夫婦ふたりの時間
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夫が物を捨てない。言うたびにけんかになっていた62歳の私が、自分の押し入れから三割減らした一か月

押し入れの前で古い箱を開ける夫婦の手元
kuroko

押し入れの上の段の奥に、古い菓子箱がありました。

蓋には、黒のマジックで「まだ使える」と書いてありました。

私の字です。

開けてみると、中には毛糸の玉が十二個と、使いかけの編み棒と、黄ばんだ編み図が入っていました。

最後に編み物をしたのは、娘が中学生の頃です。

もう二十年以上前になります。

私は箱を抱えたまま、しばらく押し入れの前に座り込んでいました。

夫に物を捨ててほしいと、この一年、あれほど思い続けてきたのに。

六十二歳です。

夫は六十五歳で、三年前に定年を迎えてから、ほとんど家にいます。

二階建ての古い家に、夫婦二人で暮らしています。

「お前の物だって、多いだろう」

夫は、物を捨てない人です。

二階の六畳は、夫の部屋になっています。

そこには、三十年分の釣りの雑誌が、壁ぎわに腰の高さまで積んであります。

庭の物置には、釣り竿が九本と、道具箱が五つ。

竿には、夫が一度も使っていないものも混ざっています。

義父が使っていたものだと聞いたことがありますが、どれがそうなのか、私には分かりません。

去年の秋、私はとうとう我慢ができなくなりました。

資源ごみの日の朝、夫がまだ寝ているうちに、雑誌を二十冊ほど束ねて、集積所に出したのです。

一番下の、ほこりをかぶっていた束です。

どうせ気づかないだろうと思っていました。

昼前、夫が玄関で大きな声を出しました。

「これ、出したの、お前か」

足元に、ひもで縛った雑誌の束がありました。

散歩の途中で、集積所に自分の雑誌があるのを見つけて、持って帰ってきたのです。

「だって、もう読まないでしょう」

「読むかどうかは、俺が決める」

「三十年も積んだままじゃない。地震が来たら、あの部屋、崩れるわよ」

「勝手に捨てるなと言ってるんだ」

夫は束を抱えて階段を上がりかけて、振り返りました。

「お前の物だって、多いだろう」

私は、言い返せませんでした。

言い返せないことが、よけいに腹立たしかったのです。

三日、口をきかなかった

それから三日、私たちはほとんど口をききませんでした。

食事は出しました。

夫も、黙って食べました。

居間には、時計の音と、箸が器にあたる音だけがしていました。

結婚して三十六年、けんかをしたことは何度もあります。

でも、物のことでこんなに長く黙り込んだのは、初めてでした。

四日目の朝、夫が台所に来て言いました。

「雑誌、下のほうのは、そのうち自分で片付ける」

「そう」

私は、それだけ答えました。

「そのうち」がいつなのか、聞きませんでした。

聞けば、またけんかになると分かっていたからです。

それから一年、雑誌の山は一冊も減っていません。

私のほうも、あれ以来、夫の部屋のことは口にしなくなりました。

言うたびにけんかになるなら、言わないほうがいい。

そう思って黙っていただけで、納得したわけではありませんでした。

物置の前を通るたびに、ため息が出ました。

洗濯物を干しながら、物置の戸の隙間から見える竿の先を数えてしまう日もありました。

九本あるうちの何本を、夫はこの三年で使ったのだろう。

そんなことを考えているときの私の顔は、きっと、夫の雑誌を束ねた朝と同じ顔をしていたと思います。

押し入れの、上の段と下の段

菓子箱を見つけたのは、お盆に娘が帰ってきたときでした。

娘の由香は三十四歳で、隣の県で夫と暮らしています。

「お母さん、夏用の薄い掛け布団、ある? 持ってくるの忘れちゃった」

客間の押し入れを開けて布団を探しているうちに、奥の箱が次々に出てきたのです。

「まだ使える」と書いた菓子箱。

娘が小さい頃に着ていた、よそ行きのワンピース。

いただきもののタオルが、箱に入ったまま七つ。

いつか何かに使おうと取っておいた、きれいな包装紙の束。

洋裁をしていた頃の型紙が、紙袋に三つ。

どれも、ここ十年、一度も開けていない箱でした。

娘は、畳の上に並んだ箱を見て、くすっと笑いました。

「お母さん、これ、お父さんの雑誌と同じじゃない?」

「同じじゃないわよ。これは、使えるものだもの」

「お父さんも、たぶんそう言うよ」

娘は、責めるような言い方はしませんでした。

ただワンピースを広げて、「懐かしい。これ、七五三のあとに着たやつだ」と言っただけです。

その夜、私は一人で、押し入れの上の段と下の段を見比べました。

上の段は、私の物でいっぱいでした。

下の段の布団は、奥のほうに押し込まれていました。

夫の部屋のことばかり言っていた私の押し入れが、夫の部屋と同じになっていたのです。

「お前の物だって、多いだろう」

一年前の夫の言葉が、そのとき初めて、まっすぐに聞こえました。

夫の物には、触らない

次の朝、私は二つのことを決めました。

一つめは、夫の物に触らないこと。

雑誌にも、釣り竿にも、何も言わない。

二つめは、自分の物を、一か月で三割減らすこと。

三割と決めたのは、押し入れの箱を数えたら、ちょうど二十あったからです。

