50代、夫婦ふたりの休日がしんどい。月曜の朝にほっとしていた55歳の私が、土曜の午前だけ「ひとりの時間」を練習した三か月
土曜の朝、七時四十分。
私はもう、台所で二杯目のお茶を飲んでいます。
夫はまだ寝ています。
平日なら、夫は六時半に家を出ます。
土曜と日曜だけは、九時近くまで起きてきません。
この一時間ちょっとが、私の週末でいちばん音のない時間です。
九時になると、寝室の戸が開く音がして、夫がリビングに出てきます。
そして、ソファに座る前に、必ずこう言います。
「朝、何?」
五十五歳です。
夫の浩二は五十七歳で、住宅設備の会社で技術の仕事をしています。
郊外のマンションの七階で、二人で暮らしています。
息子は大阪で働き、娘は都内で一人暮らしをしています。
家に子どもがいなくなって、四年になります。
「昼、何?」
朝ごはんを出すと、夫はテレビをつけます。
土曜の午前中は、たいていゴルフの中継か、住宅の情報番組です。
私は洗濯物を干して、掃除機をかけて、その間に夫の足を二回ほどよけます。
十一時半になると、夫が言います。
「昼、何?」
午後は、どちらからともなく「どこか行く?」「別にいい」というやりとりがあって、結局どこにも行きません。
夫はソファでうたた寝をして、私はダイニングで新聞を読み返します。
夕方になると、「夜、何?」が来ます。
夫は、悪い人ではありません。
平日は遅くまで働いて、週末くらいゆっくりしたいのは当然だと思います。
私も、夫が家にいるのが嫌なわけではありません。
ただ、夫が家にいると、私はどこにも行けない気がするのです。
出かけようと思えば、出かけられます。
でも、ソファの夫を置いて自分だけ出かけるのは、なんだか夫を放っておくようで、気が引けました。
それで、土曜も日曜も、私は家にいました。
月曜の朝、夫が玄関を出ていく音を聞くと、肩の力がふっと抜けます。
そして、ほっとした自分に、少しいやな気持ちになるのです。
ダイニングのテーブルの端には、一年前に娘がくれた厚い小説が置いてあります。
しおりは、四十ページのところに挟まったままです。
九日間の、六日目
去年の五月の連休は、九日間ありました。
夫の会社が、珍しく長い休みを取ったのです。
最初の三日は、よかったと思います。
近くの公園まで一緒に歩いて、帰りにお蕎麦を食べました。
四日目から、夫はソファから動かなくなりました。
五日目、私は一日じゅう、朝と昼と夜のことだけを考えていました。
六日目のお昼前、夫がいつものように言いました。
「昼、何?」
私は、流しに向かったまま、答えませんでした。
「なあ、昼」
「少しは、自分で考えてよ」
自分でも驚くほど、きつい声が出ました。
「朝も昼も夜も、何、何、って。私、この連休、ごはんのことしか考えてない」
夫は、ソファから体を起こしました。
「言ってくれれば、やったのに」
「言わなきゃ、分からないの?」
夫は少し黙って、それから低い声で言いました。
「じゃあ、俺がいないほうがいいのか」
私は、何も言えませんでした。
そうだとも、違うとも、言えなかったのです。
夫は立ち上がって、財布を持って、コンビニに行きました。
帰ってきたとき、夫の手には、おにぎりが四つ入った袋がありました。
二つは、私の好きな鮭でした。
その日の午後、私たちはほとんど口をききませんでした。
連休が明けた月曜の朝、夫を玄関で送り出したあと、私は台所の床に座り込んで、しばらく立てませんでした。
ほっとしたのと、申し訳ないのとで、どちらの気持ちなのか分からなかったのです。
「定年してから慌てても」
私は、平日の火曜から金曜まで、駅前のクリーニング店の受付でパートをしています。
同じ受付に、恭子さんという六十二歳の先輩がいます。
恭子さんのご主人は、去年の春に定年を迎えました。
九月のはじめ、お客さんが途切れた午後に、恭子さんと仕上がりの札を整理していました。
「連休、どうだった?」
恭子さんに聞かれて、私はつい、五月の話をしました。
「俺がいないほうがいいのか、って言われて。何も言えなかったんです」
恭子さんは、札を輪ゴムで留めながら、声を出して笑いました。
「うちなんか、それが毎日よ。定年してから、毎日が連休」
「毎日……」
「最初の三か月はね、本当にしんどかった。どっちも、ひとりの時間の過ごし方を知らなかったのよ。三十年以上、平日は会社と家事で埋まってたから」
恭子さんは、札の束を棚に戻して、私のほうを見ました。
「浩二さん、あと三年でしょう。定年してから慌てても遅いよ。今のうちに練習しときなさい」
「練習、ですか」
「そう。ひとりで出かける練習。あなたもだけど、ご主人もね」
恭子さんは、また笑いました。
「うちは、慌てたほうだから言えるのよ」
帰りの電車で、私は「練習」という言葉を何度か思い返しました。
三年後、夫が定年になったら、土曜と日曜が一週間に七日になります。
今の土曜の午前でさえ、私はどこにも行けずにいるのです。
土曜の午前だけ
その週の金曜の夜、夕飯のあとで、夫に言いました。
「明日から、土曜の午前中だけ、ひとりで出かけてこようと思うの」
夫は、テレビから顔を上げました。
「どこに?」
