子育てが終わって虚しい。55歳の私が、25年ぶりに平日の昼に出かけた日
「お母さん、明日からはもう、五時半に起きなくていいんだからね」
末の娘の沙織が、段ボールにガムテープを貼りながら、そう言いました。
三月の終わりの夜でした。
次の朝、沙織は就職先のある街へ引っ越していきます。
「わかってるわよ。明日は八時まで寝てやるんだから」
私は笑って、テープの端を押さえてやりました。
翌日の昼、玄関で娘を見送りました。
「体に気をつけてね」
言えたのは、それだけでした。
泣くと思っていたのに、涙は出ませんでした。
娘の乗った車の角を曲がるのを見届けて、家に入りました。
廊下が、いつもより長く見えました。
三つの弁当箱
次の日の朝、五時半に目が覚めました。
目覚ましは、かけていませんでした。
二十五年間、そうしてきたからです。
体が勝手に起きて、台所に向かっていました。
長女、長男、末の娘。
結婚した年に夫のお弁当から始まって、子どもが大きくなるたびに一つずつ増えて、多いときは四つのお弁当を、毎朝この台所で作ってきました。
長男が高校で野球部だった三年間は、二段の大きな弁当箱に、ごはんをぎゅうぎゅうに詰めました。
卵焼きは、長女が甘いの、長男がしょっぱいのが好きで、二回焼いた時期もあります。
その朝、台所の電気をつけて、流しの前に立ちました。
作るものが、ありませんでした。
食器棚の上の段に、洗って伏せたままの弁当箱が三つ並んでいました。
青と、黒と、うすい桃色です。
私はしばらく、それを見上げていました。
やかんに水を入れかけて、手を止めました。
お湯を沸かす理由も、特にありませんでした。
六時半に、夫が寝ぐせのまま起きてきました。
「なんだ、もう起きてたのか」
「目が覚めちゃったのよ。いつもの時間に」
「今日から、弁当はいらないんだろ」
「そうなのよ。だから、何をしていいか分からなくて」
夫は冷蔵庫から牛乳を出しながら、「寝てればいいのに」と言いました。
私もそう思いました。
でも、布団に戻る気にはなれませんでした。
五時半の台所は、二十五年間、私の持ち場だったのです。
持ち場がなくなった朝に、どこにいればいいのか、分かりませんでした。
「これからは自由だな」
一週間が過ぎても、五時半に目が覚めました。
洗濯をして、掃除機をかけて、それでもまだ七時です。
七時に朝ごはんを食べ終わって、八時には何もすることがなくなりました。
夕方、スーパーに行くと、いまだに鶏肉を大きいパックで手に取ってしまいます。
レジに並んでから、「あ、多い」と気づくのです。
冷蔵庫には、使い切れない豆腐と、半分残った大根がたまっていきました。
カレーを作った日は、鍋いっぱいにできてしまって、三日続けて同じものを出しました。
「またカレーか」
夫は文句ではなく、ただ確かめるように言いました。
「ごめんね、つい、いつもの量で作っちゃって」
鍋の底に残ったカレーを見ながら、この量を「いつもの」と呼ぶのは、もう終わったのだと思いました。
ある晩、夫が夕刊をたたみながら言いました。
「これで、子育ても終わりだな。これからは自由だな」
夫なりの、ねぎらいだったのだと思います。
「そうね」
私は、うまく笑えませんでした。
自由という言葉が、こんなに手応えのないものだとは思っていなかったのです。
悲しいわけではありません。
娘は元気にしているし、月に一度は電話もあります。
上の二人も、それぞれ自分の家庭を持って、ちゃんと暮らしています。
それなのに、虚しいのです。
心の真ん中に、ぽっかり穴があいたというより、何もない広い部屋に一人で立っているような感じでした。
四月の半ば、パート時代の友人の恵子さんとお茶をしたとき、少しだけ話してみました。
「子どもが出ていって、なんだか力が入らないのよ」
「わかる。私もそうだった。でも、そのうち慣れるわよ」
恵子さんは、やさしく言ってくれました。
慣れる、という言葉が、そのときの私には少し遠く聞こえました。
慣れたくないわけでもないのに、どこに向かって慣れていけばいいのか分からなかったのです。
押し入れの奥の布のバッグ
五月の連休が明けた日、私は弁当箱を片付けることにしました。
食器棚の上に並べておいても、もう使うことはありません。
三つを重ねて、居間の押し入れの天袋にしまおうとしました。
天袋を開けると、奥のほうに、見覚えのない紙袋がありました。
引っぱり出してみると、中に古い布のバッグが入っていました。
生成りの帆布で、持ち手のところが少し黒ずんでいます。
独身の頃に、私が毎日使っていたものでした。
こんなところにしまってあったことさえ、忘れていました。
内ポケットに、指が小さな紙に触れました。
美術館の半券でした。
日付は、二十五年前の秋です。
長女を身ごもる前に、ひとりで観に行った展覧会でした。
窓辺の絵ばかりを集めた展示だったことは、なんとなく覚えています。
裏返すと、青いボールペンで、小さく二文字だけ書いてありました。
「また来る」
私の字でした。
でも、いつ、どんな気持ちでそれを書いたのか、思い出せませんでした。
あのとき私は、何を思いながら、あの絵の前に立っていたのか。
それも、思い出せませんでした。
十分で出てきた展示室
また来る、と書いた私は、それから一度も美術館に行きませんでした。
正確に言うと、一度だけ行ったことがあります。
長女が四歳、長男が二歳のときです。
近くの美術館に、子ども向けの絵本の原画展が来ていました。
