娘が孫の写真を送ってこない60代。「向こうの家には送ってるんでしょ」と打ってしまった62歳の私が、月に一枚だけ庭の写真を送った半年
「美月が写真を送信しました」
最後にこの通知が鳴ったのは、五月十八日の日曜日でした。
娘とのトーク画面を開くと、いちばん下に「5月18日(日)」と日付が出ていて、その下に写真が一枚だけあります。
孫の結芽が、おもちゃの電話を耳に当てて、口をとがらせている写真です。
その下には、私が送った「かわいい! もっと見たい」という文字が並んでいます。
今日は九月の二十日です。
四か月のあいだ、あの通知は一度も鳴っていません。
スマホが震えるたびに画面を見ますが、たいていは町内会の連絡か、スーパーの特売のお知らせでした。
新聞屋だった家
私は六十二歳です。
川が海に出るあたりの町で、夫の昭雄と二人で暮らしています。
家は、三年前まで新聞の販売店でした。
一階の半分は、シャッターの下りた作業場になっています。
夫は六十五歳で、父親の代から続いた店を四十年やってきました。
毎朝二時に起きて、折り込みのチラシを新聞にはさみ、配達の人たちを送り出し、自分もバイクで百軒ほど回っていました。
配る人が集まらなくなって、三年前の春に店を閉めました。
作業場の壁には、今も配達の区域を色分けした大きな地図が貼ってあります。
娘の美月は三十二歳です。
四年前に結婚して、新幹線で一時間半の町に住んでいます。
婿の隼人さんの実家は、そこから車で十分のところにあります。
結芽が生まれたのは、二年前の十月でした。
生まれてから最初の半年は、写真が毎日のように届きました。
お風呂に入っているところ、あくびをしているところ、寝返りをしたところ。
私はそれを一枚ずつ保存して、夜になると夫に見せました。
届いた写真に、私は毎回、長い返事を書いていました。
「かわいい」「大きくなったね」「次は笑った顔が見たいな」。
今思えば、どの返事も、次の写真を頼む言葉で終わっていました。
夫は老眼鏡をかけて、「おう」とだけ言って、長いあいだ画面を見ていました。
写真は、一歳になるころから週に一回になり、月に二、三回になりました。
そして五月の一枚を最後に、止まりました。
「向こうの家には、送ってるんでしょ」
止まった理由に、心当たりがないわけではありません。
去年の十月、結芽の一歳の誕生日に、隼人さんの実家でお祝いがありました。
私と夫も、新幹線で出かけていきました。
食事のあと、隼人さんのお母さんがスマホを取り出して、「これ、先週の」と私に見せてくれました。
結芽が、はじめて一人で立った瞬間の写真でした。
私は、その写真を見ていませんでした。
その日は笑って「まあ、立ったのね」と言いました。
でも帰りの新幹線で、窓の外が暗くなるにつれて、そのことばかり考えていました。
向こうのお母さんには送っていて、私には送っていない。
家に帰ってから、私は美月にLINEを打ちました。
「結芽ちゃんが立った写真、向こうのお母さんに見せてもらったわ。こっちにはまだ来てないけど」
少し考えて、もう一行足しました。
「向こうの家には、送ってるんでしょ」
送信してから、胸の奥がすっとするような、嫌な感じがしました。
十分ほどして、美月から電話がかかってきました。
「お母さん、あのLINE、どういう意味?」
「どういうって、そのままよ。こっちにも送ってくれたらうれしいなと思って」
「あれは隼人が自分の親に送ったの。私じゃない」
「そう。でも、一枚くらい、ついでに送ってくれてもいいじゃない」
電話の向こうで、美月が大きく息を吸うのが聞こえました。
「お母さん、私、毎晩寝るのが二時なの。結芽が夜中に三回起きるの」
「分かってるわよ。だから、一枚でいいのよ、一枚で」
「その一枚がね、しんどいの。撮って、選んで、ちゃんと写ってるか見て、送って。お母さんから『まだ?』って来るたびに、宿題を出してないみたいな気持ちになるの」
私は、何も言えませんでした。
「ごめん。もう寝る」
電話は、それで切れました。
それからも、写真はときどき届きました。
でも一枚ずつで、文字はついていないことが多くなりました。
五月の、おもちゃの電話の写真が、最後の一枚です。
止まったときに、分かる
九月の終わりの朝、作業場のシャッターを叩く音がしました。
開けると、川向こうの団地に住む男の人が立っていました。
店をやっていたころ、三十年近く新聞を取ってくれていた家の人です。
「昭雄さん、いるかい」
夫が奥から出てくると、その人は少し照れたように言いました。
「いや、用ってほどじゃないんだけどさ。新聞が来なくなって三年たつのに、まだ朝の四時に目が覚めるんだよ。バイクの音がしないと、なんか変でさ」
二人は作業場の入り口で、しばらく昔の話をしていました。
