子どもが巣立って、ごはんの量が分からない56歳。食べ盛りの鍋のまま作って三日目に捨てていた私が、大きな鍋を棚の上にしまった春から秋
大きな鍋の蓋が、かたかたと鳴っていました。
直径が二十八センチある、両手の鍋です。
中では、肉じゃがが煮えていました。
じゃがいもが八個、玉ねぎが三個、豚肉が六百グラム。
二十年、この分量で作ってきました。
蓋のすき間から湯気が上がるたびに、かたかた、かたかた、と音がします。
その音を聞きながら、私は台所の時計を見ました。
夕方の五時半です。
昔なら、この音がしはじめると、二階から誰かが下りてきました。
「母さん、今日なに?」
今は、誰も下りてきません。
夫が帰ってくるのは、七時過ぎです。
鍋の中の肉じゃがを、二人で食べるのです。
二十八センチの鍋
私は五十六歳です。
市の北側の、まだ田んぼの残る住宅地に、二十二年前に建てた二階建てがあります。
そこに、夫の義明と二人で暮らしています。
夫は五十八歳で、農協の倉庫で、肥料や資材の出し入れの仕事をしています。
私は週に三日、市の図書館で、返ってきた本を棚に戻す仕事をしています。
息子が二人います。
長男の颯太は二十七歳で、三年前から県外で働いています。
次男の陸は二十三歳で、この春に就職して、会社の寮に入りました。
家を出たのは、三月の終わりです。
それから三か月近く、私は毎晩、食べ盛りのころと同じ鍋で作っていました。
量を減らそうと思わなかったわけではありません。
でも、じゃがいもを六個にしようとすると、手が勝手に八個目を取ってしまうのです。
二十年、そうしてきたのですから。
息子たちが高校生だったころ、この鍋でも足りない日がありました。
部活から帰ってきた二人が、台所の入り口に並んで立って、鍋をのぞき込むのです。
「母さん、これだけ?」
「これだけって、じゃがいも八個よ」
「足りないって。兄ちゃん、三杯目いくだろ」
「お前が先に食うからだろ」
二人がお玉を取り合うのを、私は流しの前で笑いながら見ていました。
作っても作っても足りない。
あのころは、それが少しだけ誇らしかったのです。
炊飯器も、五合炊きでは間に合わず、一升炊きに買い替えました。
その炊飯器は、今も台所のすみにあります。
今は、毎朝、一合半しか炊いていません。
内釜の底のほうで、ご飯が小さく固まっているのを見るたびに、釜の大きさばかりが目につきました。
三日目の、生ごみ
陸が家を出て、二週間ほどたった四月の夜でした。
その日は、陸の好きなロールキャベツを作りました。
キャベツを一玉まるごと使って、十六個です。
陸がいたころは、一晩でなくなる量でした。
夫は、三つ食べて箸を置きました。
私も、二つでおなかがいっぱいになりました。
鍋には、十一個残りました。
次の日の夜も、ロールキャベツを出しました。
夫は、二つ食べました。
三日目の夜、鍋の中には、まだ七個残っていました。
スープは煮詰まって、キャベツの色は茶色く変わっていました。
私は、夫が風呂に入っているあいだに、鍋を流しに持っていきました。
生ごみの袋を広げて、ロールキャベツを一つずつ、お玉ですくって入れました。
七個目を入れたとき、急に、手が止まりました。
私が作ったものを、誰も食べない。
この家で、私が作るものは、もう要らないのかもしれない。
そう思ったら、流しの前から動けなくなりました。
風呂から出てきた夫が、台所をのぞきました。
「どうした」
「……余ったから、捨ててるの」
夫は、流しの中の袋を見て、少し困った顔をしました。
「無理して作らんでいいぞ。俺は、納豆と味噌汁があれば十分だから」
夫は、やさしいつもりで言ったのだと思います。
でも、そのときの私には、そう聞こえませんでした。
「じゃあ、私は何をすればいいのよ」
自分でも驚くくらい、大きな声でした。
「二十年、毎日作ってきたのよ。納豆でいいなら、私はもう要らないじゃない」
夫は、何も言えずに立っていました。
私は、お玉を流しに置いて、寝室に行きました。
その夜は、夫の顔を見ずに寝ました。
棚の奥の、小皿
五月になっても、私は同じ鍋で作り続けていました。
あの夜のあと、夫は二度と「作らんでいい」とは言いませんでした。
そのかわり、毎晩、少し無理をして、多めに食べるようになりました。
私は、それにも気づいていました。
お互いに、黙って、鍋の中身を減らそうとしていたのです。
六月のある晩、冷蔵庫の中が、残りものの容器でいっぱいになりました。
きんぴらと、ひじきの煮物と、鶏の照り焼きと、冷ややっこ用に切った豆腐。
どれも、少しずつ残っていました。
その日は図書館の仕事で疲れていて、新しく何かを作る気になれませんでした。
大きな皿に盛るほどの量はありません。
食器棚の奥をさがすと、小さな皿が何枚か出てきました。
息子たちが小さかったころ、お子さまランチのまねをして使っていた皿です。
豆粒ほどの、黄色い花の柄がついています。
残りものを、その小皿に一つずつ盛って、夫の前に並べました。
五つの小皿が、お盆の上に並びました。
