ひとりの時間
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誕生日を誰にも祝われなかった63歳。今年の私は、自分で予約を入れました

朝の窓辺で、コーヒーを飲みながら外を眺める女性
kuroko

「……まだ、十時か」

台所のテーブルでスマホを裏返して、私はそうつぶやきました。

去年の誕生日、私は一日中、何かを待っていました。

六十三歳になった日です。

朝、夫は「おはよう」と言って新聞を広げました。

それだけでした。

私は、いつもより少し丁寧にお味噌汁の出汁をとって、いつもより少しいいお茶を淹れました。

誰に頼まれたわけでもないのに、そうしていました。

夫は、いつもと同じようにお味噌汁を飲み、いつもと同じように「ごちそうさん」と言って、庭に出ていきました。

待っていた一日

十時ごろ、スマホを見ました。

何もありません。

洗濯物を干して、もう一度見ました。

昼にもう一度見ました。

画面の上に通知が出るたびに、急いで手に取りました。

ドラッグストアのクーポンと、天気のお知らせでした。

夕方、買い物に出る前に、また見ました。

娘からも息子からも、何もありませんでした。

娘は三十七歳で、札幌にいます。

息子は三十四歳で、福岡にいます。

二人とも遠方で、それぞれ忙しくしています。

娘には小学生の子どもが二人いて、息子は春に部署が変わったばかりです。

分かっているのに、確かめてしまうのです。

スーパーのレジに並びながら、また画面を見ました。

夕飯の支度をしながら、自分に腹が立ってきました。

腹が立った相手は、夫でも子どもでもなく、待っている自分でした。

大根を切る包丁の音が、いつもより大きく響いていました。

その夜、布団に入ってからもう一度だけスマホを見て、それから電源を切りました。

「今日、何の日か知ってる?」

十年前にも、同じような誕生日がありました。

五十三歳の誕生日です。

夕飯のあと、私は冗談めかして夫に聞きました。

「ねえ、今日、何の日か知ってる?」

夫は、テレビの野球中継から目を離さずに言いました。

「燃えないごみの日か」

私は笑いました。

笑ってから、洗い物をしながら、家族のグループLINEに書きこみました。

「今日でお母さん、五十三になりました」

三十分後、娘から返事が来ました。

「え、ごめん! おめでとう!」

息子からは、ケーキの絵のスタンプがひとつ届きました。

それを見た夫が、慌てて上着を羽織って、雨の中をコンビニまで歩いていきました。

帰ってきた夫は、濡れた袋から、小さなショートケーキを二つ出しました。

「悪かったな」

私は、そのケーキを前にして言ってしまいました。

「無理しなくていいのに」

夫の手が、少し止まりました。

ケーキは、二人で黙って食べました。

甘いはずなのに、味がよく分かりませんでした。

雨の中を歩いていってくれた夫に、ありがとうと言えなかったのは、私のほうです。

「祝ってほしい」とは言えない

それから、私は誕生日のことを口にしなくなりました。

言えばいいのだと、頭では分かっています。

「今日、誕生日なんだけど」

たった一言です。

でも、その一言を言ってしまうと、そのあと出てくるお祝いは、私が言わせたものになります。

十年前の、雨に濡れたコンビニの袋のように。

それなら、何もないほうがましだと思っていました。

この理屈が正しいのかどうかは、今も分かりません。

ただ、そう思って十年くらい過ごしてきました。

誕生日が近づくと、私は毎年、少しずつ無口になりました。

それを誰にも気づかれないことに、また少し傷ついていました。

待合室で聞いた言葉

今年の春、健康診断の待合室でのことです。

四月の、まだ肌寒い朝でした。

番号札を握って、長椅子の端に座っていました。

隣に座っていた同じくらいの年の人が、連れの方にこう話していました。

「今日は自分の誕生日だから、帰りにケーキ買うの」

連れの方が「誰かに買ってもらいなさいよ」と笑うと、その人は言いました。

「待ってたら、来年になっちゃうもの」

二人で、声を合わせて笑っていました。

自分の誕生日だから、自分で買う。

その順番が、私にはなかったものでした。

私はずっと、誰かが買ってくるのを待つ日だと思っていたのです。

番号を呼ばれて立ち上がるとき、その人のほうを振り返りたくなりました。

でも、振り返りませんでした。

帰り道、その人の言葉が、頭の中で何度も繰り返されていました。

「自分で祝うって、どうやるの」

その週、昔のパート仲間の和美さんと電話で話しました。

和美さんは同い年で、月に一度くらい電話をかけ合う仲です。

待合室の話をすると、和美さんは電話の向こうで大きく笑いました。

「その人、えらいわね。私なんか、誕生日は毎年うなぎよ。ひとりで」

「ひとりで?」

「そう。駅前の店のカウンターで、いちばん上のを頼むの。誰にも遠慮しないで」

私は、和美さんがそんなことをしているとは知りませんでした。

「でも、自分で祝うって、どうやるのかよく分からないのよ」

「難しく考えないの。行きたかったところに行って、欲しかったものを買う。それだけよ」

和美さんは少し間を置いて、付け足しました。

