夫婦ふたりの時間
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夫の定年、最終出勤日に妻は何をすればいいの? 三十八年のお弁当を作り終えた61歳の私が、「二人のお疲れさま」に選んだ一泊

買ってきたお惣菜を器に移して並べた食卓
kuroko

帰りの電車は、日曜の昼過ぎで空いていました。

四人がけの席に、夫と向かい合って座りました。

窓の外を、稲刈りの終わった田んぼが流れていきます。

夫は膝の上で、宿でもらった手ぬぐいをきちんとたたんでいました。

三十八年、制服のハンカチを毎朝自分でたたんできた人です。

たたみ終わると、夫は窓のほうを見たまま言いました。

「次は、お前の行きたいところにしよう」

私は、すぐに返事ができませんでした。

行きたいところが、ひとつも浮かばなかったのです。

「考えとく」

そう言うと、夫は「うん」とうなずいて、また窓の外を見ました。

三か月前の私は、夫の最後の出勤日に何をすればいいのか分からずに、台所で弁当箱を握りしめていました。

まさかその節目に、自分のぶんの宿を取ることになるとは、思ってもいませんでした。

四時半の弁当箱

夫の昭一は、路線バスの運転士でした。

二十二歳で入って、この夏、六十歳の誕生日を迎えて定年になりました。

早番の日は、朝の五時十五分に家を出ます。

だから私は、結婚してからずっと、四時半に起きてきました。

お弁当を作るためです。

私は六十一歳で、夫より一つ年上です。

駅の反対側のクリーニング店で、週に三日、受付の仕事をしています。

一人息子の大輔は三十三歳で、大阪で所帯を持っています。

家は、郊外の小さな一戸建てです。

猫の額ほどの庭に、夫の母が植えた山茶花が一本あります。

夫の弁当箱は、紺色の二段のものです。

五年ごとに買い替えて、今のものが八つ目でした。

おかずの中身は、ほとんど変わりません。

卵焼きと、焼いた塩鮭と、ほうれん草のおひたし。

運転中に眠くならないように、ごはんは少なめにしてほしい、と言われたのは、結婚して一週間目のことでした。

それを三十八年、守ってきました。

定年まであと一か月という夜、夫が夕食のあとで言いました。

「最後の日は、十四時台の中央公園行きが、最後の運行になるそうだ」

「そう」

「営業所で、ちょっとした挨拶があるらしい」

夫はそれだけ言って、お風呂に行きました。

食卓に残った私は、壁の暦を見ていました。

九月二十七日に、夫が小さく丸をつけていました。

その日に、私は何をすればいいのだろう。

そう思ったのは、そのときが初めてでした。

「盛大にやるの?」

最初に聞いてきたのは、大輔でした。

日曜の夜、電話がかかってきたのです。

「父さん、今月で終わりなんだろう。何かするの? 盛大に」

「盛大にって、何をするのよ」

「ほら、お寿司取るとか、ケーキとか。会社の人を呼ぶとか」

「お父さんが、そういうの喜ぶと思う?」

大輔は、電話の向こうで少し笑いました。

「思わない。じゃあ、いつも通りでいいんじゃない」

「いつも通りって言ってもねえ」

「母さんに任せるよ。俺はその日、仕事で帰れないから、花だけ送る」

電話を切ってから、私はしばらく受話器の前に立っていました。

任せる、と言われても、何も決められませんでした。

次の週、クリーニング店で、隣の宮下さんに同じことを聞いてみました。

宮下さんは私より五つ上で、ご主人は三年前に定年になっています。

「うち? お寿司取ったわよ。特上」

「喜んでた?」

「どうかしら。半分残して、次の日のお昼に食べてた」

宮下さんは、ワイシャツの伝票をまとめながら笑いました。

「でもね、何もしないのも寂しいじゃない。三十何年でしょう。奥さんがしてあげなきゃ、誰がするのよ」

してあげなきゃ。

帰り道、その言葉が頭の中で回っていました。

盛大に祝うのも違う気がする。

いつも通りにするのも、冷たい気がする。

それに、どこかで、こうも思っていました。