六つ減らせば、十四になります。

全部を片付けようとすると、きっと途中でやめてしまいます。

三割なら、できそうな気がしました。

夫には、何も言いませんでした。

言えば、当てつけに聞こえると思ったのです。

娘が帰る日、駅まで送る車の中で、それだけ話しました。

「お母さん、自分の押し入れからやってみる。お父さんのは、しばらく放っておく」

「いいんじゃない。お父さん、言われると意地になる人だから」

娘は、窓の外を見ながら言いました。

「でも、たぶん気にするよ。お母さんが何か片付けてたら」

一日一箱

一日に一箱だけ、開けることにしました。

朝、夫が散歩に出ている三十分のあいだです。

最初の箱は、いただきもののタオルでした。

七つあるうち二つを残して、あとは町内会のバザーに出すことにしました。

バザーの係をしている佐々木さんの家に持っていくと、佐々木さんは箱を開けて言いました。

「まあ、新しいまま。こういうの、欲しい人がいるのよ。すぐ出ちゃうわ」

「うちで眠らせておくより、いいかと思って」

「眠らせてる物、どこの家にもあるのよね」

佐々木さんは、笑いながら続けました。

「うちの主人なんて、ゴルフのクラブが三セットよ。本人、もう十年行ってないのに」

私は、思わず笑ってしまいました。

うちだけではなかったのです。

二つめの箱は、型紙でした。

これは、思っていたより時間がかかりました。

一枚ずつ広げると、その服を縫った日のことを思い出すのです。

娘の入学式のスーツ。

自分用に縫った、紺のワンピース。

結局、その日は一枚も減らせませんでした。

次の日、残す型紙は一つの紙袋に入るだけ、と決めて、やり直しました。

入らなかった分は、紙ごみに出しました。

三つめの箱が、あの「まだ使える」の菓子箱でした。

毛糸の玉を手に取ると、ほとんどが、途中でやめたセーターの糸でした。

十二個のうち、色のきれいな四つだけを残しました。

残りは、佐々木さんに渡しました。

「編み物をする人たちが、集会所で教室をやってるの。持っていくわね」

誰かが使ってくれるのなら、それでよかったのです。

四つめの箱は、娘のワンピースでした。

これだけは、私一人では決められませんでした。

娘にLINEで写真を送って、聞いてみました。

「このワンピース、どうする? 取っておく?」

返事は、夜になって来ました。

「写真があれば十分。お母さんが持ってたいなら、持ってていいよ」

私は、しばらくその文を見ていました。

持っていたいのは、娘ではなく、私のほうだったのです。

ワンピースは、写真を三枚撮ってから、佐々木さんに渡しました。

五つめの包装紙の束は、あっけなく終わりました。

広げてみると、半分は折り目のところが茶色く焼けていて、もう何も包めなかったのです。

きれいなまま取っておいたつもりの物が、箱の中で古くなっていました。

竿を磨く夜

片付けを始めて十日ほどたった夜、夫が縁側で釣り竿を磨いていました。

古い布で、竿の継ぎ目を一本ずつ拭いているのです。

使わない竿を、なぜ磨くのだろうと、ずっと思っていました。

その夜は、なぜか聞いてみる気になりました。

「その竿、お義父さんの?」

「これは違う。親父のは、あっちの二本だ」

夫は、物置のほうを顎でさしました。

「親父とはな、十歳のときに一回だけ、川に行ったことがある」

初めて聞く話でした。

義父は、夫が高校生のときに亡くなっています。

「どこの川だったか、覚えてないんだ。雑誌に、その川が載った号があったはずなんだが」

「それで、捨てられないの?」

「探すつもりで積んでたら、三十年たった」

夫は、少し笑いました。

私は、去年の秋に、その雑誌を黙って集積所に出したのです。

「……あのとき、ごめんなさい」

「もういい」

夫はそれだけ言って、また竿を拭き始めました。

「その号、今度一緒に探しましょうか」

「いい。そのうち、自分で探す」

また「そのうち」でした。

けれど、一年前に聞いた「そのうち」とは、少し違って聞こえました。

雑誌の山の意味を、私は三十年、知ろうともしていませんでした。

蓋のある箱

二週間たって、中身を減らした箱をまとめ直すと、二十が十五になりました。

ただ、減らしてみて分かったことがあります。

残った物の入れ物が、ばらばらでした。

お菓子の空き箱、デパートの紙袋、段ボール。

大きさも形も違うので、重ねるとすぐに崩れます。

上の段の奥に何が入っているのか、開けてみないと分かりません。

中身を分からなくしていたのは、この入れ物だったのかもしれないと思いました。

残す物を入れる箱を、そろえることにしました。

条件は三つでした。

蓋があって、ほこりが入らないこと。

同じ大きさで、重ねても崩れないこと。

押し入れの奥行きに収まって、一人で持ち上げられる重さであること。

中が透けて見える箱も考えました。

けれど、客間の押し入れなので、ふすまを開けたときに中身がごちゃごちゃ見えるのは嫌でした。

店で蓋を開け閉めして、角を持って持ち上げてみてから選びました。

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箱には、ラベルを貼りました。

「まだ使える」とは書きませんでした。