子どもも一緒に楽しめるかもしれない、と思ったのです。
入って五分もしないうちに、長男がぐずり始めました。
ベビーカーから降りたがって、床に寝転んで大きな声で泣き出しました。
長女は長女で、「おなかすいた」と私の手を引っぱります。
展示室の中は、しんとしていました。
何人かの人が、こちらを振り返りました。
係の女性が近づいてきて、小さな声で言いました。
「お母さん、すみません。ほかのお客様もいらっしゃいますので」
「すみません、すぐ出ます」
私は長男を抱き上げて、長女の手を引いて、出口に向かいました。
入ってから、十分も経っていませんでした。
帰りのバスで、長男は泣き疲れて眠っていました。
窓の外を見ながら、私は自分に言い聞かせていました。
美術館は、子どもが大きくなってから。
そのうち、また行けばいい。
そう決めたまま、二十年あまりが過ぎていました。
係の人が悪かったわけではありません。
誰も悪くなかったのです。
ただ、あの日から、「自分のために出かける」ということが、私の中で順番の一番うしろに回ってしまいました。
水曜日、午前十一時
半券を見つけた次の週、私は美術館に行くことにしました。
町の図書館に置いてあった催しのチラシで、県立の美術館で風景画の展示をやっていると知ったのです。
平日の水曜日、午前十一時。
子どもがいた頃なら、まず選ばなかった時間です。
平日の昼間は、お弁当を洗い、洗濯物を取り込み、夕飯の買い物をして、学校からの連絡を待つ時間でした。
問題は、持っていくものでした。
家にあるのは、パート時代に使っていた黒い大きなバッグだけです。
試しに財布と水筒を入れて肩にかけてみると、十分で肩がこりました。
それに、展覧会の図録は入りそうにありません。
押し入れの布のバッグは、懐かしかったけれど、底がすり切れていました。
そこで、新しいバッグを買うことにしました。
売り場で、三つだけ条件を決めました。
肩が痛くならない軽さ。
A4の図録が入ること。
急に雨が降っても、中身が濡れないこと。
色も、今回は自分で決めることにしました。
子どもの送り迎えをしていた頃は、いつも「汚れが目立たない色」を選んでいました。
今度は、自分が好きな色にしました。
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水曜の朝、台所のテーブルに、夫の字でメモが置いてありました。
「午後から雨。傘持っていけ」
夫は、私が美術館に行くことを覚えていたのです。
前の晩に一度、ちらっと話しただけでした。
私はメモを見て、少し笑ってから、玄関に向かいました。
家の傘は大きくて、バッグの横で邪魔になりそうでした。
それで、出がけに寄った駅の売店で、小さな折りたたみの傘をひとつ選びました。
条件は、バッグの内ポケットに入ることと、手に持って重くないことでした。
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好きな絵の前に十五分
電車に乗って、二つ先の駅で降りました。
平日の昼の電車は、座席の半分が空いていました。
美術館は、驚くほど空いていました。
展示室には、五、六人しかいません。
誰も、誰かを急かしていませんでした。
私は、入口から一枚ずつ、ゆっくり見ていきました。
三つ目の部屋に、窓の絵がありました。
薄暗い部屋の中から、明るい庭を見ている絵です。
窓辺の椅子の上に、読みかけの本が伏せて置いてあります。
人は、描かれていませんでした。
私は、その絵の前に十五分立っていました。
誰にも「まだ?」と言われませんでした。
「おなかすいた」と手を引かれることも、ありませんでした。
絵を見ながら、ふと、あの半券のことを思い出しました。
二十五年前の展示も、窓の絵ばかりでした。
あのときの私も、たぶん、こんなふうに立っていたのだと思います。
そして、この静けさが好きだと思ったから、「また来る」と書いたのかもしれません。
はっきり思い出したわけではありません。
でも、そう考えるのが、いちばんしっくりきました。
帰りに、ミュージアムショップで図録を一冊買いました。
図録は思ったより厚くて、重さがずしりと腕にきました。
バッグにそのまま入ったので、ほっとしました。
外に出ると、夫のメモのとおり、細い雨が降り始めていました。
帰りの電車では、図録を膝の上に置いて、最初のページだけ開きました。
「今月から、新しい展示が始まりましたよ」
それから、月に一度、平日に出かける日を作りました。
台所のカレンダーの水曜日のどこか一日に、赤いペンで小さく丸をつけます。
美術館、植物園、少し遠い商店街。
行き先は、前の週に決めることにしました。
植物園では、温室のベンチに座って、名前の分からない赤い花を二十分眺めていました。
商店街では、古い乾物屋で、昆布を一枚だけ買いました。
一人分の量を買うことに、少しずつ慣れていきました。
三度目に美術館に行ったとき、受付の女性にこう言われました。
「今月から、新しい展示が始まりましたよ。二階の奥です」
顔を覚えられていたのだと分かりました。
「ありがとうございます。窓の絵、まだありますか」
「ええ、あの絵は、ずっとあの場所にありますよ」
名前も知らないし、それ以上の話もしません。
けれど、その一言があるだけで、行く場所がひとつ増えた気がしました。
半券は、手帳の最後のページに貼るようになりました。
いちばん上には、二十五年前の、「また来る」と書いた一枚を貼りました。
