友達が孫の話ばかりで疲れる60代。孫のいない67歳の私が、月に一度の二時間を二つに分けてもらうまで
「見て、この写真」
幸江さんがスマホを持ち上げたのは、二時七分でした。
座敷の時計を見たわけではありません。
お茶が注がれて、みんながお盆から湯のみを取って、まだ一口も飲んでいないころでした。
画面には、小さな女の子が、大きなクマのぬいぐるみに顔をうずめて笑っています。
「一歳半。これ、先週の日曜」
「まあ、かわいい」
私は言いました。
その日、私は同じ言葉を十四回言いました。
数えていたのです。
造船所のクレーンが見える坂
私は六十七歳です。
造船所のクレーンが窓から見える坂の途中に、石垣の上に立った二階建ての家があります。
そこで、夫の徹と二人で暮らしています。
徹は七十歳で、五十年近く、造船所で溶接の仕事をしていました。
六十でいったん辞めて、そのあと三年ほど同じ工場に残り、今は町の公園の草刈りを週に二日やっています。
息子の浩太は三十九歳です。
二十二で家を出て、山を二つ越えた市で働いています。
結婚はしていません。
お茶の会は、毎月第三水曜の二時から四時までです。
集まるのは四人。
会場はいつも時江さんの家の座敷です。
時江さんは七十一歳で、この町でいちばん古い八百屋のお嫁さんでした。
幸江さんは六十五歳、加代さんは六十八歳。
知り合ったのは、二十七年前の子ども会の役員でした。
四人とも役を押しつけられた年で、最初の顔合わせのとき、時江さんが「こうなったら、毎月集まって文句を言いましょう」と言ったのが始まりです。
子ども会が終わっても、会だけが残りました。
時江さんの座敷の柱には、子どもたちの背比べの傷がたくさんついています。
いちばん高いところは、お孫さんのものです。
去年、また一本増えました。
うちの柱には、浩太の傷が一つもありません。
浩太が小学校に上がった年にこの家に越してきて、そのころにはもう、そういうことをしなくなっていたからです。
「そういうのが一番きついんだよ」
五年前の正月のことを、私はまだ覚えています。
浩太が三十四のときでした。
二日の夜、雑煮の椀を片づけながら、私は台所で言いました。
「お母さんも、そろそろ孫の一人くらい、抱いてみたいわ」
言ってから、自分でも軽い調子で言いすぎたと思いました。
浩太は、しばらく黙っていました。
それから、こちらを見ずに言いました。
「そういうのが一番きついんだよ」
「どうして。冗談じゃないの」
「冗談で言ってるのが、きついんだよ」
私は、洗い物の手を止められませんでした。
水の音が大きくて、そのあと何を言ったのか覚えていません。
浩太は次の日の朝、予定より一日早く帰りました。
駅まで送る車の中で、浩太は天気の話だけをしました。
それから五年、浩太は正月に一泊しかしません。
徹には、そのことを話していません。
話したら、「放っておけ」と言われるのが分かっていたからです。
十四回
孫の話が増えたのは、四年ほど前からです。
時江さんのところに、上のお孫さんが生まれたのが十四年前。
幸江さんのところは、下のお孫さんが去年生まれました。
誰かが悪気で話しているわけではありません。
むしろ、話しはじめるときは、みんな少し遠慮します。
「またその話って言われそうだけど」と前置きをしてから、スマホを出すのです。
私は、そのたびに身を乗り出して、画面をのぞきました。
「まあ、かわいい」
「大きくなったねえ」
「目のところ、お母さんそっくり」
そういう言葉を、二時間のあいだに何度も言いました。
去年の秋のある回、ふと、自分が何回言ったのか気になりました。
それからは、湯のみの持ち手の向きを、一回ごとに少しずつ回して数えるようになりました。
十四回。
十一回。
十七回。
数えていることは、誰にも言いませんでした。
家に帰ると、私はたいてい、上着も脱がずに台所の椅子に座りました。
「どうだった」
徹が居間から声をかけます。
「別に。いつもと同じ」
「そうか」
徹は、それ以上は聞きません。
二回続けて休んだ
六月の回を、私は休みました。
「歯医者の予約がその日しか取れなくて」と、時江さんに送りました。
歯医者の予約は、前の週に取ったものでした。
七月の回も休みました。
今度は、夫の親戚のことにしました。
嘘をつくのは、三十分ほど気分が重くて、そのあとは楽でした。
八月の第三水曜の朝、時江さんから電話がかかってきました。
「どうしたの。どこか悪いの」
「ううん、元気よ」
「二回続けては、二十七年で初めてよ」
私は、台所の窓から造船所のクレーンを見ていました。
その日は動いていませんでした。
「ちょっと、ばたばたしてて」
「そう。じゃあ、九月は来てね。待ってるから」
電話を切ったあと、私は自分がひどく子どもっぽいことをしている気がしました。
行きたくないなら行かないと決めればいいし、行くなら行くと決めればいい。
どちらも決められないまま、嘘だけが二つ増えました。
その晩、徹が風呂から上がってきて、髪を拭きながら言いました。
「溶接ってのはな、外から見えてるところより、裏側が割れるんだ」
急に何の話かと思いました。
