ひとりの時間
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実家がなくなって、帰る場所がない。61歳の私が、故郷の町に一泊だけ宿を取った春

桜の土手へ続く道を歩く女性の後ろ姿
kuroko

郵便局の窓口で、私は封筒の口を開けたまま、しばらく手を止めていました。

中に入れる鍵には、小さな鈴がついていました。

銀色の、親指の先ほどの鈴です。

「中身は、鍵ですか」

窓口の若い女性が、封筒をのぞいて言いました。

「ええ。鍵です」

「でしたら、書留にされますか。届いたかどうか、あとで確かめられますので」

「お願いします」

そう答えてから、私は鈴を鍵の輪から外しました。

爪の先が痛くなるほど固い輪でした。

鍵だけを封筒に入れて、糊で口を閉じました。

鈴は、小銭入れの中にしまいました。

去年の十一月の、雨の午後のことです。

四十年近く持ち歩いた実家の鍵を、私はこうして手放しました。

あんたは、すぐ物をなくすから

鈴をつけたのは、母でした。

私が二十二で結婚して、実家を出るときのことです。

「あんたは、すぐ物をなくすから」

母はそう言って、裁縫箱から鈴を出して、鍵の輪に通してくれました。

「帰ってきたとき、鍵がなかったら困るでしょう」

それから三十九年、鍵は私のかばんの底で、ちりん、ちりんと鳴っていました。

実家は、電車で三時間ほどの、川のある小さな町です。

私は一人っ子で、父は私が四十のときに亡くなりました。

それからの二十年近く、母はあの家に一人で暮らしていました。

母を見送ったのは、おととしの冬です。

八十八歳でした。

家は、去年の秋から、別の方の家になりました。

私は六十一歳。

今は、結婚してから住んでいる町の、駅から歩いて十五分のマンションで、夫と二人で暮らしています。

画面の中の、あの川

鍵を返してから、私は故郷のことを考えないようにしていました。

考えないように、というより、避けていたのだと思います。

夕方の情報番組で、あの町のある県の名前が出ると、リモコンに手が伸びました。

駅の構内に、あの路線の桜の写真が貼ってあると、目をそらして通り過ぎました。

「おい、今の、お前の町の近くじゃないか」

ある晩、夫がテレビを指さしました。

画面には、見覚えのある鉄橋と、その下を流れる川が映っていました。

「そうね。近くね」

私はそれだけ言って、立ち上がって台所へ行きました。

用もないのに、冷蔵庫を開けて、閉めました。

夫は、それ以上何も言いませんでした。

夫はこの町の生まれで、私の故郷には、数えるほどしか行ったことがありません。

私も、あの町の話を、夫にほとんどしてこなかったのです。

実家から持ち帰った写真は、菓子の空き箱に入れたまま、押し入れの上の段に置いてありました。

蓋に、母の字で「写真」とだけ書いてある箱です。

一度も開けていませんでした。

開けたら、何かが崩れる気がしたのです。

「もう、行く理由がないんです」

十二月のはじめに、電話が鳴りました。

「もしもし、私。佐和子よ。覚えてる?」

実家の二軒隣に住んでいる、佐和子さんでした。

母より四つ下で、母とは五十年近く、垣根越しにおかずを分け合っていた人です。

「お母さんのこと、まだ寂しいでしょう。どうしてるかと思って」

「ありがとうございます。なんとか、やってます」

佐和子さんは、少し間をおいて言いました。

「春になったら、一度こっちにおいでよ。土手の桜、見においで」

私は、すぐに返事ができませんでした。

「でも、もう、そっちに行っても、家がないですから」

「家がなくたって、町はあるじゃない」

「泊まるところもないし、用事もないし。もう、行く理由がないんです」

自分でも驚くほど、硬い声が出ていました。

「そう……」

「すみません、今ちょっと、火を使ってて」

火など、使っていませんでした。

受話器を置いたあと、私は台所の椅子に座ったまま、しばらく動けませんでした。

佐和子さんは、母の葬儀のとき、誰よりも長く台所に立ってくれた人です。

その人に、私はあんな声を出したのです。

電話を切ったあとで、母の口癖を思い出しました。

