夫に感謝を伝えたい60代。結婚して四十年、「ありがとう」を一度も言えなかった64歳の私が、新しい箸の袋に書いた一行
茶箪笥のいちばん下の引き出しに、白い封筒が一通入っています。
表には、青いインクで「修さんへ」とだけ書いてあります。
封はしていません。
中の便箋は一枚で、娘の高校受験のことや、庭のねぎがよく育ったことが、細かい字で並んでいます。
最後の行は、「いつも、」で止まっています。
その先は、何も書いてありません。
二十年前、結婚二十年目の夜に渡すつもりで書いた手紙です。
私はこの秋、引き出しの奥からそれを取り出して、久しぶりに読み返しました。
六十四歳になりました。
夫の修は六十七歳です。
地方の町の、庭のある平屋で、二人で暮らしています。
結婚して、この十一月で四十年になります。
その四十年のあいだ、私は夫に「ありがとう」と言ったことが、一度もありません。
「ごちそうさん」のあとに
夫は、食事が終わると必ず「ごちそうさん」と言います。
それで、おしまいです。
私も「はい」と返して、器を下げます。
四十年、毎日その繰り返しでした。
夫は、市の路線バスの運転手を三十八年勤めた人です。
無口で、家では新聞とラジオと庭の畑のことしか話しません。
食卓で使っている箸は、結婚したときにいただいた、二膳一組の塗り箸です。
私のほうはとうに買い替えましたが、夫はずっと同じものを使っています。
先のほうの塗りがはげて、白っぽい木の色が出ています。
魚の骨を取るとき、少し滑るのか、夫は時々箸を持ち直します。
「そろそろ、新しいのにしたら」
何年か前に言ったことがあります。
「まだ使える」
夫は、それだけ言って、また焼き魚の骨を外し始めました。
そういう人です。
おかしなことに、夫は外では毎日「ありがとう」を言っていました。
バスを降りるお客さんに、マイクで「ありがとうございました」と。
若い頃、一度だけ夫の運転するバスに乗ったことがあります。
まだ付き合い始めたばかりの頃で、夫を驚かせようと、黙って終点の二つ手前から乗ったのです。
私が降りるときも、夫は前を向いたまま、ほかのお客さんと同じ声で「ありがとうございました」と言いました。
その夜、電話でその話をすると、夫は少し笑いました。
「気づいてたよ。乗ってきたときから」
「じゃあ、何か言ってくれればよかったのに」
「運転中だからな。あれは、仕事の声だ」
結婚してからも、家でその話が出ると、夫は「仕事だからな」と言って、ラジオの音を少し大きくしました。
一日に何百回も言っていた言葉を、夫は家では一度も口にしませんでした。
そして私も、同じでした。
二十年目の夜
封筒の手紙を書いたのは、四十四歳の冬です。
結婚記念日の前の晩、娘が寝たあとで、台所のテーブルで書きました。
照れくさくて、口では言えない。
それなら書けばいいと思ったのです。
当日は、夫の好きなものを並べました。
夫は海辺の町の生まれで、子どもの頃から食べていた蒲鉾が好物です。
わざわざ隣の市のデパートまで行って、物産展で買ってきました。
手紙はエプロンのポケットに入れて、夫の帰りを待ちました。
その日は雪で、バスが遅れ、夫が帰ってきたのは夜の九時を過ぎていました。
「遅くなった」
「おかえりなさい。ごはん、温めるわね」
夫は着替えて、黙って食卓につきました。
蒲鉾を一切れ口に入れて、少しだけ手を止めました。
私は、ポケットの中の封筒に指をかけました。
「今日、何の日か覚えてる?」
夫は箸を持ったまま、しばらく考えていました。
「……何かあったか」
「結婚して、二十年」
「そうか」
夫は、それだけ言いました。
それから、残りのごはんを食べて、「うまかった。ごちそうさん」と言って、お風呂に行きました。
私は、封筒をポケットから出せないまま、ひとりで器を洗いました。
洗いながら、何度も自分に言い聞かせました。
うちは、言わなくても分かる夫婦なのだ、と。
手紙は、その夜のうちに引き出しの奥にしまいました。
最後の行の「いつも、」の先を書かなかったのは、書く前に渡すのをやめたからです。
「一度くらい、ちゃんと」
この春、パート時代からの友人の典子さんが、ご主人を見送りました。
七月の終わりに、借りていた器を返しに、典子さんの家を訪ねました。
縁側で、冷たい麦茶をいただきました。
「落ち着いた?」
「なんとかね。やることがたくさんあって、泣いてる暇もなかったわ」
典子さんは、庭の百日紅を見ながら、少し笑いました。
それから、ぽつりと言いました。
「ひとつだけ、ね。一度くらい、ちゃんと言っておけばよかったと思って」
「何を?」
「ありがとうって。四十二年一緒にいて、言ったことがなかったのよ。言わなくても分かってると思ってたから」
私は、麦茶のコップを持ったまま、何も言えませんでした。
「たぶん、分かってはいたと思うの」
典子さんは続けました。
「でもね、最近思うのよ。あれを聞きたかったのは、私じゃなくて、あの人のほうだったんじゃないかって」
帰り道、私は自転車を押して歩きました。