その下に、三枚、四枚と、新しい半券がたまっていきます。
新しい半券の裏には、何も書いていません。
また来るのは、分かっているからです。
五時半のコーヒー
夏の終わりの夜、図録を居間のテーブルに出しっぱなしにしていると、夫が手に取りました。
「これ、見ていいか」
「どうぞ」
夫は老眼鏡をかけて、一枚ずつページをめくっていきました。
窓の絵のところで、手が止まりました。
「いい絵だな。誰もいないのに、誰かいるみたいだ」
私は、少し驚いて夫を見ました。
二十五年以上一緒にいて、夫と絵の話をしたのは、たぶん初めてでした。
それから一週間ほどして、沙織から電話がありました。
「お母さん、元気にしてる?」
「昨日、植物園に行ってきたよ。温室の中、暑かった」
少し間があって、娘が笑いました。
「お母さん、楽しそうだね」
「そう?」
「うん。前はさ、電話すると、いつも私のことばっかり聞いてたじゃん。ご飯食べてる? とか」
言われてみれば、そうでした。
「今日は、お母さんの話から始まった」
娘の声は、どこかほっとしているようにも聞こえました。
連絡の回数は、今も月に一度のままです。
それでも、聞かれたことに、自分の話で答えられる自分が、少しうれしかったのです。
朝は、今も五時半に目が覚めます。
これだけは、たぶん一生変わらないのだと思います。
でも、今はお弁当を作る代わりに、自分の分だけコーヒーを淹れます。
一杯分だけ淹れられて、洗うのに手間がかからない道具を、台所の隅に置いています。
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二十五年、していなかったことです。
食器棚の上の弁当箱は、結局、天袋にはしまいませんでした。
いちばん小さい桃色のひとつだけを出して、今は植物園で買った多肉植物の鉢を入れる受け皿にしています。
虚しさが、すっかりなくなったわけではありません。
家の中が静かすぎる夕方も、まだあります。
電話の最後に、沙織が言いました。
「今度帰ったら、その美術館、一緒に行ってもいい?」
私は少し考えてから、答えました。
「いいわよ。でも、窓の絵の前では、お母さん、十五分ひとりにさせてね」
あなたなら、どうしますか?
もし来週の平日に、半日だけ自由な時間があるとしたら、どこへ行きますか。
そして、その場所を選ぶときに、誰かの都合を考えずに決められますか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 虚しさは、悪いことではない
役割が大きかった人ほど、その役割が終わったときの空白も大きくなります。
悲しいわけではないのに力が入らない、という状態は、めずらしいことではありません。
無理に前向きにならなくても大丈夫です。
2. 「予定がない」ではなく「予定を自分で決められる」
子育ての間、予定は向こうからやってきました。
これからは、決める側になります。
最初は、行き先より「曜日と時間」を決めるほうが動きやすいことがあります。
3. 一度やめたことを、もう一度だけ
結婚や出産の前に好きだったことを、ひとつ思い出してみる。
同じように続けなくてかまいません。
一度だけ行ってみて、合わなければやめてもいいのです。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(肩が痛くならない軽さ・A4が入る・雨に強い)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
軽いトートバッグ(A4が入る)
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- ブランド:レガートラルゴ(legato largo)
- 販売ページの記載:重量400g・タテ30×ヨコ(上部40/底部34)×マチ13cm
- 販売ページの記載:ショルダー全長55cm・A4サイズ収納可・ポケット2(内側)
- 販売ページの記載:外装はナイロン・撥水加工
- 販売ページの表示:並行輸入品
- 選ぶときは、重さ・A4が入るか・持ち手の長さ・雨に強いかを見ると選びやすくなります。
バッグに入れておく折りたたみ傘
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- 販売ページの記載:重さは188〜230g(サイズにより異なる)
- 販売ページの記載:晴雨兼用・自動開閉・収納ポーチ付き
- 販売ページの記載:畳んだときの梱包サイズは27.7×6.3×6cm
- 選ぶときは、重さ・畳んだときの長さ・開閉の方式を見ると選びやすくなります。
一杯分だけ淹れる道具
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- 販売ページの記載:素材は陶器・1〜2人用の3つ穴ドリッパー
- 販売ページの記載:サイズは高さ約7×幅約12×奥行約11cm
- 販売ページの記載:本体重量は約297g
- 選ぶときは、一度に淹れられる杯数・洗いやすさ・置いたときの大きさを見ると選びやすくなります。
※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。
次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。