定年した夫が、一日中テレビばかり見ている。「消して」と言うほどこじれた63歳の私が、番組表の鉛筆の丸を見つけてから
ピッ、という小さな音が、居間から聞こえてきます。
少しして、また、ピッ。
音がするたびに、テレビの声が変わります。
朝の情報番組の司会者の声。
通信販売の「今からお電話いただいた方に限り」。
天気予報の、明るい音楽。
国会の中継の、低いざわめき。
そしてまた、ピッ。
私は台所で、洗い終わった茶わんを拭きながら、その音を数えていました。
九時から十時までの一時間で、四十一回でした。
数えるつもりはなかったのです。
でも、ピッが鳴るたびに、肩のあたりに小さな力が入るのが分かりました。
四十二回目が鳴ったとき、私は布巾を置いて、ベランダに出ました。
団地の四階から見える空は、九月の終わりの、まだ少し夏の色をしていました。
ソファの右端
夫の義男は、六十五歳です。
地元のガス会社に四十二年勤めて、去年の九月に定年になりました。
仕事は、家々を回って、ガス器具の点検をすることでした。
一日に十何軒と回って、夕方にくたくたになって帰ってきました。
耳のうしろに、いつも短い鉛筆を一本はさんでいた人です。
メーターの数字を書きとめるためのものだと、若いころに聞いたことがあります。
私は六十三歳です。
子どもは、娘が一人。
麻衣は三十五歳で、隣の県で夫と小学生の息子と暮らしています。
私たちは、この団地の四階に、結婚してから三十八年住んでいます。
南向きの小さなベランダがあって、洗濯物がよく乾くのが取り柄です。
夫が定年になって、一年がたちました。
朝ごはんを食べ終わると、夫は居間のソファの右端に座ります。
リモコンを手に取ります。
それから、昼ごはんと夕ごはんのあいだを除いて、夜の十時まで、ほとんどそこから動きません。
怒鳴るわけでも、何かを言いつけるわけでもありません。
ただ、座っていて、ときどき、ピッと鳴らすのです。
「散歩でも行けば」
最初に言ったのは、定年から一か月ほどたった、十月の晴れた日でした。
「いいお天気よ。散歩でも行けば」
夫は、画面を見たまま答えました。
「ああ、あとでな」
あとで、は来ませんでした。
次の週も、同じことを言いました。
「散歩でも行けば。川沿い、コスモスが咲いてるって」
「分かってる」
少しだけ、声が低くなっていました。
三回目、四回目と言ううちに、夫の返事は短くなっていきました。
五回目には、返事がありませんでした。
黙ってリモコンを置いて、寝室に行ってしまったのです。
その日の夕食は、二人ともほとんど話しませんでした。
娘の麻衣に電話でこぼすと、麻衣は笑いました。
「お父さん、まだテレビ? 四十年働いたんだから、一年くらいいいじゃない」
「一年くらいって、もう一年よ」
「お母さんもさ、ほっとけば。お母さんが出かけちゃえばいいのよ」
「出かけてるわよ。でも、帰ってきても同じ場所にいるの」
麻衣は少し黙ってから、「お父さん、何か好きなものなかったっけ」と言いました。
私は、答えられませんでした。
四十二年、朝早く出て、夜に帰ってくる人でした。
休みの日は、たいてい寝ていました。
夫が何を好きなのか、私は知らなかったのです。
「じゃあ、何をすればいいんだ」
今年の二月の、雨の午後のことです。
その日は、朝から一度も、ピッが止まりませんでした。
昼ごはんのあと、私は居間の掃除機をかけていました。
夫は、足を上げてくれましたが、画面からは目を離しませんでした。
掃除機を止めたとき、私はテレビの主電源のボタンを押していました。
考えるより先に、手が動いていたのです。
画面が、真っ暗になりました。
「一日中こんなの見て、何が楽しいの」
夫は、黒い画面を見たまま、しばらく動きませんでした。
それから、私のほうを向いて、ゆっくり言いました。
「……じゃあ、何をすればいいんだ」
怒った声ではありませんでした。
本当に分からない、という声でした。
「教えてくれよ。俺は、何をすればいいんだ」
私は、掃除機の柄を握ったまま、何も言えませんでした。
散歩、と言いかけて、やめました。
もう五回も言って、五回とも届かなかった言葉です。
夫は立ち上がって、黙って寝室に行きました。
私は、真っ暗なテレビの前に、ひとりで立っていました。
雨の音だけが、ベランダのほうから聞こえていました。
その夜、夫は夕食の時間になっても起きてきませんでした。
おかゆを持っていくと、「すまん。少し疲れた」とだけ言いました。
謝るのは、私のほうでした。
でも、その夜は、どうしても言えませんでした。
それからは、テレビのことを口にしなくなりました。
言っても変わらないし、言えばこじれる。
私は、ピッの回数を数えることだけを、黙って続けていました。
番組表の、鉛筆の丸
九月の最後の週、資源ごみの日の前の晩のことです。
古新聞をひもで束ねていると、一枚の紙面に、目が止まりました。
テレビの番組表の面でした。
日曜日の朝の欄に、鉛筆で小さな丸がついていました。
七時半からの、三十分の園芸の番組です。
