夫と一緒に出かけたくない59歳。気持ちが離れたのかと思っていた私が、土曜の午後に決めたこと
私の寝室の押し入れには、母の手提げがひとつ掛かっています。
紺色の布でできた、口がひもで閉まるだけの袋です。
持ち手の革は、母の手の形にすり減って、片側だけ色が薄くなっています。
母が亡くなって六年になりますが、これだけは捨てられずにいます。
内ポケットには、市営バスの古い回数券が三枚、輪ゴムでとめたまま入っています。
どの券にも、同じ停留所の名前が鉛筆で書いてあります。
「川端橋」。
母の字です。
私はこの手提げを、年に一度、衣替えのときに出して、また戻します。
何年も、それだけでした。
「土曜、どこか行く?」
「土曜、どこか行く?」
金曜の夜、夫にそう聞かれると、私は少し身構えます。
五十九歳。結婚して三十二年になります。
夫は六十一歳で、去年まで勤めていた会社に、今は週三日だけ通っています。
嫌いになったわけではありません。
夫は、声を荒らげたこともない人です。
ごみ出しも、風呂掃除も、言わなくてもやってくれます。
それなのに、一緒に出かけるのが億劫なのです。
「どこでもいいけど」
私はたいてい、そう答えます。
「じゃあ、隣町のあそこでも行くか。靴下が足りないんだ」
「うん、いいわよ」
口では、そう言います。
その晩、布団に入ってから、明日の午後のことを考えて、少しだけ気持ちが重くなります。
理由を聞かれても、うまく答えられなかったと思います。
三歩うしろで、二分
その土曜も、隣町の大きな商業施設に行きました。
夫の運転で、二十五分です。
立体駐車場の四階に車を停めて、エレベーターで下りると、夫はもう歩き出しています。
夫は歩くのが速く、私は三歩うしろを歩きます。
追いつこうとすると小走りになるので、いつの間にか、三歩うしろが私の場所になりました。
靴下の売り場で、夫は五分で買い物を終えました。
そのあと、私が雑貨屋の前で足を止めると、夫も止まります。
店に入ると、夫は入口で立っています。
腕を組んで、通路の天井のあたりを眺めています。
私は、秋ものの布巾を手に取って、裏返して、値札を見ました。
隣の棚の、木のお盆も気になっていました。
でも、入口の夫の姿が、目の端に入るのです。
見たい店があっても、待たせているのが分かるので、二分で出ます。
「もういいのか」
「うん、見てただけ」
昼は、夫が「ここでいいか」と言った店に入ります。
フードコートの、いちばん入口に近いうどん屋でした。
私は、「うん」と答えます。
本当は、二階の奥にある、窓際の席のある洋食屋が気になっていました。
言えば、夫は「じゃあそっちにするか」と言ったと思います。
分かっていて、言いませんでした。
帰りの車で、夫が言いました。
「今日は楽しかったな」
私は「うん」と言いました。
嘘ではありません。
夫と並んでうどんをすするのが、嫌なわけではないのです。
でも、その夜、少し泣きました。
洗面所で歯を磨きながら、急に鼻の奥がつんとしたのです。
何が悲しいのか、自分でも分かりませんでした。
七年前の、法事の帰り
言わなかったのには、理由がありました。
七年前、夫の父の七回忌の帰りのことです。
親戚の家から駅へ向かう車の中で、私は冗談のつもりで言いました。
「たまには、ひとりでふらっと出かけてみたいわね」
法事の支度で、朝から台所に立ちっぱなしだった日でした。
夫はハンドルを握ったまま、前を見て言いました。
「じゃあ、ひとりで行けばいい」
声は怒っていませんでした。
でも、そのあと家に着くまで、夫は一言もしゃべりませんでした。
次の日も、その次の日も、夫は必要なこと以外、口をききませんでした。
三日目の夜、夫が風呂から上がって、ぽつりと言いました。
「俺と出かけるのは、つまらないか」
「そんなこと言ってないでしょう」
「そうか」
それで、その話は終わりました。
私はそのとき、決めたのです。
ひとりで出かけたい、とはもう言わない。
言えば、この人を傷つける。
それから七年、私は「どこでもいいけど」と答え続けてきました。
「気持ちが離れたのか」と打ちこんだ夜