夫は、しばらくそれを眺めていました。
それから、箸を取って、言いました。
「一皿ずつなら、いろいろ食べられていいな」
私は、ご飯をよそう手を止めました。
「残りものよ。全部」
「残りものでも、五種類あるじゃないか。俺は、こういうほうがいい」
夫は、きんぴらを口に入れて、少しだけ笑いました。
「肉じゃがが鍋いっぱいより、ずっといい」
その晩、洗い物をしながら、私は四月の夜のことを考えていました。
夫が風呂から出てきて、流しの横で麦茶を飲んでいました。
「ねえ」
「なんだ」
「四月に、大きな声出して、ごめんなさい」
夫は、コップを持ったまま、少し考えるような顔をしました。
「ああ、あれか」
「納豆でいいって言われて、なんだか、腹が立っちゃったの。あなたが悪いんじゃないのに」
「いや、あれは、俺の言い方が悪かった」
夫は、麦茶を飲み干して、コップを流しに置きました。
「本当はな、毎晩、三人前の鍋を二人でつついてるのが、なんだか寂しかったんだよ。陸の分が、ずっと残ってるみたいで」
私は、洗っていた皿を持ったまま、夫の顔を見ました。
鍋の中の余りを見て寂しくなっていたのは、私だけではなかったのです。
「だから、納豆でいいなんて言ったの?」
「量が減れば、残りも見なくてすむと思ったんだ」
夫は、少しばつが悪そうに言って、居間へ戻っていきました。
流しの水の音を聞きながら、私はしばらく、手を動かせませんでした。
「半分って、難しいのよ」
次の週、図書館の休憩室で、同じ曜日に入っている保坂さんに、その話をしました。
保坂さんは六十一歳で、娘さん二人が、もうとっくに家を出ている人です。
「夫が、一皿ずつのほうがいいって言うのよ。残りものなのに」
「分かるわ。うちの人もそう」
保坂さんは、お茶の紙コップを持ったまま、うなずきました。
「私も最初は、量を半分にしようとして、失敗ばっかりだったの」
「半分に?」
「そう。でもね、半分って、難しいのよ。鍋が大きいままだと、手が勝手に前の量を入れちゃうの。水も、調味料も」
私は、じゃがいもの八個目を取ってしまう自分の手を思い出しました。
「それで、どうしたの」
「鍋を替えたの。小さい鍋にしたら、入る分しか作れないでしょう。考えなくても、量が決まるのよ」
保坂さんは、少し笑ってから、付け足しました。
「大きい鍋は、捨てなかったけどね。娘たちが来るときに使うから」
鍋を替える。
量を減らそうとして、減らせなかったのは、私の手のせいではなく、鍋の大きさのせいだったのかもしれません。
その日の帰り、私は台所用品の売り場に寄りました。
入る分しか、作れない
売り場には、いろいろな大きさの鍋が並んでいました。
最初は、両手の鍋の、ひとまわり小さいものを見ていました。
でも、手に取ってみると、どれもまだ大きく感じました。
今の家に必要なのは、二人分の煮物と、二人分の味噌汁が作れる鍋です。
決めた条件は、三つでした。
一つ目は、直径が十六センチくらいの、小さめの片手鍋であること。
じゃがいもが四個入れば、それでいっぱいになる大きさです。
入る分しか作れないほうが、今の私にはよかったのです。
二つ目は、蓋がついていること。
煮物も、味噌汁も、一つの鍋で作れるようにしたかったのです。
三つ目は、注ぎ口がついていて、片手で持っても重すぎないこと。
小皿に少しずつ取り分けるとき、汁をこぼさずに注げる鍋がほしかったのです。
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家に帰って、大きな鍋を洗いました。
二十年分の焦げが、底の角に残っていました。
踏み台に乗って、食器棚の上の段にしまおうとしていると、夫が帰ってきました。
「なんだ、それ、しまうのか」
「うん。しばらくは、こっち」
私は、新しい片手鍋を見せました。
夫は、踏み台の下から手を伸ばして、大きな鍋を受け取ってくれました。
それから、自分で踏み台に乗って、棚のいちばん奥に押し込みました。
「盆に、あいつらが帰ってきたら、また出せばいい」
夫はそう言って、踏み台から下りました。
小さな鍋の、音
小さな鍋で作ると、音が違いました。
蓋が鳴る音が、かたかた、ではなく、ことり、ことり、と小さいのです。
じゃがいもは四個。
玉ねぎは一個。
豚肉は二百グラム。
最初の晩、できあがった肉じゃがを小皿に二つ取り分けると、鍋の底に、ちょうどひと口分だけ残りました。
その晩から、品数は減らさずに、量だけを減らすことにしました。
煮物を一つと、焼いたものを一つと、あえものを一つ。
それぞれを、黄色い花の小皿に少しずつ盛ります。
夫は、毎晩、小皿を一つずつ空にしていきました。
もう、無理をして多めに食べることはありませんでした。
余った材料と、空いた時間で、月に一度、息子たちの好物を作ることにしました。
颯太には、鶏の甘辛煮。
陸には、ロールキャベツ。
小さな鍋で少しずつ作って、容器に詰めて、冷凍して送るのです。
最初に送ったのは、七月でした。
颯太からは、その日のうちにLINEが来ました。
