夫婦ふたりの時間
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定年した夫に、出かけるたび「どこ行くの」と聞かれる。息が詰まっていた62歳の私が、玄関の扉に行き先を書くことにした冬

縁側に並んで座る夫婦と二つの湯のみ
kuroko

「どこ」

「何時に帰る」

「昼は」

スマホの画面に、夫からのLINEが三つ、縦に並んでいました。

十一時五十二分。

公民館の体操教室が終わって、仲間と長机でお茶を飲んでいたときでした。

三つとも、単語だけです。

夫のLINEは、いつもこうです。

私は、湯のみを置いて、机の下で返事を打ちました。

「公民館。一時には帰ります。お昼は冷蔵庫」

送ってから、胸の奥が重くなりました。

家を出るとき、行き先も帰る時刻も、ちゃんと言ってきたのです。

それなのに、二時間もしないうちに、また聞かれる。

六十二歳です。

夫は六十五歳で、この春、四十二年勤めた鉄道の仕事を定年で終えました。

夫が家にいるようになってから、私は出かける前から疲れるようになっていました。

靴べらを持ったまま

最初に聞かれたのは、夫が家にいるようになって三日目の朝でした。

玄関で靴をはいていると、居間から夫が出てきました。

「どこ行くの」

「スーパー。卵が切れたから」

「何時に帰るの」

「三十分くらいよ」

夫は「そうか」と言って、居間に戻りました。

そのときは、何とも思いませんでした。

でも、それが毎回になりました。

スーパーに行くときも、郵便局に行くときも、ゴミを出しに行くときでさえ、玄関で聞かれます。

「どこ行くの」

「何時に帰るの」

四十年近く、夫は朝の五時台に家を出て、夜まで帰らない人でした。

線路の点検や修理をする仕事で、夜中に呼び出されることもありました。

そのあいだ、私がどこへ出かけて何時に帰っても、誰にも聞かれたことはありませんでした。

それが当たり前だったのです。

今は、玄関で靴べらを持ったまま、答えを考えています。

本当は、どこという用もなく、ただ駅のほうまで歩きたいだけの日もあります。

でも、それを説明するのは、なんだか気恥ずかしい。

「ちょっと、そのへん」と言うと、夫は「そのへんって、どこ」と聞き返します。

責められているわけではないのに、責められているような気がしました。

出かける前から、玄関の扉が重くなりました。

「刑事さんじゃあるまいし」

十一月の初め、私は一度、言ってしまいました。

その日は、高校の同級生と、隣の市の美術館に行く約束をしていました。

朝から少し急いでいて、玄関で靴のかかとがうまく入らずにいました。

後ろから、いつもの声がしました。

「どこ行くの」

「昨日、言ったでしょう。美術館」

「何時に帰るの」

「分からないわよ、そんなの」

「分からないって、だいたいでいいから」

私は靴べらを靴箱の上に置いて、振り返りました。

「いちいち聞かないで。刑事さんじゃあるまいし。私、子どもじゃないのよ」

自分でも驚くほど、大きな声が出ました。

夫は、居間の入り口に立ったまま、少しのあいだ私を見ていました。

「……そうか」

それだけ言って、夫は居間に戻っていきました。

美術館では、同級生と絵を見ながら、ずっと夫の顔が頭から離れませんでした。

帰りの喫茶店で、その話をすると、同級生は肩をすくめました。