これは夫の日で、私の日ではない。

私はただ、横で拍手をする人なのだと。

「頼んでないだろう」

弁当のことで、一度だけ、夫と言い合いになったことがあります。

十五年前の冬です。

私は熱を出して、朝から体が思うように動きませんでした。

それでも四時半に起きて、台所に立っていました。

卵を割ろうとしたところで、夫が起きてきました。

「何してるんだ。寝てろ」

「お弁当、作らないと」

「今日くらい、営業所の近くで買う」

私はなぜか、その言葉にかちんときました。

熱のせいだったのかもしれません。

「あなたの時間割に合わせて、私の毎日は全部決まってるのよ。四時半に起きて、五時十五分に送り出して。それを今さら、買うからいいなんて」

夫は、しばらく黙っていました。

それから、低い声で言いました。

「……頼んでないだろう、弁当なんか」

私は、卵を持ったまま動けなくなりました。

夫はそのまま着替えて、何も持たずに出ていきました。

その日、私は一日寝込みました。

夜、帰ってきた夫は「具合はどうだ」とだけ聞きました。

私は「大丈夫」とだけ答えました。

次の朝、私はまた四時半に起きて、弁当を作りました。

夫は、何も言わずにそれを持っていきました。

あの朝のことは、それきり、どちらも口にしませんでした。

頼まれていないものを、十五年、黙って作り続けてきたのかもしれない。

最後の日が近づくにつれて、私はあの「頼んでない」を、何度も思い出すようになりました。

最後の運行

九月二十七日の朝も、四時半に起きました。

八つ目の弁当箱に、卵焼きと塩鮭とおひたしを詰めました。

最後だから何か足そうかと、冷蔵庫を開けて、やめました。

いつも通りにしたのは、決めたからではありません。

何を足せばいいのか、分からなかったのです。

「行ってくる」

「いってらっしゃい」

五時十五分、夫はいつものように玄関を出ていきました。

昼過ぎ、私は駅前のバス停に立っていました。

十四時台の中央公園行きに、乗ってみようと思ったのです。

夫には言っていませんでした。

バスが来ると、運転席に夫が座っていました。

私はICカードをかざして、いちばんうしろの席に座りました。

夫がこちらに気づいたかどうかは、分かりません。

「発車します。おつかまりください」

聞き慣れた声でした。

家では聞いたことのない、よく通る声です。

バスは商店街を抜けて、川沿いの道に出ました。

停留所ごとに、夫は同じ調子で名前を告げていきます。

おばあさんが一人、ゆっくり乗ってきました。

夫は、その人が座るまで、発車しませんでした。

終点の中央公園で、乗っていた人たちが順番に降りていきました。

私が最後でした。

運賃箱の横を通るとき、夫が前を向いたまま言いました。

「ご乗車、ありがとうございました」

ほかの人に言うのと、同じ言い方でした。

私は小さく頭を下げて、バスを降りました。

公園のベンチに座って、走り去るバスを見ていると、急に目の奥が熱くなりました。

三十八年、あの声で毎日、知らない人たちを運んでいたのです。

その朝ごはんとお弁当を、私が作っていた。

拍手をする人でいいと思っていたのに、なぜか胸がいっぱいでした。

花束のカード

夜の七時過ぎ、夫は大きな花束を抱えて帰ってきました。

「もらった」

そう言って、食卓の上に置きました。

私がバスに乗ったことには、何も触れませんでした。

夕食は、いつも通りの煮物と焼き魚にしました。

大輔から届いた小さな花かごを見せると、夫は「律儀なやつだ」と言って、少し笑いました。

夫がお風呂に入っているあいだ、花束をバケツの水に移しました。

花のあいだに、白いカードが一枚はさまっていました。

営業所の後輩の、中西さんという方の字でした。

「三十八年間、本当にお疲れさまでした。休憩所でいつも、奥さまのお弁当の話を聞かせていただきました。卵焼きの味、みんなで想像していました。奥さまにも、どうかお礼をお伝えください」

