。

でも勤務時間がばらばらで、休憩室でゆっくり話したことはありません。

私はその夜、布団の中で指を折って数えてみました。

二人で、どこかへ出かけようと誘える人。

一本目の指が、なかなか折れませんでした。

そこで気づきました。

私の友達は、子どものつながりで出来た人たちだけだったのです。

子どもがいなければ、私には友達がいない。

その言い方は自分でも嫌でしたが、そのとおりでした。

「今度、二人でお昼どう?」

眠れないまま、ひとつの場面を思い出していました。

息子が小学校を卒業した年の、三月のことです。

謝恩会の片付けが終わって、体育館の裏で段ボールをつぶしていたときでした。

隣で同じ作業をしていたのは、山根さんでした。

同じ役員でしたが、グループの中ではいちばん口数の少ない人です。

LINEでも、スタンプか「了解です」くらいしか送ってこない人でした。

その山根さんが、ガムテープをはがしながら、ぽつりと言いました。

「今度、二人でお昼どう?」

私は、手を止めずに答えました。

「いいね。じゃあ、みんなにも声かけとくね」

山根さんは、少しだけ間を置いてから言いました。

「……そうだね。みんなのほうが、楽しいもんね」

結局、そのお昼は六人のランチ会になりました。

山根さんは端の席で、いつものように、にこにこして聞いていました。

あのとき私は、何も気づいていませんでした。

「二人で」と言われたことの重さを、少しも考えなかったのです。

六年たってから、布団の中で、その声だけがはっきり戻ってきました。

「みんなのほうが、楽しいもんね」

あれは、断られたと思った人の声でした。

年賀状の中の、一行

年末に、去年の年賀状を出してきました。

捨てる前に、一応もう一度見ておこうと思ったのです。

輪ゴムで束ねた四十枚ほどを、居間のこたつの上に広げました。

ほとんどは印刷だけでした。

家族の写真に、「今年もよろしく」の文字。

一枚だけ、下の余白に手書きがありました。

「また会いたいね」

山根さんでした。

細いボールペンの、少し右上がりの字です。

十二年のあいだ、特別に仲がよかったわけではありません。

グループの中では、むしろ口数の少ないほうでした。

私は押し入れから、一昨年の束も出してきました。

その前の年の束も出しました。

山根さんの年賀状には、毎年、同じ場所に同じ一行がありました。

「また会いたいね」

三年分、並べてみると、字の大きさまでほとんど同じでした。

その人が、去年も一昨年も、同じことを書いていました。

私は、それに返事をしていませんでした。

印刷の年賀状を一枚返して、それで済ませていたのです。

こたつの上で、三枚の年賀状を見ているうちに、手のひらが冷たくなりました。

送信ボタンではなく、ポストにしました

山根さんのLINEは、グループの中から友だちに追加すれば、すぐに送れます。

一月の夜、台所の椅子に座って、私は一度打ってみました。

「ご無沙汰しています。年賀状、いつもありがとう」

そこまで打って、指が止まりました。

既読がついたまま、返事が来なかったら。

グループが止まったときの、あの何度も画面を開く日々が、また始まる気がしました。

そう考えると、送信を押せませんでした。

打った文を消して、私は引き出しを開けました。

奥のほうに、便箋がひと綴り入っていました。

十年以上前に、パート先の送別会でもらったものです。

薄い水色の罫線で、使う機会がないまま、封も切っていませんでした。

手紙なら、既読はつきません。

返事が来るまでに、何日もかかります。

その何日かは、待っても不自然ではありません。

書き始めると、最初は長くなりました。

グループのこと、スーパーで見かけたこと、息子の大学のこと。

二枚目に入ったところで、ペンを置きました。

これは、私の言いたいことばかりでした。

山根さんに伝えたいのは、もっと少ないことのはずです。

もう一度、新しい一枚に書き直しました。

書いたのは、十行くらいです。

年賀状にいつも一言書いてくれていたこと。

返事をしていなかったこと。

あの三月に、「みんなにも」と言ってしまったこと。

今度、お昼でもどうですか、ということ。

最後に、「二人で」と書き足しました。

翌朝、パートに出る前に、郵便局の前のポストに入れました。

入れる前に、一度だけ封筒の宛名を読み返しました。

十日後に来た返事

十日後、パートから帰ると、郵便受けに白い封筒が入っていました。

裏を返すと、あの右上がりの字がありました。

返事も、手紙でした。

私は、台所で立ったまま封を切りました。

便箋は二枚で、一枚目は年賀状と同じ、細いボールペンの字でした。

手紙をもらってうれしかったこと。

あの三月のことは、正直に言うと少し寂しかったこと。

でも、自分も「二人で」ともう一度言えなかったこと。

その中に、こう書いてありました。

「実は私も、ずっと声をかけられなかった」

そして、二枚目の終わりに、こうありました。

「グループが止まったとき、嫌われたのかなと思って、何度も画面を見てしまいました」

私は、立ったまま読んで、そのあと座りました。

十二年、同じことを思っていた人がいたのです。

同じ画面を、同じように何度も開いていた人が、同じ町にいたのです。

その夜、夫に手紙を見せようとして、やめました。

代わりに、ひとことだけ言いました。

「来月、お昼を食べに行ってくる。昔の役員の人と」

夫は、テレビから目を離して言いました。

「そうか。二人でか」

「二人で」

夫はそれ以上、何も聞きませんでした。

手土産で、一時間迷いました

二月の終わり、駅の近くの和食屋さんでお昼を食べることになりました。

前の日、私は駅ビルの地下の菓子売り場を、一時間歩き回りました。

手ぶらで行くのは、なんだか落ち着かなかったのです。

最初は、きれいな箱の高いお菓子の前で止まりました。

でも、高いものは、相手に気を遣わせます。

次の返しを考えさせてしまったら、会うのが重くなります。