「あとね、先に決めちゃうの。当日に決めようとすると、結局待っちゃうから」

電話を切ったあと、私は台所のカレンダーの、七月のページを開きました。

誕生日の日付のところは、真っ白でした。

今年は、先に予約を入れました

誕生日の一か月前に、決めました。

行きたかったのは、前を通るたびに気になっていた美術館です。

バスの窓から、企画展の大きな垂れ幕を何度も見ていました。

企画展の会期を調べて、その日に行けることを確かめました。

平日でした。

入場は、日時を指定して先に予約する仕組みになっていました。

インターネットで予約するのは初めてで、途中の画面で手が止まってしまいました。

それで、夜に息子に電話をしました。

「ねえ、この日時指定っていうの、どこを押せばいいの」

息子は、電話口で私の画面を想像しながら、一つずつ教えてくれました。

「で、日付は?」

私が日付を言うと、息子は少し黙りました。

「それ、母さんの誕生日じゃん」

「そうよ。自分で祝うことにしたの」

息子はもう一度黙ってから、言いました。

「……いいね、それ。予約完了って出た?」

「出た」

「じゃあ大丈夫。楽しんできなよ」

電話を切ったあと、予約完了の画面を、しばらく眺めていました。

夫には「その日、出かけるから」とだけ言いました。

「どこ行くの」と聞かれたので、「美術館」と答えました。

「ふうん」と言われました。

それだけです。

自分への贈り物を、箱で買いました

もうひとつ、決めたことがあります。

自分に何か贈ることです。

自分で自分に物を買うのは、いつもの買い物と何が違うのだろう、と考えました。

条件は三つでした。

長く使えること。

季節の変わり目に出番があること。

そして、箱に入っていること。

三つ目が、自分でも意外でした。

子どもの頃、誕生日に母がくれる包みを、破らないように時間をかけて開けるのが好きでした。

包みを開ける動作が、してみたかったのだと思います。

条件に合いそうなものは、夜、布団の中でスマホを見て探しました。

気に入ったものを見つけて、買い物かごに入れました。

でも、その夜は買えませんでした。

値段を見ているうちに、夫の作業用のズボンのひざが擦り切れていたことを思い出したのです。

次の夜も、かごに入れたまま画面を閉じました。

自分のものを買うときだけ、どうしてこんなに言い訳を探すのだろう、と思いました。

家族のものなら、値段を見てすぐに決められるのです。

三日目の夜、和美さんの「先に決めちゃうの」という声を思い出しました。

夫のズボンは、次の週に買えばいい。

そう決めて、画面の「注文を確定する」を押しました。

押したあと、しばらく胸がどきどきしていました。

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届いた箱は、誕生日まで開けずに置いておきました。

寝室のたんすの上に、宅配の段ボールから出して、箱のまま置きました。

ある晩、夫がそれに気づいて聞きました。

「それ、何だ」

「誕生日まで開けないの」

「ふうん」

夫はそう言って、風呂に入っていきました。

誕生日、という言葉は、たしかに聞こえていたはずでした。

「もう、十一時半」

当日の朝、私は目覚ましより先に起きました。

去年と同じように、お味噌汁の出汁をとりました。

でも今年は、誰かのためにではなく、出かける前に自分がしっかり食べておきたかったからです。

夫は新聞を広げながら、私の服を見て言いました。

「今日、美術館だったか」

「そう。十時の予約」

「気をつけてな」

夫は、それだけ言いました。

誕生日のことは、何も言いませんでした。

少しだけ胸がちくりとしましたが、去年のように何度もそのことを考えたりはしませんでした。

もう予定が決まっている日だったからです。

当日は、朝のうちに家を出ました。

スマホは、鞄の奥にしまったままにしました。

美術館は、思ったより空いていました。

平日の午前は、こんなに静かなのだと知りました。

床をこする自分の靴の音が、はっきり聞こえるほどでした。

順路を無視して、気に入った絵の前に二度戻りました。

港の朝を描いた、青い大きな絵でした。

誰にも「まだ見るの」と言われませんでした。

絵の前で、私と同じくらいの年の女性が、ひとりで小さな手帳に何かを書き写していました。

その人も、きっと誰かを待っているのではなく、自分で決めてここに来たのだろうと思いました。

売店で、青い絵のはがきを一枚だけ買いました。

誰に出すわけでもなく、台所のカレンダーの横に貼ろうと思ったのです。

ベンチに座って、その絵をしばらく眺めてから、腕時計を見ました。

「え、もう十一時半」

思わず、声に出ていました。

去年、台所のテーブルで「まだ十時か」とつぶやいた自分を思い出しました。

同じ一日なのに、時間の流れ方がまるで違っていました。

お昼は、美術館の中の喫茶室で、窓際の席に座りました。

中庭の芝生が見える、二人掛けの小さなテーブルでした。

向かいの椅子に鞄を置いて、サンドイッチと紅茶を頼みました。

鞄の奥で、スマホが一度だけ震えた気がしました。

取り出そうとして、やめました。

紅茶が冷めるまで、中庭を眺めていました。