「昼間、若いのが、表だけきれいに焼いてな。見た目は文句なしなんだ。でも、裏を焼いてないから、あとで開く」
「それで、どうなるの」
「全部やり直しだよ。表がきれいなぶん、見つかるのが遅い」
徹は、そう言って寝てしまいました。
私のことを言ったのではないと思います。
徹は、そういう器用なことを言う人ではありません。
それでも、私はその夜、布団の中で、二十七年ぶんの自分の顔を思い出していました。
座敷で、きれいに焼いてきた表側です。
加代さんの車
九月の回に、私は出ました。
その日も、孫の写真は五枚回りました。
時江さんの上のお孫さんが、中学の駅伝で走ったそうです。
幸江さんのところの一歳半は、スプーンを持てるようになったそうです。
私は、十二回言いました。
会が終わると、加代さんがいつものように「坂の下まで送るわ」と言いました。
加代さんは軽自動車に乗っていて、二十年近く、帰りに私を乗せてくれます。
坂はきつくて、下りるだけでも膝に来るのです。
車に乗って、坂の上の角を曲がったところで、私は窓の外を見たまま言いました。
「加代さん。私、この会、しんどいの」
自分の声とは思えないほど、平らな声でした。
加代さんは、何も言いませんでした。
信号が赤になって、車が止まりました。
「私もよ」
加代さんは、前を向いたまま言いました。
「加代さんも?」
「私ね、二十年、あの座敷でにこにこしてるの」
加代さんには、子どもがいません。
そのことを、私は二十七年のあいだ、一度も聞いたことがありませんでした。
聞いてはいけないことのような気がして、聞けなかったのです。
「孫の話がいやなんじゃないのよ」
加代さんは、そう言って一度、息を吸いました。
「あの子たちの話、私、ちゃんと楽しいの。時江さんのお孫さんが駅伝に出たって聞いて、本当にうれしかったもの」
「うん」
「でもね、帰りにこの車に乗ると、信号のたびに、だんだん何も言わなくなるの。自分でも、なんでだろうって思ってたのよ」
青になって、車が動きました。
「二時間のうち、こっちの話が一度もないのよ。それが二十年」
坂の下で車を降りるとき、加代さんは窓を開けて言いました。
「あなたが来なかった六月と七月ね。私、ずっと、次は私の番だと思ってた」
前半と後半
十月の初め、私は加代さんと二人で、駅前の喫茶店で会いました。
会の外で二人で会うのは、二十七年で初めてでした。
二人とも、抜けようという話はしませんでした。
「時江さんの座敷、私、好きなのよ」と加代さんが言い、私も同じだったからです。
そのかわりに、紙ナプキンに数字を書きました。
二時から三時。
三時から四時。
「前の一時間は、今までどおり。孫の話でも、なんでも」
「後ろの一時間は、自分の話。一人ずつ」
「自分の話って、何を話すの」
「今月、自分がしたこと。それだけ」
私たちは、声に出して読んでみて、二人で笑いました。
小学校の学級会のようでした。
それでも、これ以外に言い方を思いつきませんでした。
「でも、時江さんは怒らないかしら」
「怒るかもね」
加代さんは、コーヒーに砂糖を入れながら言いました。
「怒られたら、そのときはそのときよ。二十七年も座敷を貸してくれた人だもの。怒る権利はあるわ」
私は、その言い方に少し救われました。
やめる話ではなく、続けるための話なのだと、そのとき初めてはっきり思えたのです。
「言うのは、どっちがやる」
「私が言うわ」と、加代さんが言いました。
「あなたは、二回休んだ人だから。あなたが言うと、休んだ理由みたいになる」
十月の第三水曜、お茶が回ったあとで、加代さんが切り出しました。
言い方は、喫茶店で決めたとおりでした。
時江さんは、湯のみを持ったまま、きょとんとしていました。
幸江さんは、少し顔が赤くなって、「私、話しすぎてた?」と言いました。
「そうじゃないの」と加代さんが言いました。
「聞くのは、楽しいの。ただ、こっちの一時間もほしいだけ」
時江さんは、長いあいだ黙っていました。
それから、湯のみを置いて言いました。
「そんなこと、言ってくれればよかったのに」
「言えなかったのよ」
「私だって」
時江さんは、そう言って柱のほうを見ました。
「私ね、もう孫の話しか、することがないと思ってたの」
誰も、すぐには何も言いませんでした。
その日は、それで終わりました。
十一月の一時間
十一月の第三水曜。
二時から三時までは、いつもどおりでした。
幸江さんの一歳半が、犬を怖がらなくなったそうです。
時江さんの中学生は、駅伝の区間で三人抜いたそうです。
私は、七回「まあ」と言いました。
三時に、時江さんが台所からお茶を替えて戻ってきました。
「じゃあ、後半」
誰も口を開きませんでした。
十秒か、もう少し長かったかもしれません。
最初に話したのは幸江さんで、三分で終わりました。
「今月は、特に何も……あ、物置を片づけました。以上です」
みんなで笑いました。
加代さんは、玄関先で育てているシクラメンの話をしました。
去年の株を夏のあいだ日陰に置いて、また咲かせたのだそうです。
「二年目に咲かせると、花が小さいのよ。でも、そのほうが好き」
