夫婦ふたりの時間
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定年した夫に料理を教えると、けんかになる。横で口を出し続けた66歳の私が、レシピをやめて台所を週に一度まるごと渡した水曜日

川沿いの道を並んで歩く夫婦の後ろ姿
kuroko

紺色のエプロンの首ひもに、値札を留めていた白い糸が一本、まだ残っていました。

胸当てのついた、男の人の体に合わせた大きなエプロンです。

九月の終わりの夕方、夫がそれを台所の椅子の背にかけて言いました。

「俺、料理を覚えようと思う」

私は、流しで米をといでいた手を止めました。

「どうしたの、急に」

「急じゃない。前から考えてた」

夫は、エプロンの端を指でつまんで、形を整えました。

「お前が風邪で寝込んだら、俺は袋のラーメンしか作れない。それじゃ困るだろう」

結婚して四十二年、夫が自分から台所に入ると言ったのは、初めてでした。

機関室の人

私は六十六歳です。

海沿いの市の、建て替えられた公団住宅の八階に、夫と二人で住んでいます。

ベランダからは、港のクレーンの先が少しだけ見えます。

夫の敏夫は六十八歳で、去年の春まで、フェリーの機関士をしていました。

船の底の機関室で、エンジンの音と計器の針を相手に、四十年働いた人です。

六十五歳で船を降りてからも、二年間は岸壁の整備の仕事に嘱託で通っていました。

船に乗っていたころは、三日乗って二日休む、という暮らしでした。

家にいる日も、昼まで寝ているか、ベランダで港のほうを眺めているかでした。

台所に立つのは、ずっと私だけでした。

一人息子は関東で働いていて、年に一度、お盆に帰ってきます。

夫は口数の多い人ではありません。

でも、言ったことは守る人です。

「覚える」と言ったからには、本気なのだろうと思いました。

私は少しうれしくて、少しこわかったのを覚えています。

四十二年、自分一人で回してきた台所です。

そこに、もう一人が入ってくることになります。

肉じゃがの日

最初の日曜日、夫が作りたいと言ったのは肉じゃがでした。

「お前の肉じゃがが食べたいから、お前の作り方を教えてくれ」

そう言われて、悪い気はしませんでした。

私は、夫の隣に立ちました。

夫は、じゃがいもの皮をむくのに十分かかりました。

包丁を持つ手つきが危なっかしくて、私は何度も口を開きかけました。

「そんなに厚くむいたら、食べるところがなくなるわよ」

一回目は、笑いながら言えました。

「玉ねぎは、そっちじゃなくて、こう切るの」

二回目も、まだ笑っていたと思います。

鍋に油をひいたあたりから、私はもう黙っていられなくなりました。

「火が強い」

「お肉、先に入れて」

「お砂糖が先よ。お醤油はあと」

「ああ、そんなにかき回したら崩れる」

夫は、何も言わずに菜箸を動かしていました。

お醤油の瓶を傾けたとき、私は思わず、その手首をつかんでいました。

「入れすぎ。貸して」

私は、夫の手から瓶を取って、自分で鍋に回し入れました。

それから、木べらも取りました。

気がつくと、夫はコンロの前から一歩下がって、私の後ろに立っていました。

「……じゃあ、お前がやれ」

夫はそう言って、エプロンのひもをほどきました。

怒鳴ったわけではありません。

ただ、疲れたような声でした。

エプロンは、椅子の背にかけられたまま、二週間そこにありました。

値札の白い糸も、ついたままでした。

その日の肉じゃがは、いつもの私の味でした。

夫は「うまい」と言って食べましたが、おかわりはしませんでした。

「うちでは、そうしないのよ」

エプロンのかかった椅子を見るたびに、思い出すことがありました。

結婚したばかりのころ、夫の実家で、義母と並んで台所に立った日のことです。

お正月で、親戚が十人ほど集まっていました。

私は、実家の母に習ったとおり、お雑煮の大根を薄い半月に切っていました。

義母は、私の手元を見て言いました。

「あら。うちでは、そうしないのよ」

義母は、私の手から包丁を取って、大根を厚めの輪切りにしてみせました。

「こうしないと、敏夫が食べないの」

それから、私が切った分を、黙って別のお皿に寄せました。

私は、流しの前にただ立っていました。

何か言ったら泣いてしまいそうで、「すみません」とだけ言いました。

その晩、夫の実家の二階で、私は布団をかぶって少し泣きました。

夫には言いませんでした。

あのとき私は、人の台所であんな思いをするのは二度といやだと思ったのです。

四十年たって、私は自分の台所で、夫の手から瓶を取っていました。

義母と同じことを、していたのでした。

喜代子さんの玄関で

十月のはじめ、同じ階の喜代子さんのところへ回覧板を持っていきました。

喜代子さんは七十歳で、ご主人と二人暮らしです。

ご主人は十年ほど前から、朝ごはんだけは自分で作っているそうです。

「うちのもね、最初は大変だったのよ」

玄関先で、喜代子さんは笑いました。

「卵焼きを作るのに、フライパンを三回焦がしたの」

「喜代子さん、横で教えてあげたの?」

「最初はね。でも、けんかばっかり」

喜代子さんは、回覧板の表紙を指でとんとんと叩きました。

「それでね、教えるのをやめたの。台所に私がいると、だめなのよ。あの人、私の顔ばっかり見て、鍋を見ないんだもの」