番組名の横に、細かい字で何か書き込んでありました。
「二十日大根 九月まき 深さ十五センチ」
夫の字でした。
私は、束ねかけた新聞を全部ほどきました。
一枚ずつ、番組表の面だけを抜き出して、台所のテーブルに並べていきました。
九月の日曜日には、全部、同じ番組に丸がついていました。
木曜日の夜の、各地の町を歩く紀行番組にも、丸がありました。
丸の横には、ときどき町の名前が書いてありました。
四十二年、夫が点検で回っていた、この市の中の町の名前でした。
「あそこは、坂の上の家ばかりで、自転車を押して上ったな」
いつだったか、夫がそう言いながら、ビールを飲んでいたのを思い出しました。
丸は、一週間に三つか四つでした。
多くはありません。
でも、見たい番組は、ちゃんとあったのです。
四十一回のピッは、何も見たくないからではなかった。
丸のついた番組が始まるまでの時間を、夫はどうしていいか分からずに、チャンネルを替えていたのかもしれません。
鉛筆の丸は、耳のうしろの、あの短い鉛筆の線と同じ太さに見えました。
日曜の朝、七時半
土曜日の夜、私は夕食のあとで言いました。
「ねえ。明日の朝の、あの園芸の番組。私も一緒に観ていい?」
夫は、湯のみを持つ手を止めて、私の顔を見ました。
「……なんで知ってるんだ」
「新聞に、丸がついてたから」
夫は、少しばつの悪そうな顔をしました。
「見られてたか」
「見たの。束ねてるときに」
「別に、観ても何かするわけじゃない。見てるだけだ」
「見てるだけでいいのよ。私も、見てるだけにする」
夫は「そうか」と言って、お茶を飲みました。
それから、小さな声で付け足しました。
「七時二十五分には、座っとけよ。最初の五分に、その週の作業が出るから」
次の朝、七時二十分に、私はソファの左端に座りました。
夫は、右端に座っていました。
一年間、ソファのその場所に座ったことは、ほとんどありませんでした。
番組の中で、白い帽子の先生が、細長い入れ物に土を入れていました。
「秋まきの二十日大根は、種をまいて一か月ほどで食べられます。ベランダでも十分に育ちますよ」
夫が、ぽつりと言いました。
「一か月か」
「早いわね」
「うちのベランダでも、できるかな」
そう言ったのは、夫のほうでした。
番組が終わると、夫はいつものようにリモコンを手に取りました。
でも、その朝は、ピッと鳴らす前に、しばらく新聞の番組表を見ていました。
ホームセンターの園芸売り場
次の日曜日、番組が終わったあとで、二人で駅の向こうのホームセンターまで歩きました。
歩いて二十五分かかります。
「散歩でも」と五回言って、五回とも動かなかった夫が、先に靴をはいていました。
私は、それを口にしないようにしました。
園芸売り場には、細長い入れ物が、何十種類も並んでいました。
大きさも、色も、形も違います。
夫は、一つ一つ手に取って、底をひっくり返して見ていました。
「団地のベランダなんですけど」
私が言うと、エプロンをつけた若い店員さんが来てくれました。
「ベランダでしたら、排水口の近くに置かないほうがいいですよ。土が流れて詰まるので」
「手すりの近くも、やめたほうがいいのよね」
「そうですね。風の日に落ちると危ないので、手すりより低いところに、床に直接置ける形がいいと思います」
夫が、手に持っていた入れ物の底を見せて言いました。
「水が抜ける穴があって、下に皿がついてるのがいいな。四階だから、下の家に水が垂れないように」
店員さんは、少し驚いた顔をしました。
「お詳しいですね」
「いや、毎週テレビで見てるだけだ」
夫はそう言って、少し照れていました。
条件は、二人で話して決めました。
排水口をふさがず、手すりより低く、床にじかに置けること。
下に水が垂れないよう、受け皿がついていること。
二十日大根が育つ深さがあって、それ以上は深すぎないこと。
土を入れたあとでも、二人で持ち上げて動かせる重さであること。
土が多いと重くなるし、ベランダも狭くなります。
最後は、夫が番組で聞いた「深さ十五センチ」を目安にして、横長のものを一つ選びました。
土を入れる道具も、一つ買うことにしました。
家にあった古い移植ごてでは、土が横からこぼれて、ベランダの床にも、手すりの外にも落ちそうだったのです。
筒のような形で、すくった土がこぼれにくいこと。
手の小さい私でも握れる、小さめの大きさであること。
その二つを条件にして、選びました。
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帰り道、培養土の袋は夫が持ちました。
「重くない?」
「ガスの点検に比べたら、何でもない」
夫は、二十五分の道を、一度も休まずに歩きました。
三階の奥さん
種は、その日の午後にまきました。
夫は、番組で見たとおりに、指で浅い溝を二本つけて、そこに種を一粒ずつ落としていきました。
私は、横で土入れを持っていました。
土をかぶせて、じょうろで水をやっているとき、下の階から声がしました。
「あら、何か植えてるの?」