果物のタルトもおいしそうでした。

でも、生菓子は、その日のうちに食べなければいけません。

山根さんは、お昼のあとに買い物をして帰ると書いていました。

大きな詰め合わせも見ました。

でも、大きいものは、持って帰るのが大変です。

山根さんは、バスで来ると言っていました。

売り場の端で、私は手帳に書き出しました。

重くないこと。

日持ちすること。

家族で分けられること。

山根さんの家には、大学生の娘さんと、ご主人がいます。

三人で少しずつ分けられるものがいいと思いました。

三つの条件に合うものを、箱の裏の表示を見ながら選びました。

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当日、店の前で会った山根さんは、紙袋を提げていました。

席についてから、二人でほとんど同時に袋を差し出しました。

山根さんの袋の中身も、個包装の焼き菓子でした。

重さも、大きさも、同じくらいのものでした。

「同じこと考えてたのね」

山根さんが言って、二人で少し笑いました。

十二年一緒にいて、二人だけで笑ったのは、たぶんこれが初めてでした。

お昼を食べながら、最初のうちは、どちらも子どもの話をしていました。

大学がどうとか、一人暮らしがどうとか。

でも、それは十分ほどで終わりました。

話すことが尽きたとき、山根さんが湯のみを置いて言いました。

「ねえ、覚えてる? 運動会の場所取りで、朝五時に並んだとき」

「覚えてる。寒かったわよね、あの年」

「あのとき私、あなたに言ったのよ。いつか、子どもの話じゃない話もしてみたいねって」

私は、思い出せませんでした。

正直にそう言うと、山根さんは笑いました。

「あなた、『そんな話、ある?』って言ったのよ」

言われてみると、言ったような気がしました。

あの頃の私は、子どもの話以外に、話すことがあると思っていなかったのです。

「今日、やっとできそう」

山根さんは、そう言ってメニューをもう一度開き、甘味を二つ頼みました。

三回目の昼

それから、半年に一度、二人でお昼を食べることにしました。

二回目は夏の終わりで、三回目は、この前の二月でした。

今は三回目が終わったところです。

グループのことは、一度も話していません。

佐和子さんや千春さんが、今どうしているのかも知りません。

知らなくていい、と思えるようになりました。

たぶん、みんな次の場所で忙しいのです。

話すのは、親の通院の話と、膝の話と、最近読んだ本の話です。

山根さんのお母さんは、月に一度、隣の市の病院に通っています。

私の膝は、階段を下りるときに少し鳴ります。

本は、図書館で借りたものを、お互いに一冊ずつ教え合っています。

運動会の朝に言っていた「子どもの話じゃない話」は、こういう話だったのかもしれません。

三回目の帰り道、バス停まで歩きながら、山根さんが言いました。

「次は、秋ね。連休あたりはどう?」

私は、手帳のカレンダーを開いて、九月の連休のところに小さく丸をつけました。

あの夏、夫に言われて、白いままだった場所です。

友達の数は、十二年前より減りました。

けれど、名前を書いて手紙を出せる人が、一人だけいます。

一人いれば、連休の予定は立ちます。

今年の年賀状

秋が過ぎて、また年賀状を書く季節になりました。

十二月の夜、こたつの上に、はがきの束を置きました。

今年も、ほとんどは印刷のままです。

グループの人たちにも、例年どおり一枚ずつ出すつもりです。

止まった画面のことを思い出すと、まだ少し胸の奥がきゅっとします。

それは、たぶんこの先も、完全にはなくならないのだと思います。

山根さんの一枚だけは、印刷の下に余白を残しておきました。

何を書こうか、しばらくペンを持ったまま考えました。

隣で、夫がみかんをむきながら言いました。

「その人のは、手で書くんだな」

「ええ。毎年、書いてくれてたから」

夫は、むいたみかんの半分を、黙って私の前に置きました。

私は、余白に一行だけ書きました。

「また会おうね。次は私から誘います」

右上がりではない、私の丸い字でした。

窓の外では、夕方から降りだした雨が、いつのまにか雪に変わっていました。

あなたなら、どうしますか?

「子どものつながり」がなくなっても、もう一度会いたい人は誰ですか。

そして、その人に連絡するなら、LINEと手紙のどちらにしますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 用がなくなれば、連絡は止まる

連絡が来なくなったのは、嫌われたからとは限りません。

用でつながっていた関係は、用が終われば静かになります。

2. 返事を待てる形で送る

既読がついて返事が来ない時間は、こたえます。

手紙のように、待つ時間が不自然でない形を選ぶ手もあります。

3. 人数ではなく、一人

友達を人数で数えると、減った分だけ寂しくなります。

名前を書いて手紙を出せる人が一人いれば、予定は立ちます。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(重くない・日持ちする・家族で分けられる)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

久しぶりに会う人への手土産

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  • 販売ページの記載:製品サイズは30.2×27.1×5cm・710g
  • 選ぶときは、個包装かどうか・枚数(分けやすいか)・箱の大きさと重さを見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

次の物語

この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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