長年の友達と話が合わなくなった60代。三十年続けた月に一度のランチを、62歳の私がやめずに場所だけ変えた秋
十一時四十分です。
待ち合わせは、十二時でした。
駅ビルの三階、いつもの店の前のベンチに、私は二十分早く座っています。
席を取るためではありません。
平日の昼前なら、この店が混むことはないのです。
私はその二十分のあいだ、今日の話題を考えています。
先月、何を話したか。
その前の月に、同じ話をしなかったか。
光枝が話し出したときに、どう返せばいいか。
六十二歳です。
高校二年で同じクラスになってから、四十五年になります。
月に一度、この店で昼を食べるようになってからでも、三十年です。
窓際の、同じ席
店に入ると、私たちはいつも窓際の席に座ります。
三十年、ほとんど同じ席です。
窓の外には、駅前のロータリーと、バスの乗り場が見えます。
三十年のあいだに、バスの色が二度変わりました。
正面にあったデパートは、去年、別の名前の店になりました。
そのくらいのことしか、外は変わりません。
光枝は、いつも十二時ちょうどに来ます。
「ごめんね、待った」
「ううん、今来たところ」
三十年、この二つの言葉から始まります。
注文も、だいたい決まっています。
光枝は日替わりの定食で、私は麺のセットです。
料理が来るまでの十分ほどが、いちばん静かな時間でした。
三分で、病院の話になる
私には、数えているものがあります。
席についてから、病院の話が出るまでの時間です。
いつからか、腕時計をちらりと見る癖がつきました。
去年の春は、七分でした。
夏は、五分。
この日は、三分もかかりませんでした。
「私ね、来月から膝のリハビリ、週二回になるの」
光枝は、おしぼりで手をふきながら言いました。
「そう。大変ね」
「待ち時間が長くてね。一時間半よ。呼ばれるまで、ずっと座ってるの」
それから、待合室の椅子の話になりました。
新しくなった受付の機械の話にもなりました。
私はうなずきながら、ときどき「そうなの」と言いました。
病院の話が終わると、次はお孫さんの話です。
光枝には、小学二年生の男の子のお孫さんがいます。
サッカーを始めたこと。習字の道具を忘れて泣いたこと。
私はまだ孫がいないので、うなずくしかありません。
それが終わると、最後はご主人の話でした。
「定年してから、台所に立つようになってね」
「あら、いいじゃない」
「よくないの。私のやり方が気に入らないんですって。包丁の研ぎ方から言われるのよ」
光枝は笑っています。
本気で怒っているわけではないのが、私にも分かります。
長く連れ添った人の話を、愚痴の形で話しているだけなのです。
それでも、一時間半のあいだに三つの話題が順番に回ってくると、私は帰りのバスでどっと重くなりました。
嫌いになったわけではないのです
家に帰って、夫にそれとなく言ったことがあります。
「光枝ちゃんと会うと、最近、疲れるのよ」
夫は、テレビの野球を見ながら「けんかでもしたのか」と聞きました。
「してない。けんかなんて、一度もしたことないもの」
そうなのです。
四十五年、一度も言い合いをしたことがありません。
光枝は、意地の悪いことを言う人ではありません。
高校のとき、私が古文の授業で当てられて答えられず、うつむいていた日がありました。
休み時間に、光枝が黙って自分のノートを開いて、机の上に置いていきました。
何も言わずに置いていくところが、あの人でした。
結婚してからも、うちの子が入院した年には、二度も様子を見に来てくれました。
人の悪口も、ほとんど言いません。
それなのに、帰り道に疲れている。
その自分が、いちばん嫌でした。
嫌いになったのなら、まだ話が早いのです。
やめればいいのですから。
嫌いではないのに疲れる、というのは、どこにも持っていきようがありませんでした。
夫は少し考えてから、こう言いました。
「三十年も同じ店で同じもの食ってりゃ、そりゃ飽きもするだろ」
私は「そういう話じゃないの」と言い返しました。
そのときは、本当にそう思っていたのです。
十五年前の、伝票
やめようか、と思ったことは、一度もないわけではありません。
けれど、思うたびに、同じ場面が浮かびました。
十五年前の、六月のことです。
夫が勤めていた印刷の会社が、たたむことになりました。
四十七歳でした。
次の勤め先が決まるまでの半年、うちには給料がありませんでした。
私はスーパーのパートを増やして、夕方から夜までのシフトにも入りました。
そのことを、誰にも言えませんでした。
実家の母にも、子どもにも、光枝にも言いませんでした。
言えば、何かが崩れる気がしたのです。
その六月のランチも、いつもどおり窓際の席で食べました。
私は、いちばん安い麺だけを頼みました。
セットのご飯を外したのは、三十年で初めてでした。
食べ終わって、財布を出そうとしたら、伝票がありません。
光枝が先にレジに立っていました。