「まだ決めてない。お昼には帰るから」
夫はしばらく黙っていました。
五月のことを思い出しているのだと分かりました。
「……俺が何かしたか」
「違うの。恭子さんに、練習しときなさいって言われたの。定年してから慌てないように」
私は、なるべく軽い調子で言いました。
「浩二さんが家にいるのが嫌なんじゃないのよ。私が、ひとりで過ごすのが下手なだけ」
夫は、少し考えてから言いました。
「昼は?」
「帰ってから作る」
「……いいよ。昼くらい、なんとかする」
それだけ言って、夫はテレビに目を戻しました。
次の土曜の朝、九時。
夫が起きてくる前に、私は朝ごはんをテーブルに用意して、玄関で靴をはきました。
寝室の戸の向こうに、小さな声で「行ってきます」と言いました。
返事はありませんでした。
公園のベンチで
一回目の土曜は、行き先を決めていませんでした。
とりあえず、ダイニングの端の厚い小説を鞄に入れて、家を出ました。
歩いて十五分の公園で、自動販売機の缶コーヒーを買って、ベンチに座りました。
九時過ぎの公園には、犬を連れた人と、ジョギングの人がいるだけでした。
本を開きました。
四十ページ目から、読み始めました。
ところが、風が吹くたびにページがめくれて、どこまで読んだのか分からなくなります。
缶コーヒーを飲もうとすると、本が膝の上で勝手に閉じます。
三十分で、五ページしか進みませんでした。
それでも、不思議といやな気持ちはしませんでした。
誰にも「何?」と聞かれない三十分でした。
十時になると、公園の向かいの図書館が開きました。
閲覧室で、新聞を一紙だけ読みました。
家では夫がテレビを見ている時間に、私は知らない人たちと同じ机で、黙って新聞をめくっていました。
十一時半に家に帰ると、夫がダイニングでカップ麺を食べていました。
「おかえり」
「ただいま。ごめんね、お昼」
「なんとかするって言っただろ」
夫は、それだけ言って、麺をすすりました。
その夜、夕飯のときに、夫が珍しく自分から聞いてきました。
「今日、どこ行ってたんだ」
「公園で本を読んで、図書館で新聞を読んできたの」
「図書館って、土曜もやってるのか」
「朝の十時から。知らなかった?」
「行ったことないからな。子どもが小さい頃に、絵本を返しに行ったくらいだ」
夫はそれ以上は聞かずに、みそ汁を飲みました。
私も、それ以上は話しませんでした。
ただ、夫が私の午前中のことを聞いてきたのは、たぶん結婚してから初めてでした。
本を立てる台
三回目の土曜は、雨でした。
公園には行けないので、図書館の向かいの小さな喫茶店に入りました。
トーストとゆで卵のついたセットを頼んで、窓ぎわの二人がけの席に座りました。
本を読みながら食べようとしたのですが、うまくいきませんでした。
厚い本は、手を離すとすぐに閉じます。
片手で本を押さえ、片手でトーストを持つと、コーヒーカップに手が届きません。
結局、本はテーブルの端に伏せたまま、トーストを食べ終えました。
店のご主人が、コーヒーのおかわりを注ぎながら言いました。
「本、読みにくいでしょう。うちのテーブル、小さいから」
「ええ。すぐ閉じちゃって」
「常連さんで、本を立てる台を持ってくる方がいますよ。ご夫婦で来て、奥さんは本、旦那さんは新聞」
私は、ご夫婦で来て別々のものを読んでいる二人を、少しだけ想像しました。
その週のうちに、本を立てる台を探しました。
決めた条件は、四つでした。
まず、折りたためて、いつもの鞄に入る薄さと軽さであること。
土曜の朝に持って出るものを、これ以上増やしたくなかったのです。
次に、ページを押さえる留め具がついていること。
娘がくれた小説は、五百ページ近くあります。
厚い本でも閉じないように、両側から押さえられるものがよかったのです。
それから、角度を何段階か変えられること。
喫茶店の椅子と、図書館の椅子と、家のダイニングの椅子では、高さが違うからです。
最後に、喫茶店の小さなテーブルに置いても、カップとお皿の場所が残る幅であること。
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四回目の土曜、喫茶店の同じ席で、私は鞄から台を出して、本を立てました。
トーストをちぎりながら、ページを一枚めくりました。
窓の外を、傘をさした人たちが通っていきました。
十一時まで、何も考えずに、字を追いました。
その日、奥の四人がけの席に、ご主人の話していた常連さんらしい夫婦がいました。
奥さんは台に本を立てて、旦那さんは新聞を広げていました。
二人は、ほとんど話をしていませんでした。
帰りぎわ、旦那さんが奥さんのコートを椅子から取って渡し、奥さんが「ありがとう」と言って、二人で店を出ていきました。
一緒にいて、別々のことをして、同じ時間に帰る。
そういう週末もあるのだと、私はその背中を見ながら思いました。
将棋盤と、私の台
六回目の土曜、私は台を家に忘れて出かけました。
その日は、公園で缶コーヒーを飲んで、図書館で雑誌を読んで帰りました。
玄関を開けると、リビングから、ぱちん、という乾いた音がしました。
夫が、ダイニングのテーブルに将棋盤を出していました。