私の番になって、私は何も思いつきませんでした。
先月、自分が何をしたのか、本当に出てこないのです。
「台所の、吊り戸棚を全部出して拭きました」
言ってから、恥ずかしくなりました。
すると、時江さんが手を叩きました。
「それ、私も先週やった」
「どこから手をつけた?」
「いちばん上の段。あそこ、脚立がないと届かないでしょう」
「うちは、届かないから十年開けてなかったの。おつゆのお椀が、九客も出てきて」
「うちは十二客よ。誰が使うの、あれ」
そこから三十分、私たちは戸棚の中身の話をしました。
幸江さんが「うちは製氷皿が四つ出てきた」と言って、また笑いました。
途中で、時江さんが台所から脚立を持ってきて、座敷に立てました。
「うちの、いちばん上、見てくれる? 私、もう上がれないのよ」
加代さんが上がって、奥から黒い漆の盆を三枚下ろしました。
埃をかぶった盆の裏に、鉛筆で「昭和」と書いた字が残っていました。
「お義母さんの字だわ」と時江さんが言って、それきり何も言いませんでした。
四時になりました。
時計が鳴っても、誰も立ちませんでした。
「見て、この写真」
十二月の会は、雪の降りそうな水曜でした。
座敷のストーブに火が入って、湯のみが四つ並びました。
二時になってすぐ、時江さんがスマホを出しました。
「見て、この写真」
私は、いつものように身を乗り出しました。
画面に出ていたのは、孫ではありませんでした。
古い写真を撮り直したもので、白黒に近い色をしています。
若い女の人が、大きな建物の門の前で、こわばった顔で立っていました。
うしろに、クレーンの脚が写っています。
「これ、誰?」
「私。二十歳」
座敷が静かになりました。
「この町に来た年。八百屋に嫁ぐって決まって、初めてこの町に降りた日に、あの人の弟が撮ったの」
「若い」
「そりゃあね。押し入れの箱から出てきたのよ。こないだ、あなたたちの話を聞いてから、上の段を開けてみたら」
加代さんが、画面を長いあいだ見ていました。
「私、時江さんのこの顔、見たことない」
「そりゃそうよ。二十七年しか知らないんだから」
みんなで笑いました。
家に帰ってから、私は押し入れの上の段を開けてみました。
脚立を出して、箱を三つ下ろしました。
自分の若いころの写真は、見つかりませんでした。
出てきたのは、浩太の小学校の連絡帳と、引っ越してきた日の段ボールに貼ってあった荷札です。
荷札には、私の字で「台所・こわれもの」と書いてありました。
それを、来月持っていこうかと思いました。
写真ではないし、話すことがあるかどうかも分かりません。
浩太のことは、何も変わっていません。
正月は、今年も一泊だそうです。
会のあいだ、私はまだ数えています。
十二月は九回でした。
数えるのをやめられる日が来るのかは、分かりません。
ただ、三時になると、加代さんが湯のみを少しだけ前に押すようになりました。
その合図で、誰かが自分の話を始めます。
あなたなら、どうしますか?
集まりの中で、自分だけが話せない話題があるとき、あなたはどうしていますか。笑って相づちを打ち続けますか。それとも、行く回数を減らして、理由をこしらえますか。
もし「こっちの話も聞いてほしい」と言うとしたら、あなたは誰に、どんな言い方で言いますか。その一言は、二十年の付き合いを壊すものでしょうか。それとも、相手もずっと待っていた一言でしょうか。
この物語から、考えたいこと
1. 疲れているのは、話題ではなく「片道」
孫の話そのものが嫌なわけではない、という人は多いと思います。
聞いていて楽しいのに、帰り道で急に黙ってしまう。
そのとき疲れているのは、話題の中身ではなく、二時間ずっと受け取る側だけをやっていたことのほうかもしれません。
2. 話す側も、話すことが一つしかないと思っている
写真を見せる人が、いつも得をしているとはかぎりません。
「私はもう孫の話しか、することがないと思っていた」という言葉は、聞く側からは見えない場所にあります。
片方だけが我慢している、という図は、案外、両側から見ると違う形をしています。
3. やめるか続けるかの前に、形を変える手がある
合わなくなった集まりから抜けるのは、はっきりした答えに見えます。
けれど、場所や回数や時間の区切りを変えるだけで、同じ相手と続けられることもあります。
言い出すのは怖いですし、言ったあともぎこちない時間は残ります。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選ぶとしたらこの条件(L判が入る・横から入れられる・自分の写真をまとめて置いておける)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
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次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
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