うちの夫も、聞きたいと思ったことがあるのだろうか。
そう考えたとき、二十年目の夜、蒲鉾を口に入れて手を止めた夫の顔が浮かびました。
あのとき夫は、何かを言いかけていたのかもしれません。
私が先に「何の日か覚えてる?」と聞いたから、言えなくなっただけなのかもしれません。
今となっては、分かりません。
娘の電話
八月のお盆明け、名古屋に住む娘の奈緒から電話がありました。
三十六歳で、二人の子の母親です。
孫の夏休みの話が一段落したところで、私は典子さんのことを話しました。
「それでね、お父さんに、ありがとうって言ったことないなと思って」
「言えばいいじゃん」
娘は、あっさり言いました。
「言えたら、四十年も黙ってないわよ」
「まあね。お父さんも言わないしね」
娘は少し笑ってから、声の調子を変えました。
「でもさ、お父さん、私の結婚式の前の日に言ってたよ」
「何を?」
「お母さんには頭が上がらん、って。縁側で、ビール飲みながら」
私は、受話器を持ち直しました。
そんな話は、一度も聞いたことがありませんでした。
「本人には言わないでくれって言われたんだけどね。もう十年たったから、いいかなと思って」
電話を切ったあと、私は台所の椅子にしばらく座っていました。
夫は、言わない人なのではなく、私に向かって言えない人なのかもしれない。
それは、私も同じでした。
「口で言うのが無理なら、書けば?」
電話の最後に、娘はそう言いました。
「書いたことはあるのよ。二十年前に。渡せなかったけど」
「じゃあ、短くすればいいんだよ。一行とか」
一行。
私はその夜、引き出しの封筒を取り出して、あの「いつも、」の行をもう一度見ました。
箸の売り場で
十一月を「ありがとうの日」にしよう。
そう決めたのは、九月の半ばです。
結婚した月です。
大げさな祝いはしない。
口で言うのも、きっと今年も無理です。
その代わりに、形のあるものをひとつだけ用意して、一行だけ書いて添えることにしました。
何にするかは、すぐに決まりました。
夫の、先のはげた箸です。
毎日、朝と夜、必ず手に持つもの。
夫が「まだ使える」と言い続けてきたもの。
ただ、夫の分だけを替えるのは、なんだか違う気がしました。
四十年前にいただいたのも、二膳一組でした。
それで、二人の分を一緒に新しくすることにしました。
まず、今の箸の長さを定規で測りました。
夫のは二十三センチ、私のは二十一センチ。
夫の手は大きいので、短い箸だと持ちにくそうにします。
長さが二種類で組になっているものを探しました。
次に、先の形です。
夫は、焼き魚の骨を自分で丁寧に外す人です。
先が細くて、滑りにくい刻みの入ったものを選ぶことにしました。
それから、毎日洗っても塗りがはげにくいこと。
今の箸の先が白くなったのは、四十年、毎日洗ってきたからです。
柄は、なるべく地味なものにしました。
夫は、花の絵がついた茶碗を出すと、黙って自分で別の茶碗に替える人です。
濃い茶色と、少し明るい茶色の二膳にしました。
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箸は、細い紙の袋に入って届きました。
私は、夫の分の袋を一枚だけ取っておきました。
十一月の記念日には、もうひとつ用意したいものがありました。
二十年目の夜の、蒲鉾です。
今は、夫の生まれた町の蒲鉾を、家まで取り寄せることができます。
冷蔵で届いて、日にちを指定できて、二人で一度に食べきれる小さめの詰め合わせを選びました。
記念日の前の晩、私は台所のテーブルで、紙の袋にボールペンで書きました。
「いつも、ありがとう」
二十年前に止まった行の、続きでした。
書いてみたら、たったの九文字でした。
四十年目の食卓
十一月の記念日は、火曜日でした。
夕方、私は夫の席に新しい箸を置き、その横に、字を書いた紙の袋を置きました。
食卓には、切った蒲鉾と、焼いたさんまと、ねぎのみそ汁を並べました。
夫は庭から戻って、手を洗って、席につきました。
まず、蒲鉾を見ました。
「……これ、向こうのか」
「取り寄せたの」
夫は、それから箸を見て、紙の袋を手に取りました。
袋を裏返して、表に返して、字を読んでいるのが分かりました。
私は、みそ汁をよそう手元ばかり見ていました。
夫は何も言いませんでした。
袋を、テーブルの端に置いて、新しい箸を持ちました。
「細いな、これ」
「骨が取りやすいかと思って」
夫は、いつもと同じ手つきで、さんまの骨を外し始めました。
新しい箸をどう思ったのかは、顔からは分かりませんでした。
蒲鉾を一切れ食べて、夫はまた少しだけ手を止めました。
二十年前と、同じ止まり方でした。
でも、その夜も、夫は何も言いませんでした。
食べ終わると、いつものように「ごちそうさん」と言って、お風呂に行きました。
器を下げようとして、テーブルの端を見ると、紙の袋がなくなっていました。
捨てたのだろう、と思いました。
少しだけ、胸の奥がしぼむような気がしました。