「光枝ちゃん、いいわよ、そんなの」
「いいの。前におごってもらったから」
そんな覚えは、私にはありませんでした。
光枝は、こちらを見ずに小銭を数えていました。
私は、ありがとうと言えませんでした。
お礼を言ってしまうと、事情まで言わなければいけない気がしたのです。
「じゃあ、来月ね」とだけ言って、私はエスカレーターを下りました。
そして次の月から、半年、私は断り続けました。
「その日はちょっと」
「来月なら」
光枝は、一度も理由を聞きませんでした。
ただ、毎月同じころに、同じ短い文を送ってきました。
「今月はどう」
それだけです。
半年後、夫の勤め先が決まった月に、私は「来月、行けます」と返しました。
光枝の返事は「窓際、取っとくね」でした。
十五年、私はこの話を一度もしていません。
駅の裏にあった、小さな映画館
その年の九月のランチは、いつもと少し違いました。
料理が来るまでのあいだに、光枝がふと外を見て言ったのです。
「ねえ、駅の裏の映画館、覚えてる」
窓から、線路の向こう側が少しだけ見えます。
今は、平屋の建物の跡に、月ぎめの駐車場ができています。
「覚えてるわよ。二本立てだったでしょう」
「そう。入れ替えなしで、二本目の途中から観て、一本目をもう一回観たりしてね」
私たちは、高校三年の冬に、何度かそこへ通いました。
学校の帰り、制服のまま、券売の小窓で学生の券を買うのです。
暖房が弱くて、いつも足が冷たくなりました。
売店はなくて、二階のいちばん後ろの列の座席だけ、背もたれが破れていました。
「あんた、いつもあの破れた席に座りたがったのよ」
「だって、前に人が来ないんだもの」
光枝が笑いました。
その笑い方を、私はしばらく忘れていた気がしました。
気がつくと、三十分ほど、十七歳の話ばかりしていました。
病院の話も、お孫さんの話も、その日は出ませんでした。
「破れてるとこ、座布団みたいでちょうどよかったのよ」
「よく言うわ。あんた、二本目の途中でいつも寝てたじゃない」
「寝てない。目をつぶって聞いてただけ」
光枝は、声を出して笑いました。
店の人が水を足しに来て、私たちはそこでやっと料理に手をつけました。
帰りのバスで、私は自分が疲れていないことに気づきました。
同じ人と、同じ店で、同じ時間を過ごしたのにです。
家に帰って、台所で野菜を切りながら、私はずっと考えていました。
私は、光枝と話が合わなくなったのでしょうか。
それとも、二人で座る場所が、合わなくなっただけなのでしょうか。
やめるか、続けるかの、あいだ
その晩、私は市の広報を引っぱり出しました。
隣の市の美術館で、十月から企画展があると書いてありました。
昔の日本の暮らしを描いた絵が、百点ほど並ぶそうです。
入館料は、六十歳以上なら少し安くなると書いてありました。
私は、その欄を指でおさえて、しばらく動きませんでした。
やめるか、続けるか。
私は、その二つしかないと思い込んでいました。
でも、あいだはあったのです。
会うのをやめるのではなく、会う場所を変える。
話題を探さなくていい場所に、二人で行ってみる。
思いついてしまうと、今度は送るのがこわくなりました。
三十年、私から何かを提案したことが、ほとんどなかったからです。
一時間ほど、打っては消しました。
「たまには違うところにしない」は、今までがつまらなかったように読めます。
「付き合ってほしいんだけど」は、大げさです。
結局、送ったのはこれだけでした。
「来月のお昼の前に、これ見ない。隣の市の美術館。私、前から行きたかったの」
広報の写真を撮って、一緒に送りました。
返事は、十分で来ました。
「行く。何時の電車」
十月の、平日の午前
十月の第二水曜、私たちは十時の電車に乗りました。
乗り換えが一度あって、四十分ほどの道のりです。
美術館は、川沿いの公園の中にありました。
平日の午前で、館内には十人ほどしかいませんでした。
入ってすぐ、私は自分の失敗に気づきました。
絵の前では、話せないのです。
当たり前のことでした。
私は、二人で話す時間を増やすつもりで来たのに、ここは静かにするところでした。
でも、歩いているうちに、それでいいのだと分かってきました。
はじめの部屋には、田植えや稲刈りの絵が並んでいました。
次の部屋は、町の絵でした。
雨の日の商店街、傘を持った人が七人、それぞれ違う方を向いて歩いている絵がありました。
私は、その七人を一人ずつ目で追いました。
こんなふうに、一枚の絵の前で三分も立っていたのは、いつ以来でしょうか。
光枝は、農家の台所を描いた一枚の前で、ずいぶん長く立っていました。
私はその横で、同じ絵を見ていました。
土間に、水を入れる大きな甕が描いてありました。
光枝が、小さな声で言いました。
「うちの田舎のと、同じ」
「そう」
それだけの会話が、二時間で五回か六回ありました。
三十年で、いちばん言葉の少ない日でした。