その人が帰ったあと、夫は壁の地図の前に立って、赤い画鋲を一つ抜きました。
その家の場所に刺してあった画鋲でした。
「あの人の家は、四十年で一回も『ありがとう』なんて言わなかったんだ」
夫はそう言って、少し笑いました。
「集金に行っても、黙ってお金を出すだけでな。でも、雨で一回配るのが遅れたら、すぐ電話がかかってきた」
「そういうもんなの?」
「新聞ってのは、返事が来ないもんなんだよ。届いてるかどうかは、止まったときに分かる」
夫は画鋲を手のひらにのせたまま、しばらく地図を見ていました。
私はそのとき、自分のスマホのことを考えていました。
四か月、私は通知が鳴るのを待っていました。
届くのを待つほうに、ずっといたのだと思いました。
咲子さんの「宿題」
その週の土曜に、隣の咲子さんのところへ、もらいもののお菓子を分けに行きました。
咲子さんは私より四つ上で、店があったころは十五年、朝刊の配達を手伝ってくれた人です。
息子さんが遠くで家庭を持っていて、孫が三人います。
台所のテーブルで、私は写真のことを話しました。
向こうの家のこと、あのLINEのこと、美月の電話のこと。
咲子さんは、湯のみを置いて言いました。
「私ね、写真は頼まないことにしてるの」
「頼まないの?」
「頼むと、向こうには宿題になるのよ。うちのお嫁さんも、一回だけ『お義母さん、ごめんなさい、撮れてなくて』って謝ってきたことがあってね。謝らせたくて頼んだんじゃないのにって、そのとき思ったの」
咲子さんは、自分のスマホを開いて見せてくれました。
息子さん夫婦とのトーク画面は、咲子さんが送った写真ばかりでした。
干した大根、町内の盆踊りの提灯、配達のころに使っていた古い自転車。
どれにも、短い文が一行ついているだけです。
「こっちから送るの。返事はいらないって書いてね。そうするとね、ときどき、頼んでないのに来るのよ」
咲子さんは、そう言ってから少し首をかしげました。
「まあ、来ない月のほうが多いけどね」
帰りぎわ、咲子さんは玄関で、少し笑って付け足しました。
「配達のころと同じよ。三百軒に配って、手を振ってくれるのは二、三軒。それで十分だったじゃない」
十月のかりん
家に帰って、私は庭に出ました。
庭の隅に、かりんの木が一本あります。
美月が生まれた年に、夫が植えた木です。
「娘の木だ」と言って、夫は毎年、実の数を数えていました。
その年は、黄色い実が十一個なっていました。
私は、いちばん日の当たっている枝の実を一枚だけ撮りました。
送る前に、決めごとを三つ作りました。
月に一枚だけにすること。
結芽のことは書かないこと。
最後を質問にしないこと。
十月の十日、私は写真に一行だけつけて送りました。
「庭のかりんが、今年は十一個なりました。返事はいりません」
その日のうちに既読がつきました。
返事は来ませんでした。
来ないと分かっていて書いたのに、夜になってから、私は二回トーク画面を開きました。
夫は、その夜、居間で爪を切りながら言いました。
「かりん、送ったのか」
「送った。返事はいらないって書いたの」
「新聞と同じだな」
夫はそれだけ言って、切った爪を新聞紙に包みました。
月に一枚
十一月は、夫が作業場の奥から出してきた三輪車の写真にしました。
美月が三歳のときに乗っていた、赤い三輪車です。
夫は何も言わずに錆を落として、塗り直していました。
「お父さんが、あなたの三輪車を塗り直しています」
その月は、二日後に返事がありました。
「なつかしい。まだあったんだ」
それだけでしたが、私は台所で声を出して読みました。
夫は新聞から顔を上げずに、「そうか」と言いました。
十二月は、かりんをはちみつに漬けた瓶の写真です。
一月は、河口の堤防に雪が積もった朝の写真でした。
二月は、夫が作業場の壁から地図をはがしている写真にしました。
夫は、四十年分の画鋲を一つずつ抜いて、菓子の缶に入れていました。
「店の地図、はがしました。画鋲は三百四十二本ありました」
その月も、返事はありませんでした。
一月の終わりに、隼人さんのお母さんから、はじめて電話がかかってきました。
お歳暮のお礼を言ったあと、向こうのお母さんが、少し声を落として言いました。
「あの、そちらには、結芽ちゃんの写真、届いてます?」
「いえ、このところは、あまり」
「うちもなんですよ。隼人に言っても、月に一回あるかないかで。あの二人、撮るひまもないみたいで」
私は、電話を持ったまま、しばらく黙っていました。
それから、二人で同時に笑いました。
「こっちが催促すると、よけい送りにくいんでしょうね」
向こうのお母さんがそう言ったとき、私はあの十月のLINEのことを話そうかと思いました。
でも、話しませんでした。
打って、消した一行
三月の三日は、ひな祭りでした。
去年はまだ小さかったので、ちゃんとしたお祝いは今年にしようと、美月が前に言っていたのです。