私は、肉じゃがの日のことを思い出しました。

夫は、私が口を開くたびに手を止めて、こちらを見ていました。

鍋ではなく、私の顔を見ていたのです。

「じゃあ、どうやって覚えたの」

「どこに何があるかだけ、紙に書いて貼ったの。あとは知らない」

喜代子さんは、少し肩をすくめました。

「焦げた卵焼き、三回食べたわよ。四回目から、焦げなくなったの」

引き継ぎは、紙一枚

その夜、夕飯のあとで、私は夫に謝りました。

「このあいだは、ごめんなさい。瓶を取ったりして」

夫は、テレビから目を離して、少し考えていました。

「いや。俺も、下手だったからな」

それから、ぽつりと言いました。

「機関室ではな、当直を代わるとき、引き継ぎは紙一枚だった」

「紙一枚?」

「どのバルブがどこにあるか。どの計器が、どこまでならいいか。それだけ書いて渡す。あとは次のやつに任せる」

夫は、湯のみを両手で持ちました。

「後ろに前の当直が立ってたら、やりにくくてしょうがない。自分で針を読んで、自分で決めないと、いつまでも覚えないんだ」

夫が船の仕事の話をするのは、めずらしいことでした。

私はしばらく黙っていて、それから言いました。

「じゃあ、私も紙一枚にする」

「何を書くんだ」

「道具の場所と、分量だけ。作り方は書かない」

夫は、少し笑いました。

「作り方を書かないで、作れるのか」

「作れるかどうかは、あなたが決めて」

消えた目盛り

次の日の午前中、私は台所の地図を作りました。

厚めの白い紙を二枚、流しの横の壁に貼れる大きさに切りました。

一枚目には、道具の場所を書きました。

「片手鍋=コンロの下の左」「菜箸=引き出しの二段目」「お玉=壁のフック」

二枚目には、分量を書きました。

「ごはん二合=水は内釜の線まで」「味噌汁二人分=水四百ミリリットル、味噌大さじ一と半分」

そこで、私は困ってしまいました。

いつも使っている計量カップの目盛りが、ほとんど読めなかったのです。

結婚したときに買った、プラスチックのカップでした。

四十年洗い続けて、赤い線も数字も、半分以上消えていました。

私は、このカップを目盛りで使ったことがありませんでした。

「このくらい」という、自分の手の感覚で水を入れていたのです。

夫にとっては、それでは困るはずでした。

四十年、計器の針を読んできた人です。

夕方、夫にそのカップを見せると、夫はカップを窓の光にかざして目を細めました。

「これは、読めないな」

「私も、今日はじめて気づいたの」

「計器が読めないと、当直は務まらん」

夫が真顔で言うので、私は笑ってしまいました。

その週の木曜日、私はバスで駅前のホームセンターへ行きました。

台所用品の棚には、ガラスのものも、プラスチックのものも、ステンレスのものも並んでいました。

私は、家で決めてきた条件を、手帳の端に書いた順に確かめました。

一つ目は、上からのぞいても目盛りが読めること。

夫は、カップを台に置いたまま、上から水を注ぐだろうと思ったからです。

内側に、斜めに目盛りがついているものを探しました。

二つ目は、食洗機で洗えること。

洗うところまでを、夫の仕事にするつもりだったからです。

三つ目は、五百ミリリットルまで量れて、細かい目盛りもあること。

味噌汁の水も、だしも、これ一つで量れるようにしたかったのです。

それから、取っ手がついていて、熱いだしを入れても平気なもの。

値段は、見比べた中でちょうど真ん中くらいのものでした。

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家に帰って、古いカップの隣に並べてみました。

新しいほうは、五十ミリリットルごとの数字が、上からでもはっきり読めました。

古いほうは、並べると、ずいぶん小さく見えました。

私は、古いカップを捨てずに、流しの下の奥にしまいました。

水曜日の四時

決めごとは、三つにしました。

水曜日の夕方四時から、台所は夫のものにすること。

私は、そのあいだ家を出ること。

味見は、頼まれたときだけにすること。

一回目の水曜日、私は四時に家を出て、海沿いの遊歩道を歩きました。

歩きながら、ずっと台所のことを考えていました。

火の元は大丈夫だろうか。

包丁で指を切っていないだろうか。

お醤油を、また入れすぎていないだろうか。

五時半に帰ると、玄関まで焦げた匂いがしていました。

台所には、表面が黒くなった鮭の切り身が二切れ、お皿にのっていました。

味噌汁は、少ししょっぱかったです。

「どうだ」

「いただきます」

私は、それだけ言って食べました。

焦げのことも、味噌のことも言いませんでした。

言わないでいるのは、思っていたよりずっと難しいことでした。

夫は、食べ終わってから自分で言いました。

「味噌は、大さじ一と半分じゃなくて、山盛りで一と半分入れた。山盛りはだめだな」

そして、壁の紙の「大さじ一と半分」の横に、鉛筆で小さく「すりきり」と書き足しました。

二回目の水曜日は、鮭が焦げませんでした。

三回目の水曜日、夫は肉じゃがを作りました。

じゃがいもは、少し煮崩れていました。

お醤油の味は、私のより甘めでした。

でもそれは、私が食べたことのない、夫の肉じゃがでした。

壁の紙には、夫の字で「じゃがいも 大きめ 火は中」と書き足してありました。