帰りに、駅の地下でケーキを一つ買いました。

一つだけ買うのが、少し恥ずかしかったです。

「お持ち歩きのお時間は」と聞かれて、「三十分」と答えました。

家に帰って、箱を開けました。

リボンをほどいて、ふたを持ち上げて、薄い紙を一枚ずつめくりました。

グレーとキャメルの、両側で色の違うストールでした。

肩にかけて、鏡の前に立ちました。

グレーの側を外にするか、キャメルの側を外にするか、三回かけ直しました。

夫のこと

夕方、夫が庭から戻ってきて、テーブルのケーキの箱を見ました。

「あれ、今日だったか」

「うん」と答えました。

夫は少しばつが悪そうにして、ケーキを半分食べました。

半分でいいのかと聞いたら、「半分でいい」と言われました。

食べ終わると、夫は私の肩のストールを見て言いました。

「それ、たんすの上の箱のやつか」

「そう」

「写真、撮ってやろうか。子どもらに送るんだろう」

夫がそんなことを言うのは、初めてでした。

夫は私のスマホを受け取って、少し離れて構えました。

「もうちょっと右。いや、左か」

三枚撮って、どれも少し斜めでした。

その夜、娘から電話がありました。

「お母さん、ごめん、今日だったよね。上の子の塾の迎えでばたばたしてて」

「いいのよ。美術館に行ってきたの」

「え、ひとりで?」

「そう。自分で予約して」

娘は電話の向こうで、少し驚いたように笑いました。

「写真、見た。そのストール、似合ってる。お父さんが撮ったの? 斜めだけど」

私も笑いました。

言わせたお祝いではない電話を、私は久しぶりに受け取った気がしました。

次の週、私は約束どおり、夫の作業用のズボンを買いに行きました。

家に帰って袋を渡すと、夫は不思議そうな顔をしました。

「誕生日だったのは、お前だろう」

「ひざ、擦り切れてたでしょう」

夫はズボンを広げて、ひざのところを指でつまみました。

それから、レシートを見て言いました。

「これは俺が払う。お前の誕生日に、俺のものを買ってどうする」

夫は財布から千円札を何枚か出して、テーブルの上に置きました。

私は、そのお札をしばらく見ていました。

来年、夫が覚えているかどうかは分かりません。

覚えていたら、うれしいと思います。

覚えていなくても、私は予約を入れます。

ただ、ひとつだけ、自分でも分からないことがあります。

十年前、雨の中を歩いて買ってきてくれたケーキに、私は「無理しなくていいのに」と言いました。

もし来年、夫が私より先に何かを用意していたら、そのとき私は、ちゃんと「ありがとう」と言えるのでしょうか。

あなたなら、どうしますか?

もし今年の誕生日を自分で決めていいなら、どこへ行きますか。

そして、自分に贈るとしたら、何を選びますか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 待つ日ではなく、決める日にする

誰かが動くのを待つと、一日が確かめる時間になります。

先に予定を入れてしまえば、待つ時間そのものがなくなります。

2. 言わせたお祝いは、うれしくないことがある

「今日、誕生日なんだけど」と言えない気持ちには、理由があります。

無理に言う前に、自分で決めてしまうという道もあります。

3. 包みを開ける動作を、自分のために残しておく

贈り物は、中身だけのものではありません。

箱に入っているかどうかで、同じものでも変わります。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(長く使える・季節の変わり目に出番がある・箱に入っている)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

自分に贈る大判のストール

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  • 販売ページの記載:大判・厚手のストール(マフラーとしても使える)
  • 販売ページの記載:両面で色が違う仕立て
  • 販売ページの記載:ギフトボックス付き
  • 選ぶときは、大きさ・厚み・両面の色の組み合わせ・箱に入っているかを見ると選びやすくなります。
  • 色合いや風合いの感じ方には個人差があります。

物ではなく、出かける時間を贈るとき

物語の主人公は箱に入ったストールを選びましたが、「行きたかった場所に行く日」そのものを自分に贈る、という考え方もあります。体験を選べるカタログのギフトもあります。

  • 公式サイトの記載:3,000円〜の価格帯から選べる
  • 公式サイトの記載:冊子のカタログと、メールなどで届けるeギフトがある
  • 公式サイトの記載:送料は全国一律605円(1回の注文が30,000円以上で無料)・価格は税込表示
  • 選ぶときは、使える地域・有効期限・体験の種類を見ると選びやすくなります。

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※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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