商業施設から帰った夜、夫が寝たあとで、私は台所の椅子に座りました。
冷蔵庫の低い音だけが聞こえていました。
自分はひどい妻なのではないかと思いました。
三十二年一緒にいて、並んで歩くのが億劫だなんて。
一緒にいるのが嫌なら、それは終わりのはじまりではないのか。
そんなふうに考えて、眠れませんでした。
スマホを開いて、検索の欄に打ちこみました。
「夫と出かけたくない 気持ちが離れた」
指が少し震えていました。
同じことを書いている人が、たくさんいました。
「夫と出かけたくない。旅行も一人でしたい。これは気持ちが離れているのでしょうか」
「夫が歩くのが速くて、いつも置いていかれる。合わせてほしいと言えない」
読みながら、一件ずつ、画面を下へ送りました。
答えている人の言葉より、相談している人の言葉のほうを、何度も読み返しました。
読んでいるうちに、少し落ち着きました。
私だけではなかったのです。
時計を見ると、一時を過ぎていました。
「おばあちゃん、水曜はいなかったよね」
次の週、隣の市に住んでいる娘から電話がありました。
娘は三十歳で、小学生の男の子がひとりいます。
用件は、孫の運動会の日取りでした。
話のついでに、私は言いました。
「この前、お父さんと隣町に行ったのよ」
「へえ、仲いいじゃない」
「そうでもないのよ。お母さん、ずっとうしろを歩いてるだけ」
笑い話のつもりでしたが、娘は少し黙りました。
それから、思い出したように言いました。
「そういえばさ、おばあちゃんも、おじいちゃんのうしろ歩いてたよね」
「そうだったかしら」
「そうだよ。あと、おばあちゃん、水曜の午後はいつもいなかったよね。私が学校帰りに寄っても、留守でさ」
電話を切ってから、私はしばらく台所に立っていました。
娘の言ったことを、頭の中で繰り返しました。
実家の母は、父と出かけるとき、いつも父の少しうしろを歩いていました。
父は悪い人ではありませんでした。
口数は少なかったけれど、母の誕生日には、毎年同じ店の大福を買ってくる人でした。
母も、文句を言ったことはありません。
でも母は、水曜の午後だけ、ひとりでバスに乗って出かけていました。
昼の片付けが終わると、紺色の手提げを持って、玄関で「ちょっと出てくるね」と言う。
夕方の五時には、何ごともなかったように台所に立っている。
どこへ行っていたのか、私は知りません。
聞いたことがなかったからです。
私はその夜、押し入れを開けて、母の手提げを出しました。
内ポケットの回数券を、一枚ずつ広げました。
川端橋。
実家から、バスで二十分ほど下ったところにある停留所です。
大きな病院も、デパートもない、川沿いの住宅地です。
そのとき、はじめて思いました。
母は、父が嫌いだったのではなくて、自分の速さで歩きたかっただけなのではないか、と。
父のうしろを歩く一週間のうち、半日だけ、誰の背中も見ずに歩く日があった。
それで、母は父の隣に戻ってこられたのかもしれません。
私は、回数券を元の輪ゴムでとめ直しました。
「それぞれ好きなところに」
土曜の朝、夫がいつものように聞きました。
「今日、どこか行く?」
私は、洗い物の手を止めて、夫のほうを向きました。
七年前の車の中のことが、頭をよぎりました。
夫に言ったのは、これだけです。
「土曜の午後、それぞれ好きなところに行くのはどう」
夫は少し黙って、「ああ、いいけど」と言いました。
拍子抜けするくらい、あっさりしていました。
「いいの?」
「いいよ。行きたいところ、あるんだろう」
私のほうが、何か言い訳をしなければいけない気がしていました。
「別に、あなたと出かけるのが嫌とかじゃなくてね」
「分かってるよ」
夫は、新聞をたたみながら言いました。
「俺が入口で突っ立ってると、お前、ゆっくり見られないだろう。前から悪いと思ってたんだ」
私は、何も言えませんでした。
あとから聞いたら、夫は夫で、私を急かしているのがずっと気になっていたそうです。
店の入口で天井を眺めていたのは、中までついていくと私が落ち着かないだろう、と思っていたからでした。
私は私で、待たせるのが悪いと思って、二分で店を出ていました。
三十二年、お互いに気を遣っていたわけです。