私は、朝から何度もスマホを手に取りました。
お昼を過ぎても、通知は鳴りませんでした。
夕方、台所でちらし寿司の錦糸卵を焼きながら、私は片手で文字を打っていました。
「おひなさまの前で、一枚撮ったら見せてね」
打ち終わって、送信のところに指をのせたまま、フライパンの卵が焦げるにおいがしました。
あの十月と、同じことをしようとしていました。
私は、一文字ずつ消しました。
消したあと、焦げた卵の端を切り落として、残りを細く刻みました。
夕飯のとき、夫が箸を止めて言いました。
「今日、何か送ったのか」
「送らなかった」
「そうか」
夫は、それ以上は聞きませんでした。
その夜、夫は作業場に下りていって、しばらく戻ってきませんでした。
のぞいてみると、塗り直した三輪車のペダルに、細いやすりをかけていました。
「子どもの足は、角があると痛いんだ」
夫は、こちらを見ないまま言いました。
四十年、毎朝二時に起きていた人の背中が、作業場の蛍光灯の下で、ずいぶん小さく見えました。
三月の一枚は、その三輪車の写真にしようかと思いました。
でも、三輪車は十一月に送っています。
私は、庭の隅で咲きはじめた沈丁花の小さな枝を一本切って、台所の窓辺のコップに挿し、それを撮りました。
「台所が、いいにおいになりました。返事はいりません」
頼んでいない一枚
四月のはじめの朝、七時四十分でした。
台所で湯を沸かしていると、スマホが震えました。
「美月が写真を送信しました」
私は火を止めて、画面を開きました。
写っていたのは、美月の家の台所でした。
冷蔵庫の前に、結芽が背伸びをして立っています。
冷蔵庫の扉には、小さく印刷した写真が、マグネットで六枚貼ってありました。
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かりんの実、赤い三輪車、はちみつの瓶、雪の堤防、壁の地図、窓辺の沈丁花。
私が送った写真でした。
結芽は、三輪車の写真に向かって指を伸ばしていました。
写真の下に、文字が二行ついていました。
「結芽が毎朝、ここを指さして『ばあばの』って言うの。三輪車、連休に取りに行くね」
私は、しばらくその写真を見ていました。
頼まなかった写真が、届いたのです。
夫を起こしに二階へ上がると、夫はもう起きていて、窓の外の川を見ていました。
「美月から、写真」
夫は老眼鏡をかけて、長いあいだ画面を見ていました。
「三輪車、ブレーキはついてないんだよな」
夫はそれだけ言って、階段を下りていきました。
写真は、それからも毎月は来ません。
五月は一枚、六月は来ませんでした。
私は今も、十日になると庭か作業場で一枚だけ撮って、「返事はいりません」と書いて送っています。
それでも、トーク画面の日付を見に行ってしまう夜はあります。
あの十月のLINEのことは、まだ美月とは話していません。
作業場の壁には、地図をはがしたあとが、まわりより少し白い四角になって残っています。
その四角のまん中に、冷蔵庫の前の結芽の写真を印刷して、夫が赤い画鋲で一本だけ留めました。
三百四十二本のうちの、どの家の画鋲だったのかは、夫も覚えていないそうです。
写真の下には、塗り直した赤い三輪車が、作業場の床に置いたままになっています。
あなたなら、どうしますか?
子どもや孫の写真が届かないとき、あなたは「送って」と頼みますか。それとも、待ちますか。頼むことが、相手にとってどんな「宿題」になっているか、考えてみたことはあるでしょうか。
もし、あなたのほうから月に一枚だけ写真を送るとしたら、何を撮りますか。孫のことも、質問も書かずに送れる一枚は、あなたの家や庭のどこにありそうですか。
この物語から、考えたいこと
1. 「一枚でいい」が、重いこともある
写真を一枚送るのは、頼む側から見れば小さなことです。
でも、毎晩眠りが足りない人にとっては、撮って、選んで、送るまでが一つの仕事になります。
「まだ?」の一言が、相手には宿題の催促のように聞こえることがあります。
2. 比べる相手は、同じように待っているかもしれない
向こうの家には送っているのでは、と思うと、気持ちは一気に苦しくなります。
けれど、同じように届かないと思っている人が、向こうにもいるかもしれません。
確かめないまま比べると、比べた言葉だけが相手に残ります。
3. 待つ側から、届ける側へ
待っているあいだは、通知が鳴るかどうかで一日が決まってしまいます。
自分のほうから、返事のいらない一枚を届けることは、相手に何かを求めない連絡の形です。
それでも返事が来ない月はありますし、寂しさがすっかりなくなるわけではありません。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。