それなのに、帰りの喫茶店に入るまで、私は一度も時計を見ませんでした。
数えていた自分を、その日は思い出しもしなかったのです。
「覚えてない」
美術館を出て、川沿いを歩いて、駅のそばの喫茶店に入りました。
光枝は、見てきた絵の話をしました。
甕の話、囲炉裏の煙の描き方、着物の柄の細かさ。
私は、破れた座席の話をもう一度しました。
そして、そのついでのようにして、言いました。
「光枝ちゃん。十五年前の六月に、ここのお昼、おごってくれたでしょう」
光枝は、コーヒーカップを持ったまま、きょとんとしました。
「そんなことあった」
「あったのよ。私、ありがとうも言わなかった」
「覚えてない」
光枝は、本当に覚えていない顔をしていました。
「そんなの、どっちでもいいじゃない」
そう言って、窓の外を見ました。
「あのころ、あんた、やせてたもんね」
光枝は、それだけ言いました。
知っていたのだろうか、と思いました。
聞きませんでした。
聞かないことにしたのは、私のほうです。
私は、十五年持っていたものを、あっけなく下ろしました。
下ろしたら、少しだけ泣きそうになって、あわててコーヒーを飲みました。
「来月も行こうよ」
言ったのは、光枝のほうでした。
「次は私が、行きたいところを探しておく」
光枝は、小さな手帳を鞄から出して、十一月のページに何か書きました。
その手帳は、去年の暮れに私が見たのと、同じ紺色でした。
十一月、十二月
十一月は、光枝が選んだ写真の展示に行きました。
十二月は、駅前の会館でやっていた書の展示でした。
どちらも、入館料は数百円か、ただでした。
見終わってお茶を飲むと、絵や写真の話から始まります。
病院の話も、お孫さんの話も、やっぱり出ます。
けれど、順番が変わりました。
三つの話題が先に来ないだけで、こんなに違うのかと思いました。
十二月の帰り道、駅前のイチョウがすっかり裸になっていました。
九月にあの店の窓から見たときは、まだ濃い緑だったはずです。
改札の前で、光枝が言いました。
「来年の春、あの映画館みたいな上映会があるんだって。市の会館で。古い映画ばっかりやるの」
「行く」
即答してしまって、自分で少し笑いました。
「あんた、そういうとこ、昔と同じね」
光枝はそう言って、改札を通っていきました。
家に帰る道で、私は今月、時計を見なかっただろうかと考えました。
一度、見ていました。
喫茶店で、光枝が三度目の病院の話を始めたときです。
数えるくせは、まだ残っています。
たぶん、来年もなくならないのでしょう。
それでも、帰りのバスで重くなることは、秋からほとんどありませんでした。
三十年続けたものを、私はやめずにすみました。
やめなくてよかったのかどうかは、まだ分かりません。
分からないまま、私は一月の予定を手帳に書きました。
あなたなら、どうしますか?
会うたびに疲れてしまう相手がいるとき、あなたが疲れているのは「その人」でしょうか。それとも「いつも同じ場所で、同じ順番の話になること」のほうでしょうか。
もし、やめるか続けるかの二つ以外に、もう一つ選べるとしたら、あなたはその人と、どこで会ってみたいですか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 疲れているのは、相手ではなく「場面」かもしれない
長く続いた関係で疲れを感じると、人はまず相手のせいにするか、自分のわがままだと思い込みます。
けれど、同じ相手でも、場所が変わると話す中身が変わることがあります。
疲れの原因を人に置くと、答えは「切るか、我慢するか」の二つしか出てきません。
場面に置くと、変えられるところが急に増えます。
2. やめるか続けるかの、あいだを作る
長い付き合いをやめるのは、思っているより大ごとです。
だからこそ、多くの人が「このまま我慢するしかない」と思ってしまいます。
回数を減らす、会う時間を短くする、会う場所を変える、話す前に一緒に何かを見る。
あいだの選び方は、いくつもあります。
どれも、関係を終わらせずに、自分の重さだけを下ろす方法です。
3. 相手が覚えていないことを、自分だけが背負っていることがある
昔の場面をずっと抱えていて、その人の前で身構えてしまうことがあります。
思いきって口に出すと、相手は覚えてもいなかった、ということが少なくありません。
覚えていないから軽い、という意味ではありません。
その人にとっては、たいしたことをしたつもりがなかったのです。
下ろしてみないと、自分がどれだけ持っていたのかも分かりません。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
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次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。