私は、カードを持ったまま、流しの前に立っていました。

お風呂から上がってきた夫に、カードを見せました。

「お弁当の話なんて、してたの」

夫は、タオルで頭をふきながら、カードをちらりと見ました。

「休憩所じゃ、みんな弁当を広げるからな。若いのはコンビニだ」

「それで、何を話してたのよ」

「うちのは四時半に起きて作ってる、って言っただけだ」

夫はそれだけ言って、寝室に行ってしまいました。

私は、カードの最後の一行を、もう一度読みました。

奥さまにも、お礼を。

この日は夫の日で、私の日ではないと思っていました。

でも、四時半に起きていたのは、私です。

三十八年、夫が五時十五分に家を出られるように、毎朝台所に立っていたのは、私でした。

夫の最後の日は、私の四時半の最後の日でもあったのです。

一本だけ残した花

花束は、十日ほどで少しずつしおれていきました。

いちばん長く持ったのは、薄紫のトルコキキョウでした。

私は、その一本だけを短く切って、残すことにしました。

でも、家には一本だけ挿せる器がありませんでした。

大きな花瓶に一本入れると、花が倒れて、横を向いてしまいます。

コップに挿してみましたが、台所の水切りかごの横に置くと、洗い物の一つにしか見えませんでした。

置きたい場所は、決まっていました。

玄関の靴箱の上です。

夫が三十八年、毎朝五時十五分に出ていった場所です。

ただ、そこは幅が狭くて、鍵を入れる小皿と、印鑑が置いてあります。

それで、小さな一輪挿しを探すことにしました。

条件は四つでした。

靴箱の上の、手のひらほどの隙間に置ける大きさであること。

底が重くて、扉を閉めたときの風で倒れないこと。

小ぶりで、花が一本でも寂しく見えないこと。

中まで指が届かなくても、水を替えて洗いやすいこと。

花に目が行くように、色は白か、ごく薄い色にしました。

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届いた一輪挿しにトルコキキョウを挿して、靴箱の上に置きました。