「七年前、法事の帰りに言ったこと、覚えてる?」
私が聞くと、夫は少し考えて、首を振りました。
「何か言ったか」
私は笑ってしまいました。
七年、大事にしまっていたのは、私だけだったようです。
川端橋の雨
最初の別々の土曜、私はバスに乗りました。
行き先は、川端橋にしました。
実家の町までは電車で一時間かかります。
駅前から、母が乗っていたのと同じ系統のバスに乗りました。
窓から見える景色は、母がいた頃とはずいぶん変わっているはずです。
それでも、停留所の名前だけは同じでした。
川端橋で降りると、低い堤防と、細い川沿いの道が続いていました。
道の途中に、古い喫茶店がありました。
入口のガラス戸に、手書きで「ナポリタン」と貼ってありました。
昼に入る店を、自分で決めたのは、いつ以来だったでしょう。
私は、窓際の二人掛けの席にひとりで座って、ナポリタンを頼みました。
誰にも「ここでいいか」と聞かれない昼ごはんでした。
食べ終わって店を出ると、空が暗くなっていました。
川沿いを歩き始めて十分ほどで、大粒の雨が落ちてきました。
傘は持っていませんでした。
夫と一緒のときは、いつも車でした。
雨が降っても、駐車場から建物までの数歩を走ればすんだのです。
私は、バス停の小さな屋根の下に駆けこみました。
屋根は、二人立てばいっぱいになるくらいの狭さでした。
次のバスまで、三十分ありました。
肩を濡らしながら、ベンチの端に座って、雨の川を見ていました。
母も、こうして雨宿りをしたことがあったのかもしれない。
そう思うと、不思議と嫌な気持ちはしませんでした。
鞄に入れっぱなしにしたもの
その晩、夫は私の濡れたカーディガンを見て言いました。
「降られたのか」
「ちょっとね。バス停で三十分」
「迎えに行けばよかったな」
「いいのよ。ひとりで行くって決めたんだから」
別々に出かけると決めてから、困ったことがひとつありました。
思い立って出かけた日に限って、雨が降るのです。
夫と一緒のときは、車でした。
ひとりだと、歩きとバスになります。
天気予報を見て、傘を持つかどうか迷っているうちに、出かける気持ちがしぼんでしまう日もありました。
それで、鞄に入れっぱなしにできるものを、ひとつ買うことにしました。
条件は三つでした。
鞄の底に入れておいても重さが気にならないこと。
畳んだときに、いつもの鞄に横にして入る長さであること。
晴れの日にも雨の日にも使えること。
日差しの強い日に、川沿いを歩くこともあるからです。
売り場で手に取っては戻し、いくつか持ち比べて、重さの数字を見て決めました。
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家に帰って、鞄の内ポケットに入れました。
鞄に入れっぱなしにしておくと、迷う時間がなくなります。
天気予報は、あまり見なくなりました。
もうひとつ、足の話があります。
川端橋の日、私はいつもの外出用の靴で出かけていました。
車で出かけて、駐車場から売り場まで歩くためのかかとの靴です。
川沿いを一時間歩いた帰り道、右のかかとに靴ずれができていました。
バスの中で靴を脱いで、足の指を動かしながら、ひとりで苦笑いしました。
次の週、歩くための靴を一足探しました。
条件は、一日歩いてもかかとが当たらないこと、雨で濡れた道でも底が滑りにくいこと、玄関で腰をかがめずに履けることでした。
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見た目は、二の次にしました。
帰ってから話すこと
別々の土曜は、それから毎週のように続いています。
土曜の夕方、先に帰るのはたいてい私です。
夫が帰ってくると、「どこ行ってた」と聞きます。
夫は、ホームセンターと、その隣の中古の本屋に行っていました。
「本屋?」
「古い地図とか、昔の写真の本とか、見てると面白いんだ」
三十二年、そんな店に行っているとは知りませんでした。
私は、川沿いの喫茶店と、堤防の道の話をしました。
川端橋の喫茶店のナポリタンが、少し甘かったこと。
堤防の上を、犬を三匹連れた人が歩いていたこと。