「うちなんか、何も聞かれないわよ。私がいなくても、気づいてないんじゃないかしら」

「それも寂しいわね」

「どっちがいいのかしらね」

二人で笑いましたが、答えは出ませんでした。

言い方が悪かったとは思いました。

でも、間違ったことを言ったとも思えませんでした。

次の日から、夫は玄関で何も聞かなくなりました。

その代わりに、出かけた先に、LINEが届くようになったのです。

「どこ」

「何時に帰る」

「昼は」

聞かれる場所が、玄関からスマホに変わっただけでした。

食パンと、手つかずの鍋

十二月の半ば、歯医者の予約が長引いて、家に帰ったのは二時を過ぎていました。

居間に入ると、夫が食卓で、食パンを一枚、何もつけずに食べていました。

「お昼、それだけ?」

「ああ」

台所を見ると、ガスコンロの上の鍋は、朝のまま蓋がしてありました。

中身は、前の晩に多めに作った筑前煮です。

炊飯器にも、ごはんが残っていました。

「筑前煮、あったのに。温めればよかったのよ」

夫は、パンの耳をちぎりながら言いました。

「あれは、晩のおかずかと思った」

「晩は晩で、別に作るわよ」

「冷蔵庫の中も、どれが昼の分で、どれが晩の分か、分からなくてな」

夫は、少し言いにくそうに続けました。

「俺が食べたら、お前の段取りが狂うんじゃないかと思って」

私は、コートを脱ぎかけたまま立っていました。

「だから、何時に帰るか聞いてたの?」

「帰ってくるなら、待ってればいい。遅くなるなら、何か食べなきゃいけない。どっちか分からんと、動けんのだ」

四十二年、夫の昼ごはんは、会社の詰所で食べるお弁当でした。

作っていたのは私です。

家で、自分で昼を用意したことは、ほとんどなかったのだと思います。

「言ってくれればよかったのに」

「言ったら、お前が出かけにくくなるだろう」

夫は、パンの最後のひと口を食べて、皿を流しに運びました。

私は、その背中を見ながら、十一月の玄関で言ったことを思い出していました。

刑事さんじゃあるまいし。

夫が聞いていたのは、私の行き先ではなく、自分の昼ごはんのことだったのかもしれません。

それでも、それだけではないような気もしました。

「保線の人は、みんなそうよ」

年が明けて、一月の体操教室の帰りに、川村さんとお茶を飲みました。

川村さんは私より四つ上で、ご主人は、うちの夫と同じ保線区で働いていた人です。

ご主人のほうが先に定年を迎えて、もう五年になります。

私は、LINEの三つの文を、川村さんに見せました。

「毎回こうなのよ。どこ、何時に帰る、昼は。見張られてるみたいで」

川村さんは、画面を見て、声を出して笑いました。

「うちのも、最初はそうだった。保線の人は、みんなそうよ」

「みんな?」

「詰所の入り口に、行き先を書く板があったでしょう。あの人たち、あそこに書かないと外に出られなかったのよ」

私は、夫の職場の詰所を、一度だけ見に行ったことがあります。

若いころ、忘れたお弁当を届けに行ったときです。

入り口の壁に、白い板が掛かっていました。

名前の横に、行き先と、帰る時刻が、マジックで書いてありました。

「線路の上で何かあったら、誰がどこにいるか分からないと、大変なことになるでしょう。何時に帰るって書いてあって、その時間に戻ってこなかったら、みんなで探しに行くの」