私も、結局「ありがとう」を声には出していません。
九文字を書いて置いただけです。
それで何かが変わると思っていた自分が、少しおかしくなりました。
古い箸を片付けようとすると、お風呂から上がった夫が言いました。
「古いのは、捨てるな」
「使わないのに?」
「いいから、取っとけ」
私は、はげた箸を布巾で拭いて、茶箪笥のいちばん下の引き出しにしまいました。
二十年前の、白い封筒の隣でした。
三日後、名古屋の娘から電話がありました。
「どうだった? ありがとうの日」
「何も言わなかったわよ、お父さん。私も、書いて置いただけ」
「お父さんらしいね」
娘は笑ってから、少し間を置いて言いました。
「でも、お父さんからLINE来たよ。珍しく」
「何て?」
「『母さんから箸をもらった』って。それだけ。句点もなし」
私は、受話器を耳に当てたまま、台所の窓から庭を見ました。
夫は、ねぎの畝の前にしゃがんでいました。
「それで、奈緒は何て返したの」
「よかったね、って。そしたら既読になって、おしまい」
夫が自分から娘に連絡をしたと聞くのは、四十年で初めてのような気がしました。
財布の中の、細い紙
十二月のはじめ、町内会の班長さんが集金に来ました。
夫は庭で畑の片付けをしていて、「財布から出しといてくれ」と縁側から声をかけてきました。
居間の棚の上の、夫の古い革の財布を開けました。
千円札を二枚抜こうとして、手が止まりました。
札入れの奥に、四つに折った細い紙が入っていました。
広げなくても、分かりました。
あの紙の袋でした。
私は、それを元の場所に戻して、千円札を二枚だけ持って玄関に出ました。
班長さんに何を話したのか、あまり覚えていません。
その夜、夫は珍しく、バスの話をしました。
テレビで、どこかの町の路線がなくなるというニュースを見ていたときです。
「運転してた頃、一日に何百回も、ありがとうございましたって言ってた」
「知ってるわよ。一度乗ったもの」
夫は、少し黙りました。
「あれは、仕事の言葉だからな。言えるんだ」
それだけ言って、夫はこたつの上のみかんをひとつ、私のほうへ転がしてよこしました。
私は笑いました。
笑いながら、財布の中の紙のことは、言いませんでした。
夫も、何も言いませんでした。
私たちはまだ、お互いに「ありがとう」を声に出したことがありません。
四十年で身についた照れくささは、九文字では簡単にほどけないのだと思います。
引き出しの封筒は、今もそのままです。
いつか渡すのか、渡さないのか、自分でもまだ決めていません。
ただ、はげた箸の隣に置いてあると、あの手紙が前ほど重たく見えないのは確かです。
みかんの皮を片付けていると、夫がテレビを見たまま言いました。
「来年の十一月も、あの蒲鉾か」
「そのつもりだけど」
「なら、来年は俺が頼んどく。お前の食べたいもんも、一緒に言っとけ」
あなたなら、どうしますか?
長く一緒にいる人に、まだ声に出して言っていない言葉はありますか。言えないままでいる理由が照れくささだとしたら、口で言う以外にどんな渡し方がありそうか、少し考えてみてください。
もし一年に一日だけ「ありがとうの日」を作るとしたら、それはいつにしますか。そして、その日に一つだけ用意するとしたら、相手が毎日手にしている物の中から、何を選びますか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 「言わなくても分かる」は、言わない側の言葉かもしれない
長く一緒にいると、気持ちは伝わっているはずだと思うことがあります。
実際、伝わってはいるのかもしれません。
ただ、分かっていることと、言葉で聞くことは、受け取る側にとって少し違う重さを持つことがあります。
2. 長い手紙より、短い一行のほうが渡せることがある
伝えたいことが多いほど、手紙は長くなり、渡すのが難しくなります。
一行だけなら、読む側も、黙って受け取ることができます。
言えなかった言葉を、一番短い形にしてみると、案外すぐに書けるのかもしれません。
3. 相手の「言えない」にも、理由がある
こちらが言えないように、相手にも言えない理由があることがあります。
外では言えるのに家では言えないのは、その言葉が仕事の言葉ではなく、自分の言葉になるからかもしれません。
返事がないことを、受け取っていないことと同じにしなくてもいいのだと思います。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(夫婦箸=長さが二種類で組になっている・先が細く滑りにくい・毎日洗っても塗りがはげにくい・柄が地味)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
夫婦で使う箸
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この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。