「桜のときに、おいで」

母は、毎年のように電話でそう言っていました。

実家の前の道をまっすぐ行くと、川の土手に出ます。

土手には、古い桜が二百メートルほど続いていて、春になると町じゅうの人が歩きに来ました。

私が子どもの頃、母はその季節になると、私の手を引いて土手を歩きました。

途中で、駅前の和菓子屋に寄って、草餅を二つ買うのです。

一つは母のぶん、一つは私のぶん。

土手のベンチに並んで座って、桜を見ながら食べました。

結婚してからは、帰るのはお盆とお正月だけになりました。

「桜のときに、おいで」

「春は忙しいのよ。子どもの学校のこともあるし」

娘が小さい頃は、本当にそうでした。

でも娘が家を出てからも、私は同じことを言い続けていました。

春は忙しい。

また来年。

そう言っているうちに、三十年がたっていました。

大人になってから、私は一度も、母と桜を見ていません。

封筒に入っていた、一枚の写真

年が明けて、四月の二週目のことです。

郵便受けに、少し厚みのある封筒が入っていました。

差出人は、佐和子さんでした。

中には、手紙はなく、写真が一枚だけ入っていました。

土手の桜の写真でした。

満開の枝の下に、木のベンチが写っていました。

母と草餅を食べた、あのベンチでした。

写真を裏返すと、ボールペンの細い字で、こう書いてありました。

「今年も咲いたよ」

それだけでした。

十二月の電話のことには、何も触れていませんでした。

私は玄関に立ったまま、その写真を見ていました。

気がつくと、夫が後ろに立っていました。

「どうした」

「佐和子さんから。母の家の、隣の人」

夫は写真をのぞきこんで、「きれいだな」と言いました。

それから、少し考えるような顔をして、こう言いました。

「行ってくればいい。一泊でもして」

「行っても、泊まる家がないのよ」

「宿を取ればいいだろう」

夫は、当たり前のことのように言いました。

「俺なんか、生まれた家がなくなって三十年だぞ。墓参りに帰るたびに、駅前のビジネスホテルに泊まってる」

言われてみれば、そうでした。

夫の実家は、結婚して数年で、道路の拡張でなくなっていました。

夫はそのあとも、年に一度は一人で帰っていたのです。

「生まれた町で、宿に泊まってもいいのね」

「いいも悪いもないだろう。お前の町なんだから」

夫はそう言って、居間に戻っていきました。

帰る家がないから、行く理由がない。

そう思い込んでいたのは、私だけだったのかもしれません。

宿の予約は、駅から歩けるところ

その夜、夫が寝たあとで、私は食卓で宿を探しました。

あの町に宿がいくつあるのかも、私は知りませんでした。

故郷なのに、泊まる場所を探したことが一度もなかったのです。

最初に目についたのは、川沿いの温泉旅館でした。

眺めはよさそうでしたが、駅から車で二十分とありました。

私は、車の運転をしません。

タクシーを呼んで、窓の外に知っている道が流れていくのを見る自分を想像して、やめました。

決めた条件は、三つでした。

駅から歩けること。

一泊だけの素泊まりで、夕食の時間に縛られないこと。

翌朝、早く出られること。

朝のうちに、人の少ない土手を歩きたかったのです。

母と歩いたのも、いつも朝でした。

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予約の画面で、最後に「宿泊人数」の欄が出ました。

少し迷ってから、「1」を選びました。

ひとりで、生まれた町に泊まる。

画面の「予約を確定する」の文字を、しばらく見ていました。

次の朝、佐和子さんに電話をかけました。

「写真、ありがとうございました。それと、十二月は、ごめんなさい」

「何のこと?」

佐和子さんは、本当に覚えていないような声で言いました。

「来週の土曜日、そっちに行きます。宿を取りました」

「あら、宿なんか取らなくても、うちに泊まればいいのに」

「いえ、泊まってみたいんです。自分の町の宿に」

電話の向こうで、佐和子さんが笑いました。

「じゃあ、日曜の朝、土手のベンチにいるわ。八時ね」

改札を出て、ちりん

四月の三週目の土曜日、午後の電車に乗りました。