押し入れの天袋にしまってあった、義父の形見の盤です。
盤の横には、表紙の色があせた詰将棋の本が立ててありました。
私の台に、立ててありました。
「……それ、私の」
「ああ、借りた」
夫は、盤から目を離さずに言いました。
「本を押さえながら駒を動かすと、手が足りないんだ。これ、ちょうどいいな」
私は、思わず笑ってしまいました。
夫が将棋をさすのを見るのは、何十年ぶりか分かりません。
若い頃、会社の将棋部に入っていたと聞いたことはありましたが、子どもが生まれてから、盤は天袋に上がったままでした。
「いつ出したの」
「先週。お前がいない午前中、テレビ見てても、なんだか落ち着かなくてな」
夫は駒を一つ動かして、首をかしげました。
「ひとりの時間ってのは、案外、難しいな」
その夜、大阪の息子から電話がありました。
「父さんから、将棋のアプリの入れ方を聞かれたんだけど。何かあった?」
「何もないわよ。お父さん、土曜の午前中に練習してるの」
「練習?」
「ひとりで過ごす練習」
息子は、よく分からないという声で「ふうん」と言いました。
玄関の、二回の「行ってきます」
十二月に入って最初の土曜の朝、九時。
私が玄関で靴をはいていると、夫が寝室から出てきました。
いつもより、一時間早い起床でした。
夫は、上着を着て、紙袋を一つ持っていました。
中には、詰将棋の本と、私の台が入っていました。
「公民館で、土曜の午前に将棋の会があるんだと。見学だけ、行ってみる」
「台、持っていくの?」
「会で本を広げるときに使う。お前のは、また買え」
「私のなんだけど」
夫は笑って、先に玄関を出ていきました。
「行ってきます」
私も、そのあとから言いました。
「行ってきます」
エレベーターの前で、夫と並んで立ちました。
七階から一階まで、二人とも黙っていました。
マンションの前で、夫は公民館のほうへ、私は図書館のほうへ歩き出しました。
その日、私は台を持っていなかったので、喫茶店で本を膝の上に置いて、片手で押さえて読みました。
四十ページで止まっていたしおりは、四百八十ページまで進んでいました。
最後の二十ページを、閉じそうになる本を押さえながら、読み終えました。
月曜の朝、夫が玄関を出ていく音を聞くと、今も少し、肩の力が抜けます。
それは、たぶんこれからも変わらないのだと思います。
ただ、ほっとしたあとに、いやな気持ちになることは、前より減りました。
土曜の午前のことを、夫に話せるようになったからかもしれません。
夫の将棋の会は、今のところ、見学のまま三回目です。
夫が定年を迎えるまで、あと三年あります。
三年後、土曜と日曜が一週間に七日になったとき、私たちはそれぞれ、どこで午前中を過ごしているのでしょうか。
そして、毎朝、玄関で二回の「行ってきます」を言えたとして、それで本当に、ふたりの休日はしんどくなくなるのでしょうか。
あなたなら、どうしますか?
もし週末のうち半日だけ、ひとりで過ごす時間を作るとしたら、それは何曜日の、何時から何時までにしますか。そして、その時間のことを、一緒に暮らす人にどんな言葉で伝えますか。
相手が家にいるから出かけられない、と感じるとき、それは相手が引き止めているからでしょうか。それとも、自分の中に「置いていくのは悪い」という気持ちがあるからでしょうか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 仲が悪くなくても、ずっと一緒は疲れることがある
一緒にいてしんどいと感じると、夫婦の仲に問題があるのではと心配になることがあります。
けれど、嫌いではないのに疲れる、ということは珍しくないのかもしれません。
しんどさの正体が、相手ではなく「自分の時間がまったくないこと」だとしたら、打てる手は少し変わります。
2. ひとりの時間は、ある日突然うまくは過ごせない
長く家族の予定を中心に暮らしてきた人ほど、いざひとりの時間ができても、何をすればいいか分からないことがあります。
それは、相手の側も同じかもしれません。
時間がたっぷりできる前に、半日から試しておくことは、ふたりにとっての準備になるのだと思います。
3. 自分が出かけると、相手にも空白が生まれる
自分が家を空けると、相手はひとりで過ごす時間を持つことになります。
その空白を、相手がどう使うかは、こちらからは決められません。
ただ、空白があって初めて、相手が自分から何かを始めることもあるのかもしれません。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(折りたたんで鞄に入る薄さと軽さ・厚い本でもページを押さえる留め具がある・角度を何段階か変えられる・小さなテーブルでもカップとお皿の場所が残る幅)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
本を立てて読む台
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次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。