川村さんは、湯のみを両手で持って言いました。

「だから、何時に帰るかを聞くのは、あの人たちにとっては、心配してるってことなのよ。帰ってこなかったら、探しに行くつもりなの」

「探しに、って」

「うちのはね、私がスーパーで立ち話して一時間遅れたとき、本当に自転車で探しに来たのよ」

私は笑おうとして、うまく笑えませんでした。

「どうやって、やめてもらったの?」

「やめてもらってないわよ」

川村さんは、あっさり言いました。

「聞かれる前に、書いておくことにしたの。冷蔵庫に。行き先と、帰る時刻と、昼ごはんのこと。詰所の板と同じようにね」

「それで、聞かれなくなった?」

「聞かれなくなった。書いてあれば、あの人たちは安心するのよ。四十年、そうやって働いてきたんだから」

玄関の扉に貼れるもの

家に帰って、私は玄関に立ってみました。

どこに書けば、夫が見るだろう。

私が出かけるとき、最後に通るのは、この玄関です。

夫が私を送り出すのも、ここです。

冷蔵庫に貼ることも考えましたが、うちの冷蔵庫の扉は、町内会のお知らせやゴミの日の表で、もういっぱいでした。

それに、台所に書いておいても、夫は台所にあまり入りません。

玄関の扉の内側は、鉄でできていて、何も貼っていませんでした。

次の週、駅前のホームセンターに、書いて消せる伝言の板を探しに行きました。

売り場には、大きいものから小さいものまで、いろいろ並んでいました。

私が決めた条件は、三つでした。

一つ目は、磁石で扉に貼れること。

うちはマンションの賃貸なので、扉にねじや釘の穴を開けるわけにはいきません。

二つ目は、書いて消せるペンが、板にくっついていること。

ペンが別になっていると、出かける前に探して、それだけで時間がかかりそうでした。

三つ目は、靴をはきながら読めるくらいの大きさで、字が書けることです。

小さすぎると、夫は老眼鏡を取りに行かなければなりません。

大きすぎると、玄関がお知らせの掲示板のようになってしまいます。

手に取って比べて、ノートを広げたくらいの大きさのものにしました。

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家に帰って、玄関の扉の、ちょうど目の高さに貼りました。

先に書いておく、という順番

次の月曜日、体操教室に行く前に、初めて板に書きました。

一番上に、夫の昼ごはんのことを書きました。

「お昼 冷蔵庫の二段目の、青いふたの容器(筑前煮)。レンジで二分。ごはんは炊飯器」

その下に、私の予定を書きました。

「早苗 公民館(体操) 帰り 一時」

書きながら、少し不思議な気がしました。

聞かれたら嫌だと思っていたことを、自分から先に書いているのです。

でも、聞かれる前に書くのは、聞かれて答えるのとは、手ざわりが違いました。

書くことは、自分で決められます。

「散歩」とだけ書いてもいいし、「駅のほう」と書いてもいい。

どこまで書くかは、私が決めていいのです。

靴をはいていると、夫が居間から出てきました。

夫は、扉の板を見て、しばらく読んでいました。

「……詰所の板みたいだな」

「川村さんに聞いたの。保線の人は、ここに書かないと外に出られなかったって」

夫は、少し照れたように鼻をこすりました。

「青いふたの容器な。二分な」

「そう。二分」

それから夫は、四十年、一度も言わなかったことを言いました。

「行ってらっしゃい」

その日、体操教室のあとで、スマホを見ました。

夫からのLINEは、一つも来ていませんでした。

家に帰ると、流しに青いふたの容器が洗って伏せてありました。

板の、もうひとつの欄

それから、私は出かける前に、必ず板に書くようになりました。

夫は、玄関で何も聞かなくなりました。

LINEも、帰る時刻を過ぎたときに「まだか」と一言来るくらいになりました。

それも、書いた時刻を過ぎたときだけです。

一度だけ、帰りのバスが雪で遅れて、板に書いた時刻を四十分過ぎたことがありました。

バス停でスマホを見ると、「まだか」が一つ来ていました。

「バスが遅れてます。あと二十分」

そう返して、マンションの前でバスを降りると、入り口のひさしの下に夫が立っていました。

手に、私の傘を持っていました。

「どうしたの。寒いのに」

「探しに行くほどでもないと思ったから、ここで待ってた」

夫はそう言って、傘を私に渡しました。

私の手には、自分の折りたたみ傘がありました。

それは言わずに、夫の持ってきた傘を差して、二人で入り口の階段を上がりました。

川村さんのご主人の自転車の話を思い出して、エレベーターの中で、少しだけ笑いそうになりました。

二月の終わりに、美術館に行った同級生とまた会うことになりました。