雨の水曜日

何もかも、うまくいったわけではありません。

四回目の水曜日は雨で、私は遊歩道に出られませんでした。

仕方なく、寝室で本を開いていました。

台所から、鍋のふたが鳴る音や、引き出しを開け閉めする音が聞こえてきます。

そのうち、何かを探しているらしく、戸棚を次々に開ける音がしました。

私はとうとう寝室を出て、台所の入り口から言ってしまいました。

「お砂糖なら、右の上よ」

夫は手を止めて、私のほうを見ました。

あの肉じゃがの日と、同じ顔でした。

「……分かってる。今、見つけた」

夫の手には、砂糖の入れ物がありました。

私は「ごめん」と言って、寝室に戻りました。

その晩、壁の紙の道具の欄に、夫の字で「砂糖=右の上」と足してありました。

台所は、夫が使ったあと、少しずつ様子が変わっていきました。

布巾はいつもと違う場所にかかっていて、菜箸は引き出しの三段目に入っていました。

木曜の朝、私はそれを元の場所に戻します。

戻しながら、これも義母と同じなのかしらと、ときどき思います。

まだ、そこまでは手放せていません。

「大根は薄い半月」

十一月の終わりの水曜日、遊歩道から帰ると、台所に夫の姿がありませんでした。

食卓には、茶碗と汁椀が二つずつ並んでいました。

コンロの上の鍋には、味噌汁ができていました。

夫は、ベランダで港のほうを見ていました。

「先に作っておいた。五時半に帰るって言ってたからな」

ふたを開けると、大根と油揚げの味噌汁でした。

一口すすると、しょっぱくも、薄くもありませんでした。

私がいつも作る味噌汁と、ほとんど同じ味でした。

新しい計量カップは、洗って水切りかごの端に伏せてありました。

壁の紙は、鉛筆の書き足しで、もう余白がほとんどありません。

「すりきり」の字の横に、今度は「大根は薄い半月」と書いてありました。

私は、しばらくその字を見ていました。

大根の切り方は、紙には書いていません。

四十年前、義母が別のお皿に寄せた、あの切り方でした。

夫は、私が四十年切ってきた大根の形を、食べて覚えていたのでした。

夕飯のあと、夫がお茶をいれながら言いました。

「ひとつ、聞きたいことがある」

「なに」

「お前の味噌汁の味噌は、本当は何杯なんだ。紙には一と半分って書いてあるけど、お前、量ってないだろう」

私は、答えられませんでした。

量ったことは、一度もなかったのです。

「……分からない。いつも、このくらいって入れてるだけ」

夫は、湯のみを私の前に置いて言いました。

「じゃあ、今度の日曜は俺が横で見てる。お前のこのくらいを、量らせてくれ。口は出さないから」

あなたなら、どうしますか?

家族が新しく台所に立つことになったとき、あなたは横で黙っていられそうですか。つい口を出したくなるのは、どんな場面でしょうか。

いつも「このくらい」でやっていることを、紙一枚で誰かに渡すとしたら、何を書きますか。書こうとして書けない分量は、いくつありそうですか。

この物語から、考えたいこと

1. 教えているつもりで、取り上げていないか

横から「そうじゃない」と言い続けると、相手は鍋ではなく、こちらの顔を見るようになります。

手を貸したつもりが、道具ごと取り上げていることもあります。

教えるのをやめて場所と分量だけを渡すと、相手は自分の目で確かめるしかなくなります。

2. 自分が言われてつらかったことを、覚えているか

若いころ、人の台所で言われた一言は、何十年たっても残っていることがあります。

同じことを、今度は自分が家族にしているかもしれません。

思い出すのはつらいことですが、口を出す前に一度だけ思い出すと、言い方が変わります。

3. 任せたあとの台所は、少し違う形になる

人に任せると、布巾の場所も、味つけも、自分のやり方とは少し違ってきます。

それを全部元に戻したくなる気持ちは、すぐには消えません。

でも、違う形の中に、相手が自分のやり方を覚えていてくれた跡が見つかることもあります。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(上からのぞいても目盛りが読める・食洗機で洗える・五百ミリリットルまで量れて細かい目盛りがある・取っ手つきで熱いものも入れられる)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

上からも目盛りが読める、取っ手つきの計量カップ

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  • 販売ページの記載:容量500ml、内側に傾斜のついた目盛りがあり、上から見て量れる
  • 販売ページの記載:目盛りはmlとカップの両方で表記
  • 販売ページの記載:耐熱のトライタン製、電子レンジ・食洗機対応、大きさ 約11.3×19.7×10.4cm
  • 選ぶときは、目盛りの見え方・容量・熱いものを入れられるかを見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

次の物語

この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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