「届いた。甘辛煮、久しぶり。ありがとう」
陸からは、何も来ませんでした。
その週の日曜日の夜、颯太から電話がありました。
「母さん、甘辛煮、二回に分けて食べたよ。冷凍しとけるの、助かる」
「よかった。ちゃんと食べてるの?」
言ってから、しまった、と思いました。
でも、颯太は気にしていないようでした。
「食べてるよ。それよりさ、陸のやつ、返事した?」
「まだよ。届いたかどうかも分からない」
「届いてるよ。昨日、写真送ってきた。寮の電子レンジの前で、容器持ってるやつ」
私は、受話器を持ったまま、少し笑ってしまいました。
母親には何も言わずに、兄には写真を送っていたのです。
「あいつ、母さんに返事するの、照れくさいんだよ。昔からそうだろ」
「そうね。昔から、そうだった」
電話を切ってから、私は小さな鍋を洗いました。
次は何を送ろうかと考えながら洗うのは、久しぶりでした。
盆の、二十八センチ
八月のお盆に、息子たちが二人そろって帰ってきました。
二人とも、家にいたのは二泊だけです。
私は、踏み台に乗って、棚の奥から大きな鍋を出しました。
夫が、下で受け取ってくれました。
二十八センチの鍋で、久しぶりに肉じゃがを作りました。
じゃがいもは八個。
手が、迷わずに八個目を取りました。
蓋が、かたかたと鳴りました。
その音を聞きつけて、陸が二階から下りてきました。
「母さん、今日なに?」
四か月ぶりに聞く言葉でした。
四人で食卓を囲むと、鍋いっぱいの肉じゃがは、一晩でなくなりました。
陸が、最後の一個を颯太と取り合っていました。
十年前と、同じ光景でした。
息子たちが帰ったあと、私は大きな鍋を洗って、また棚の上にしまいました。
夫が、下から鍋を持ち上げて、手渡してくれました。
「次は、正月だな」
付箋の、四文字
九月のはじめ、陸から、宅配の小さな箱が届きました。
中には、七月と八月に送った、空の容器が入っていました。
きれいに洗ってありました。
いちばん上の容器の蓋に、黄色い付箋が一枚、貼ってありました。
陸の、右上がりの字でした。
「うまかった」
四文字だけでした。
LINEで返事をくれない子が、付箋を一枚、わざわざ貼って送ってきたのです。
私は、台所の椅子に座って、その付箋をしばらく眺めていました。
それで、何もかも片づいたわけではありません。
今でも、スーパーでじゃがいもの袋を手に取ると、つい大袋のほうに手が伸びます。
夕方の五時半に、二階から誰も下りてこないことに、まだ慣れてはいません。
小さな鍋の、ことり、ことり、という音を聞いていると、ときどき、かたかたという音が恋しくなります。
付箋は、冷蔵庫の扉に貼ってあります。
その横で、小さな片手鍋が、今夜も二人分の味噌汁を温めています。
家族が減ったのでしょうか。
それとも、作る形が変わっただけなのでしょうか。
棚の上の大きな鍋を見上げるたびに、私はそのどちらなのか、まだ決められずにいます。
あなたなら、どうしますか?
家族の人数が変わったのに、前と同じ量を作り続けているものはありませんか。
量を減らすのではなく、作る形を変えるとしたら、あなたなら何から変えますか。
この物語から、考えたいこと
1. 捨てるたびに、自分が要らなくなった気がする
余ったおかずを捨てるのは、食べ物がもったいないからだけではなく、自分の役目が減ったように感じるからつらいのかもしれません。
その気持ちは、量が分からないことと、同じところから来ています。
2. 手の覚えている量は、鍋が決めている
量を半分にしようとしても、鍋が大きいままだと、手が前の量を入れてしまいます。
入る分しか作れない大きさに替えると、考えなくても量が決まることがあります。
3. 大きな鍋は、捨てなくていい
家族が帰ってくる日には、大きな鍋がまた役に立ちます。
しまっておく場所があれば、作る形は、そのときどきで変えられます。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(直径16cmくらいの小さめの片手鍋・蓋がついている・注ぎ口があって片手で持っても重すぎない)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
二人分を作る、小さめの片手鍋
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- 販売ページの記載:直径16cm、満水1.8L、ステンレス製
- 販売ページの記載:ガラス蓋付き、左右に注ぎ口、内側と外側に目盛り
- 販売ページの記載:IH(100V・200V)とガス火に対応、新潟県燕三条で製造
- 選ぶときは、直径・容量・注ぎ口の有無・使える熱源を見ると選びやすくなります。
※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。
次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。