三時間のあいだ、窓の外で、桜の色が少しずつ濃くなっていきました。

駅に着いて、改札を出たときです。

かばんの中で、ちりん、と鳴りました。

小銭入れに入れたままの、あの鈴でした。

四十年近く、この改札を出るたびに鳴っていた音でした。

私は改札の前で立ち止まって、しばらく動けませんでした。

駅前は、少し変わっていました。

角の本屋がなくなって、駐車場になっていました。

和菓子屋は、同じ場所にありました。

暖簾をくぐると、ガラスのケースの向こうに、五十代くらいの男の人が立っていました。

「草餅を、二つください」

男の人は、包みながら私の顔を見て、それから言いました。

「もしかして、川の近くの……いつも二つ買っていかれた方の、娘さんですか」

「母を、ご存じなんですか」

「父の代からのお客さんでしたから。毎年、桜の頃になると、二つ」

私は、何も言えなくなりました。

私が帰らなかった春も、母は草餅を二つ買っていたのです。

「一つは娘の分なのよ、って。来ない年も、そうおっしゃってました」

男の人は、包みを渡しながら、少し困ったように笑いました。

「すみません、余計なことを」

「いいえ。聞けて、よかったです」

その日は、実家のあった通りには行きませんでした。

角を曲がれば、見える距離です。

でも、まだ曲がれませんでした。

宿の部屋で、草餅を一つだけ食べました。

もう一つは、包みのまま、枕元に置いて寝ました。

日曜の朝、八時のベンチ

次の朝、七時半に宿を出ました。

土手に上がると、桜はもう散り始めていて、川の水面に花びらが流れていました。

ベンチには、もう佐和子さんが座っていました。

背中が、記憶より少し小さくなっていました。

「来たね」

「来ました」

私は隣に座って、草餅の包みを開けました。

「一つ、どうぞ。母がいつも買っていた店のです」

「あら。あの店の」

佐和子さんは草餅を受け取って、ひと口食べてから、川のほうを見ました。

「あんたのお母さんね、毎年、桜の写真を撮ってたのよ」

「写真、ですか」

「そう。このベンチのところから、一枚だけ。あんたに送るんだって言って」

私は、母から桜の写真をもらった覚えがありませんでした。

「でも、結局、送らなかったみたい。あの子は春は忙しいから、見る暇もないだろうって」

風が吹いて、花びらが膝の上に落ちました。

私がかばんを膝に置き直すと、中で鈴が鳴りました。

佐和子さんが、音のほうを見ました。

「その鈴、まだ持ってたの」

「鍵は返したんですけど、これだけ外して」

「お母さんがつけたやつでしょう。あんたが家を出るとき、裁縫箱をひっくり返して探してたもの」

私は、鈴を手のひらに出して、しばらく見ていました。

母が裁縫箱をひっくり返している姿は、知りませんでした。

帰りの電車の時間まで、私たちはそのベンチで、母の話をしました。

誰かと母の話をしたのは、葬儀のあと、初めてでした。

箱の中の、三十年分の春

家に帰った夜、私は押し入れの上の段から、あの菓子の箱を下ろしました。

蓋の「写真」という母の字を、指でなぞりました。

それから、蓋を開けました。

いちばん上に、輪ゴムでとめた束がありました。

全部、桜の写真でした。

土手のベンチのあたりから、同じ角度で撮った写真です。

一枚ずつ裏返すと、母の字で、年だけが書いてありました。

平成七年。

平成八年。

途中で抜けている年もありましたが、令和になってからの年まで続いていました。

数えると、二十八枚ありました。

居間で並べていると、夫が風呂から上がってきました。

「全部、同じ場所か」

「ええ。母が、毎年撮ってたの。私に送るつもりで」

夫は一枚手に取って、しばらく見ていました。

「箱のままだと、もったいないな」

次の日、私は写真を入れるアルバムを探しました。

条件は、三つにしました。

一ページに一枚ずつ入って、年の順に並べられること。

写真の横に、字を書き込める余白があること。

母が裏に書いた年を、表に写しておきたかったのです。

それから、あとから何年分も足していけるだけの、ページの数があること。

厚い台紙の立派なものも見ましたが、重くて、本棚に立てられそうにありませんでした。