中西さんのカードは、その横に立てかけました。

夫は、玄関でそれを見て、何か言いかけて、やめました。

それから、靴をはきながら言いました。

「その花、まだもってるのか」

「一本だけ、残したの」

「そうか」

二人ぶんのお疲れさま

一輪挿しを置いた夜、私は台所で、スマホで宿を探しはじめました。

夫だけを祝うのは、やめようと思ったのです。

二人のお疲れさまとして、一泊だけ、どこかに行く。

私の四時半にも、区切りをつけたかったのです。

条件は、先に決めておきました。

電車で一時間ほどで行けること。

夫はずっと運転する側の人なので、今回は誰にも運転させたくありませんでした。

一泊だけであること。

大きな観光地ではなく、着いたら宿でゆっくりできること。

それから、夕食を部屋か、仕切りのある席で、二人で落ち着いて食べられること。

大広間でにぎやかに食べるより、話ができるほうがいいと思いました。

話したいことがあったわけではありません。

でも、三十八年、夕食の時間はいつも、夫が翌朝の早番のことを気にしていました。

一度くらい、時計を見ない夕食をしてみたかったのです。

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予約したことを話すと、夫は少し眉を寄せました。

「俺の祝いなら、いらないぞ。もう花ももらった」

「あなたのお祝いじゃないの」

「じゃあ、何だ」

「二人のお疲れさま。私も四時半、終わったから」

夫は、私の顔をしばらく見ていました。

それから、「そうか」と言って、宿の名前を手帳に書きとめました。

時計を見ない夕食

十月の半ば、私たちは各駅停車に一時間ほど揺られて、山のふもとの温泉町に行きました。

夫は電車の窓から、すれ違うバスばかり見ていました。

「あそこの会社は、車両が新しいな」

「もう、お仕事は終わったんでしょう」

「つい、見る」

宿の夕食は、仕切りのある小さな座敷でした。

先付けの小鉢が並んだところで、私は、あらかじめ考えてきたことを言いました。

「ねえ。これからの一年でしたいことを、一つずつ言わない?」

夫は箸を持ったまま、しばらく考えていました。

「朝、明るくなってから起きたい」

「それだけ?」

「三十八年、暗いうちに起きてたからな。一回くらい、起きたら明るいってのをやってみたい」

私は笑ってしまいました。

「お前は」

聞かれて、私は言葉に詰まりました。

したいことを、自分に聞いたことがなかったのです。

「……お弁当を作らない朝に、何をするか。それを決めたい」

「それが、したいことか」

「今は、それしか分からないの」

夫は「そうか」とうなずいて、お猪口を口に運びました。

しばらくして、夫がぽつりと言いました。

「前に、頼んでないって言ったことがあったな」

私は、箸を止めました。

十五年、どちらも口にしなかった朝のことでした。

「あれはな、熱があるのに起きてたから、言ったんだ。言い方が悪かった」

夫は、座卓の木目を見ながら言いました。

「頼んでないのに、毎日入ってたんだよ。三十八年」

私は何か言おうとして、何も出てきませんでした。

仲居さんが、焼き物を運んできました。

お皿の上には、塩焼きの鮎が一尾ずつのっていました。

「鮭じゃないな」

夫がそう言ったので、二人で少しだけ笑いました。

靴箱の上

帰りの電車で、夫は「次は、お前の行きたいところ」と言いました。

私は、今もまだ答えを出していません。

四時半に目が覚める朝は、今も週に何度かあります。

起きても、作るものはありません。

布団の中で、夫の寝息を聞きながら、窓が明るくなるのを待っています。

その時間に何をするのかは、まだ決めていません。

夫は、あの宿で言ったとおり、明るくなってから起きてくるようになりました。

七時を過ぎて起きてくると、「明るいな」と毎朝言います。

一度、それをからかうと、「言わないと、もったいない」と返されました。

紺色の弁当箱は、洗って、食器棚のいちばん上の段にしまいました。

捨てるには、まだ早い気がしています。

玄関の靴箱の上には、白い一輪挿しがあります。

トルコキキョウは、十月の終わりに枯れました。

今、そこに挿してあるのは、庭の山茶花の枝です。

先週、夫が朝の散歩のついでに、自分で切ってきたものです。

枝には、つぼみが三つついています。

一つ目が、今朝、薄い桃色の花びらを少しだけ開きました。

その横には、少し日に焼けた白いカードが、今も立てかけてあります。

あなたなら、どうしますか?

家族の誰かが長く続けてきたことを終えるとき、あなたはその日をどんなふうに迎えますか。盛大に祝うのか、いつも通りにするのか、それとも別のやり方を選びますか。

その人が続けてこられた毎日の中に、あなたが続けてきたことはありませんか。もしあるとしたら、その区切りを、あなたはどんなふうにつけたいですか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 家族の節目は、自分の節目でもある

夫の定年は、夫の仕事の区切りです。

けれど、その仕事に合わせて毎日の時刻を決めてきた人にとっても、同じ日が区切りになります。

「私の日ではない」と決めてしまう前に、自分が何を続けてきたのかを数えてみる方法もあります。

2. 盛大か、いつも通りか、の外にある選び方

祝い方を考えると、多くの人は「大きく祝う」か「何もしない」かで迷います。

主人公が選んだのは、そのどちらでもなく、「二人のお疲れさま」でした。

祝う人と祝われる人に分けないやり方もある、ということです。

3. 言えなかった言葉は、節目に出てくることがある

十五年前の「頼んでない」は、夫婦のどちらも口にしないまま残っていました。

それが出てきたのは、時計を見なくていい夕食の席でした。

話し合おうと身構えるより、いつもと違う場所と時間が、言葉を運んでくることもあります。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(靴箱の上の狭い場所に置ける大きさ・底が重く倒れにくい・一本でも寂しく見えない小ぶりの形・水を替えて洗いやすい)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

狭い場所に置ける、倒れにくい一輪挿し

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  • 販売ページの記載:ソーダガラス・色はホワイト・日本製
  • 販売ページの記載:最大径約7.7cm・口5cm・高さ12.9cm・重さ約190g
  • 選ぶときは、置く場所の幅と高さ・底の安定・口の広さ(何本挿すか)を見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

次の物語

この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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