息子が実家に帰ってこない。寂しいと言えなかった62歳の私が、最初にやめたこと
「今年のお正月は帰れそうにない。仕事が入った」
息子からのLINEは、それだけでした。
既読がついてから返事が来るまで、三日かかっていました。
私は「そう。体に気をつけてね」と打ってから、しばらくスマホを握ったまま台所に立っていました。
息子の拓也は31歳です。
東京で働き始めて、もう9年になります。
最初の数年は、お盆とお正月には帰ってきていました。
それが一回減り、二回減り、この2年は一度も帰ってきていません。
夫は「男なんてそんなもんだ。放っておけ」と言います。
でも私は、放っておけませんでした。
「元気にしてる?」
「ごはん食べてる?」
「次はいつ帰ってくるの?」
週に何度か、そんなLINEを送っていました。
返事は、スタンプがひとつ。
来ない日のほうが多くなりました。
「あなたが悪いわけじゃないのよ」
同じ団地に住む友人の和子さんに、ある日その話をしました。
和子さんには、大阪で暮らす娘さんがいます。
「うちもね、前は全然帰ってこなかったのよ」
和子さんはお茶を飲みながら言いました。
「でもある時、娘に言われたの。『お母さんのLINE、全部質問で終わってるんだよね』って」
私は、自分のスマホを思わず見返しました。
元気にしてる?
ごはん食べてる?
いつ帰ってくるの?
全部、はてなマークで終わっていました。
「質問って、返事をしなきゃいけないでしょう。忙しい時には、それが宿題みたいに見えるんだって」
和子さんは続けました。
「だから私、聞くのをやめたの。『いつ帰ってくるの』だけは、絶対に」
最初にやめたこと
その夜、私は拓也への下書きを、何度も消しました。
結局、送ったのはこれだけです。
「お正月のこと、了解です。無理しないでね。返事はいらないよ」
はてなマークを、ひとつも使わずに送りました。
それから、「いつ帰ってくるの?」と聞くのをやめました。
代わりに始めたのは、月に一度、短い手紙を添えて荷物を送ることです。
中身は、地元のお米と、拓也が子どもの頃に好きだった漬物。
最初は、引き出しにあった便箋に書き始めました。
ところが、書いているうちに二枚目に入ってしまいました。
最近どうしているのか、ちゃんと食べているのか。
気がつくと、また質問ばかり並んでいました。
これでは、LINEと同じです。
はがきも考えましたが、荷物に入れるなら、封筒に入る小さな紙のほうがいい。
それで、文房具店で一筆箋を探しました。
決め手は、書ける行数が少ないことでした。
三行か四行で、終わらせるしかないからです。
選んだのは、書くところが大きすぎないものです。
広いと、また「元気?」「ごはんは?」と質問を並べてしまいそうだったからです。
三行か四行で自然に終われるくらいが、今の私にはちょうどよさそうでした。
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「庭の柿が色づきました。お父さんは相変わらずです。返事はいりません。元気でね」
書き終わると、不思議と気持ちが軽くなりました。
伝えたいことは、本当はこれくらいだったのかもしれません。
息子の部屋を、片付けた日
春になって、私はもうひとつ決めました。
息子の部屋を、片付けることです。
いつ帰ってきてもいいように、9年間ずっとそのままにしていた部屋でした。
学生時代の参考書も、壁に貼ったポスターも。
片付けながら、私は気づきました。
この部屋を「待つための部屋」にしていたのは、私のほうだったんだ、と。
空いた部屋の押し入れから、昔使っていた大きな旅行かばんが出てきました。
家族旅行で最後に使ったのは、拓也が中学生の時です。
持ち上げてみると、空なのに重たい。
「これはもう、私ひとりでは持てないわね」
そう口にした時、ずっと心の奥にしまっていたことを思い出しました。
一度でいいから、ひとりで旅に出てみたかったのです。
62歳、はじめてのひとり旅
行き先は京都にしました。
新幹線で行けて、ひとりでも歩きやすそうだったからです。
問題は、あの旅行かばんでした。
試しに、着替えを詰めて玄関の階段を下りてみました。
三段目で、手すりにつかまって止まってしまいました。
京都の駅にも、乗り換えの駅にも、階段はあります。
和子さんは「うちの娘のキャリーケース、貸そうか」と言ってくれました。
布の大きなバッグも考えましたが、肩にかけて一日歩く自信はありません。
それで、小さめのキャリーケースを探すことにしました。
お店には、色も形も値段も、いろいろなものが並んでいました。
最初は、値段の安いものから見ていました。
でも最後は、駅の階段で、自分で持ち上げられることだけを条件に選びました。
誰かに持ってもらうことを、前提にしたくなかったのです。
一泊二日なら、大きさは小さいもので足ります。
値段より先に、「重さ」の数字を見て決めました。