写真の大きさに合っていて、薄めで、ページの多いものにしました。

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写真を年の順に入れて、横の余白に、母の字をまねて年を書きました。

最後の一枚の次に、佐和子さんが送ってくれた今年の写真を入れました。

余白には、自分の字で、「今年も咲いたよ」と書きました。

その次のページは、空いたままです。

九月、土手の色

鈴は、今、家の鍵の輪についています。

玄関を出るたびに、ちりん、と鳴ります。

あの町の駅で降りる理由は、なくなったと思っていました。

実家があった通りの角は、まだ曲がれていません。

たぶん、次の春も曲がれないと思います。

それでも、来年の四月の三週目の土曜日に、同じ宿を取りました。

夫に言うと、「今度は俺も、一日だけ行くか」と言いました。

「あなた、草餅は好きだったかしら」

「知らん。食ったことがない」

夏のあいだ、佐和子さんからは二度、封筒が届きました。

一度は、川の花火の写真でした。

先週届いた封筒には、土手の彼岸花の写真が入っていました。

桜の木の下が、一面、赤くなっていました。

裏には、あの細い字でこう書いてありました。

「こっちは、もう秋よ」

私はその写真を、アルバムの空いたページの手前に挟みました。

今朝、ベランダに出ると、風が少し冷たくなっていました。

向かいの公園の桜の葉が、端のほうから黄色くなり始めています。

あの土手の桜も、もうすぐ葉を落とします。

冬が来て、年が明けて、それから、四月です。

あなたなら、どうしますか?

もし生まれた町に、もう帰る家がないとしたら、あなたはその町を、どんなふうに訪ねますか。宿を取って泊まるのか、日帰りで歩くのか、それともしばらくは訪ねないのか。どれを選んでも、間違いではありません。

実家から持ち帰ったまま、開けていない箱はありますか。その中に、誰かがあなたのために残していたものが、入っているかもしれません。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 「帰る家」と「帰る町」は、別のもの

家がなくなると、町そのものに行く理由までなくなった気がすることがあります。

けれど、土手も、駅前の店も、隣に住んでいた人も、まだその町にいます。

家がなくなったことと、町とのつながりが切れたことは、同じではありません。

2. 生まれた町に、宿を取って泊まってもいい

故郷で宿に泊まるのは、どこか他人行儀な気がするかもしれません。

でも、泊まる場所を自分で決めれば、「用事がないと行けない町」が「自分で訪ねる町」に変わります。

一泊だけ、朝だけ、と小さく決めると、最初の一回に踏み出しやすくなります。

3. 写真は、並べると季節になる

箱の中の写真は、一枚ずつ見るのがつらいこともあります。

年の順に並べてみると、それは「なくしたもの」ではなく、毎年めぐってくる季節の記録に見えてきます。

空いたページを残しておくと、次の季節を待つ理由になります。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(写真アルバム=一ページに一枚ずつ年の順に並べられる・横に書き込める余白がある・あとから足せるページ数がある)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

年の順に並べる写真アルバム

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  • 販売ページの記載:貼るタイプ(台紙に写真を自由に並べて貼る)・40ページ・L判なら200枚まで
  • 販売ページの記載:大きさ27×28×3cm・リネンの表紙・ペン1本付き
  • 選ぶときは、ページ数・写真を並べる自由さ(ポケット式か貼るタイプか)・書き込めるかを見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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