板に「駅前でお茶 帰り 四時」と書いて、靴をはきました。

「行ってらっしゃい」

居間から、夫の声がしました。

十一月の玄関で、大きな声を出した日のことを思い出しました。

あのとき、夫は何も言い返しませんでした。

言い返せばよかったのに、と、今は少し思います。

「昼ごはんが分からないんだ」と。

でも、それが言えない人だったから、「どこ行くの」になっていたのだと思います。

三月に入ったある日、公民館から帰ってくると、板の私の予定の下に、見慣れない字がありました。

角ばった、マジックの字でした。

「修一 図書館 帰区 三時」

帰区。

夫の職場で使っていた言葉です。

持ち場から、詰所に戻ること。

夫が、自分の予定を板に書いたのは、初めてでした。

図書館に行くことも、私は知りませんでした。

私は、その「帰区」の二文字を、しばらく消さずに眺めていました。

夕方の三時五分に、玄関の扉が開きました。

「帰区しました」

夫は、真顔でそう言いました。

私は、台所で吹き出しました。

何も書かずに出る日

板を貼ってから、半年がたちます。

夫は今、週に二回、図書館に行っています。

鉄道の古い本を借りてきて、居間で読んでいます。

板には、私の予定と、夫の予定が、毎週いくつか並ぶようになりました。

お昼のことは、今も私が一番上に書いています。

夫が自分でお昼を用意する日は、まだ来ていません。

それでも、LINEの三つの文は、もう来なくなりました。

ただ、時々、玄関で、ペンを持ったまま手が止まる日があります。

どこという用もなく、ただ歩きたいだけの朝です。

「散歩」と書けばいいだけなのに、何時に帰るかを書く欄の前で、迷ってしまいます。

帰る時刻を決めずに、ふらっと出かけてみたい日も、たまにはあるのです。

夫に聞かれるのが嫌だったのは、「どこ行くの」という質問だったのでしょうか。

それとも、行き先も帰る時刻も、いつも誰かに説明できる形にしておかなければならないこと、のほうだったのでしょうか。

板に何も書かずに出かける朝が、いつか私に来るのかどうか。

それを夫に話してみるかどうかも、まだ決めていません。

あなたなら、どうしますか?

家族に「どこ行くの」「何時に帰るの」と聞かれたとき、あなたが本当に嫌なのは、聞かれること自体ですか。それとも、答えを用意しなければならないことのほうですか。

相手の質問の奥に、聞く側の「困っていること」が隠れているとしたら、それは何だと思いますか。聞かれる前に先に伝えるとしたら、何をどこに書いておきますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 同じ質問でも、聞く人によって意味が違う

「どこ行くの」は、相手を縛るための言葉に聞こえることがあります。

けれど、長く同じ仕事をしてきた人にとっては、行き先と帰る時刻を確かめることが、心配の形だった場合もあります。

質問の言葉だけでなく、その人がどんな毎日を送ってきたかを思い浮かべると、聞こえ方が変わることがあります。

2. 聞かれて答えるより、先に書いておく

聞かれてから答えると、説明を求められているように感じます。

先に自分で書いておくと、何をどこまで伝えるかを、自分で決められます。

同じ内容でも、順番が変わるだけで、気持ちの重さが違ってきます。

3. 言えないことが、別の質問になっていることがある

「昼ごはんをどうしたらいいか分からない」は、言い出しにくいことです。

言えない困りごとは、時々、まったく別の質問の形で出てきます。

相手の質問に答える前に、「本当に困っていることは何か」を一度聞いてみると、話の向きが変わることがあります。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(磁石で玄関の扉に貼れる・書いて消せるペンと消す道具がついている・靴をはきながら読めるくらいの字が書ける大きさ)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

玄関の扉に貼れる、書いて消せる伝言ボード

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  • 販売ページの記載:マグネットで金属面に貼れるシート状のホワイトボード・50.8×33.0cm
  • 販売ページの記載:マーカー2本とイレーザー付き
  • 選ぶときは、貼りたい場所の大きさ・貼る面が金属か・ペンの置き場を見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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