代わりに、中身と、次に開ける月を書きました。

「毛糸四つ 十一月に開ける」

「型紙 由香が来たら見せる」

「写真 来年の三月に整理する」

開ける月を書いておけば、また二十年眠らせることはないと思ったのです。

一か月たって、押し入れの箱は十四になりました。

三割、減りました。

下の段の布団は、手前に出せるようになりました。

最後の日、そろった箱を押し入れに並べていると、廊下を通りかかった夫が、ふすまの前で足を止めました。

「ずいぶん、すっきりしたな」

「三割よ。まだ七割あるの」

「七割か」

夫は、それ以上は何も言わずに、居間へ戻っていきました。

物置の棚が、一段空いていた

片付けているあいだ、夫は何も言いませんでした。

バザーに持っていく日に、「車、出すか」と言って、段ボールを三つ運んでくれただけです。

「どうしたんだ、急に」とも聞きませんでした。

バザーの当日、集会所の前に車を停めると、夫は段ボールを抱えて、並べるところまで手伝ってくれました。

佐々木さんが、小声で私に言いました。

「ご主人、手伝ってくださるのね。うちのは、来もしないわよ」

私は笑ってごまかしました。

隣の机には、どこかの家から出た古い釣り竿が一本、立てかけてありました。

小学生くらいの男の子が、それを手に取って、おじいさんらしい人に見せていました。

「これ、ほんとに釣れる?」

「釣れるさ。今度の日曜、川に行くか」

二人は、百円玉を三枚置いて、竿を持って帰っていきました。

夫は、段ボールを持ったまま、その背中をしばらく見ていました。

帰りの車の中で、夫は一言も話しませんでした。

私も、何も聞きませんでした。

それからも、夫の部屋のことは一度も口にしませんでした。

雑誌の山は、今もそのままです。

九月の終わり、庭の物置に、草取りの鎌を取りに行きました。

戸を開けて、あれ、と思いました。

道具箱が、四つになっていたのです。

一番下の棚が、一段空いていました。

どこへ行ったのかは、分かりません。

聞いてみようかと思って、やめました。

聞けば、夫が引っ込めてしまう気がしたのです。

その夜、夕飯のときに、夫が箸を置いて言いました。

「佐々木さんのところのバザー、次はいつだ」

「来月の半ばだって」

「竿を二本、持っていく。親父のじゃないやつだ」

私は、「そう」とだけ答えました。

夫は少し黙ってから、客間のほうを見ました。

「お前が押し入れに入れてる、あの蓋の箱。あれ、もう一つあるか」

「あるけど。どうするの」

「残す道具を、あれにまとめる」

それから、ご飯を一口食べて、付け足しました。

「……捨てたんじゃないぞ。まとめただけだ」

あなたなら、どうしますか?

家族の物が気になっているとき、あなたの押し入れやクローゼットの奥には、何年も開けていない箱がありますか。相手に何か言う前に、自分の箱を一つだけ開けるとしたら、どの箱から開けますか。

「まだ使える」と思って取ってある物に、次に開ける月を書くとしたら、あなたは何月と書きますか。その月が来たとき、もう一度開ける自分の姿が浮かびますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 「捨てて」と言うほど、相手は抱え込む

物には、持ち主にしか分からない理由がついていることがあります。

黙って出された雑誌を、夫は集積所から持って帰ってきました。

言い合いになったのは、物の量より、「勝手に決められた」ことのほうだったのかもしれません。

2. 相手の物より先に、自分の箱を数える

主人公の押し入れの箱には、自分の字で「まだ使える」と書いてありました。

人の物は多く見えて、自分の物は「使える物」に見えます。

全部ではなく、三割と数字で決めると、始めやすくなります。

3. 次に開ける月を書いておく

入れ物がばらばらだと、中に何があるのか分からなくなります。

箱をそろえて、中身と「次に開ける月」を書いておくと、しまった物が眠ったままになりにくくなります。

夫が自分の道具をまとめ始めたのも、言われたからではありませんでした。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(蓋があってほこりが入らない・同じ大きさで重ねても崩れない・押し入れの奥行きに収まり一人で持ち上げられる)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

押し入れにそろえて重ねる、蓋つきの収納ボックス

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  • 販売ページの記載:ポリプロピレン製・ふた付き・6個セット・色はホワイト
  • 販売ページの記載:外寸 幅約29.5×奥行約22.4×高さ約13.3cm・重さ約323g
  • 販売ページの記載:ふたにふちがあり、積み重ねられる・丸洗いできる
  • 選ぶときは、入れたい場所の奥行きと高さ・重ねられるか・中が見えるかどうかを見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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