夫は、夕飯のさばの煮つけをつつきながら、「三匹か」と笑いました。
一緒に行っていた頃より、話すことが増えたのです。
同じものを見た日は、話すことがありませんでした。
違うものを見た日は、話すことがあります。
そんな簡単なことに、三十二年かかりました。
十一月のはじめの土曜、夫が一冊の薄い本を持って帰ってきました。
表紙の角が丸くすり切れた、昔の市内の地図でした。
「中古の本屋で見つけた。四十年くらい前のやつだ」
夫は、付箋を貼ったページを開いて、私の前に置きました。
バスの路線が、赤い線で描かれていました。
その線の先に、小さな文字で「川端橋」とありました。
停留所の横には、「市民会館分室」と書かれた四角い印がありました。
「お前の母さんが乗ってたバス、これだろう」
私は、しばらく地図から目を上げられませんでした。
回数券の話をしたのは、一度だけです。
夕飯のときに、ついでのように話しただけでした。
「その分室で、何をやってたのかは分からんけどな」
母がそこへ通っていたのかどうかは、今も分かりません。
習いごとだったのかもしれないし、ただ川を見ていただけかもしれない。
聞く相手は、もういません。
分からないままで、いいような気もしています。
夫は、湯のみのお茶を飲み干してから言いました。
「来週も別々か」
「そのつもり」
「そうか」
夫は少し間を置いて、地図を閉じました。
それから、私のほうを見ずに言いました。
「今度、その喫茶店、一回だけ連れてけ。ナポリタンが甘いんだろう」
私は、地図の「川端橋」の字を指でなぞりながら答えました。
「一回だけね。私の速さで歩くなら」
あなたなら、どうしますか?
もし今週の土曜、それぞれ別のところに行くとしたら、あなたはどこへ行きますか。
そして、帰ってきてから最初に聞くとしたら、何と聞きますか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 出かけたくないのは、相手が嫌いだからとは限らない
歩く速さ、店で待たせること、休むタイミング。
億劫さの中身を分けてみると、相手そのものではないことがあります。
2. 気を遣っているのは、たいてい両方
待たせているほうも、気にしていることがあります。
言わないまま何十年も過ぎることは、めずらしくありません。
3. 違うものを見た日のほうが、話すことがある
同じ時間を過ごすことと、話すことが増えることは、別のことです。
別々に出かけると、持ち帰る話が二つになります。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(鞄に入れっぱなしにできる・軽い・晴れの日も雨の日も使える)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
鞄に入れっぱなしにする折りたたみ傘
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- 販売ページの記載:重さは188〜230g(サイズにより異なる)
- 販売ページの記載:晴雨兼用・自動開閉・収納ポーチ付き
- 販売ページの記載:畳んだときの梱包サイズは27.7×6.3×6cm
- 選ぶときは、重さ・畳んだときの長さ・開閉の方式・晴雨兼用かどうかを見ると選びやすくなります。
かがまずに履ける歩くための靴
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- 販売ページの記載:立ったまま履ける伸縮性のひも設計(結ばないタイプ)
- 販売ページの記載:防水・幅は3E
- 選ぶときは、脱ぎ履きのしやすさ・雨の日に履けるか・足の幅の表示を見ると選びやすくなります。
- 足の形や幅の感じ方には個人差があります。可能であれば、実際に履いて確かめてください。
※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。
次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。