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夫には「たまにはいいんじゃないか」と言われただけでした。
朝の早い時間に、人の少ないお寺をゆっくり歩きました。
お昼は、ひとりでも入りやすいお店を選びました。
誰の予定にも合わせず、自分の足が疲れたら休む。
それだけのことが、こんなに楽しいとは思いませんでした。
駅の階段では、キャリーケースを片手で持って上がりました。
三段目で止まった、あの日の玄関を思い出しました。
旅先で、私はまた一筆箋を書きました。
「今、京都に来ています。お母さん、ひとり旅デビューです。返事はいりません」
届いた一枚の写真
家に帰って三日後、拓也からLINEが届きました。
写真が一枚。
私が送った漬物が、白いごはんの上にのっていました。
「届いた。うまい。京都、どうだった?」
はてなマークで終わっていたのは、息子のほうでした。
私は少し笑ってから、旅の写真を三枚だけ送りました。
「楽しかったよ。またどこか行くつもり」
その年のお盆、拓也は一日だけ帰ってきました。
泊まらずに、夕方の新幹線で東京に戻っていきました。
以前の私なら、「もう帰るの?」と言っていたと思います。
でもその日は、駅の改札でこう言いました。
「また今度ね。それまで元気でね」
あなたなら、どうしますか?
もし今日、離れて暮らすお子さんに、ひとことだけ連絡を送るとしたら。
はてなマークを使わずに、どんな言葉で終えますか。
そして、お子さんの帰りを待つ予定とは別に、自分のためだけの予定をひとつ入れるとしたら、何にしますか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 「いつ帰ってくるの?」は、返事の宿題になりやすい
親からの質問が続くと、返事を負担に感じる人もいます。
質問で終わる連絡は、忙しい時期ほど負担に感じられることがあります。
返事がいらない形で、気持ちだけを伝える方法もあります。
2. 帰ってこない理由は、ひとつではない
仕事の忙しさ、住んでいる場所の遠さ、結婚や家庭の事情など、理由は人によって違います。
- 仕事や休みの都合
- 移動の時間や交通費
- 自分の生活の予定を優先したい時期がある
- 結婚や家庭の事情
- 実家に帰ると質問が続くのが負担に感じられることがある
- 親との距離感が、以前と変わった
「嫌われている」と決めつける前に、連絡の形を少し変えてみるだけで、やり取りが変わることもあります。
一方で、長く連絡がまったく取れず、安否そのものが心配な場合は、話が別です。
その場合は、ほかの家族や身近な人に相談してください。
息子さんに限らず、娘さんでも、子どもが家を出てから帰ってくる回数が減ると、「もう少し顔を見せてくれたら」と思うことがあります。
3. 待つだけの時間を、自分の時間に変える
子どもが帰ってくる日を中心に予定を組んでいると、帰ってこない寂しさがそのまま一年の大部分になってしまいます。
自分のためだけの予定を、ひとつ入れてみる。
それは、子どもとの距離をあきらめることではありません。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(たとえば「自分で持ち上げられる重さ」)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
一筆箋
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- メーカー:ミドリ(MIDORI)
- 販売ページの記載:50枚入り・横罫5行・サイズ 縦84×横177mm
- 柄:空の柄
小さめで軽いキャリーケース
選ぶときは、本体の重さ・容量・キャスター・キャリーバーの高さを見ると、自分で持ち上げられるものを選びやすくなります。
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- 販売ページの記載:重さ1.9kg・容量 約32L
- 販売ページの記載:外寸 高さ46×幅32.5×奥行23cm(キャスターなどを含む総外寸は 高さ54.5×幅33×奥行23cm)
- 販売ページの記載:4輪キャスター(360度回転)・キャリーバーは3段階で高さ調節・本体はポリカーボネート
- 機内持ち込みの可否は航空会社ごとに決まりが異なります。飛行機で使う場合は、利用する航空会社の案内をご確認ください。
※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。
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この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。