三階の石川さんの奥さんが、ベランダから顔を出していました。
私は一瞬、どきりとしました。
水が垂れたのかと思ったのです。
「すみません、水、そちらに垂れてませんか」
「ううん、大丈夫よ。受け皿があるのね。お宅のご主人、そういうところきちんとしてるもの」
石川さんの奥さんは、夫のほうを見上げて言いました。
「昔、うちのガスの点検に来てくださったでしょう。三十年くらい前。帰りに、玄関のマットのずれまで直していってくれたのよ。主人とね、今でもたまに話すの」
夫は、「そんなこと、ありましたか」と言って、首のうしろをかきました。
石川さんの奥さんが引っ込んでから、私は夫に聞きました。
「覚えてるの?」
「覚えてない。そんな家、何千軒もある」
夫はそう言いながら、じょうろの水を、最後の一滴までていねいに土に落としていました。
四十二年、夫はきっと、毎日こうしていたのだと思いました。
私の知らない家々で。
四日目の朝
四日目の朝、土の上に、小さな緑の芽が並んでいました。
最初に気づいたのは、夫でした。
六時過ぎに、ベランダの戸が開く音がして、私が起きていくと、夫がしゃがみこんで土を見ていました。
「出たぞ」
「本当」
私も、隣にしゃがみました。
芽は、一本一本が爪の先ほどの大きさで、朝の光の中で、少し揺れていました。
それから、夫は毎朝、テレビをつける前にベランダに出るようになりました。
水をやって、芽の数を数えて、それから居間に戻ってきます。
正直に言えば、テレビの時間はそれほど減っていません。
ソファの右端には、今も一日の大半、夫が座っています。
ピッという音も、まだ聞こえます。
数えるのはやめましたが、たぶん、前よりは少ない気がします。
気がする、というだけです。
いらいらする日も、まだあります。
二月の、あの真っ暗な画面のことを、私はまだ夫に謝っていません。
夫も、あの「何をすればいいんだ」の答えを、見つけたわけではないと思います。
二十日大根は、一か月で終わります。
そのあとのことは、まだ分かりません。
番組表を持ってきた夜
十月の終わりに、二十日大根を収穫しました。
小さくて、赤くて、ところどころ割れていました。
その日の夕食に、塩もみにして出しました。
「辛いな」
「辛いわね」
二人で、そう言いながら、全部食べました。
隣の県の麻衣に写真を送ると、すぐに返事が来ました。
「お父さんが育てたの? すごい。今度、孫に見せたいから、次のも写真送って」
次のも、という言葉を、夫に読み上げました。
夫は、「次か」と言っただけでした。
その夜、私が台所で片付けをしていると、夫が新聞を持って入ってきました。
番組表の面を、私の前のテーブルに広げました。
日曜日の朝の欄に、鉛筆で、新しい丸がついていました。
耳のうしろには、あの短い鉛筆がはさまっていました。
夫は、丸の横の小さな字を、指でとんとんとたたいて言いました。
「春の球根は、今月のうちに植えるんだそうだ。来週は、これを二人で観よう」
あなたなら、どうしますか?
家族の過ごし方が気になるとき、あなたは相手に「こうしたら」と言うほうですか。それとも、相手が何を好きなのかを、先に探してみるほうですか。
一週間のうちで、相手と一緒にできる短い時間を一つだけ決めるとしたら、それは何曜日の、何時からの何分になりそうですか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 言うほど、こじれることがある
「散歩でも行けば」は、相手を思っての言葉でした。
けれど、同じ言葉を何度も聞くと、言われる側には「今のままではいけない」と聞こえることがあります。
こじれたのは言葉の中身ではなく、回数だったのかもしれません。
2. 相手の「好き」は、目の前にないところに書いてある
主人公が夫の好きなものを知ったのは、会話ではなく、束ねかけた古新聞の丸からでした。
ずっと一緒にいても、知らないことはあります。
聞いても答えてくれないときは、相手の手元にある物を、少しだけ見てみる方法もあります。
3. 相手を変えるより、一緒の時間を小さく決める
主人公は、テレビを消させることをやめ、日曜の朝の三十分だけを二人の時間にしました。
一日の過ごし方は、ほとんど変わっていません。
それでも、週に一回、同じ画面を見て、同じことを話す時間ができました。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(筒型で土がこぼれにくい小さめの土入れ)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
土がこぼれにくい、小さめの土入れ
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- 販売ページの記載:大きさ 大=径約75×高さ166mm・中=径約63×高さ161mm・小=径約50×高さ156mm
- 選ぶときは、鉢やプランターの大きさに合う口の大きさかを見ると選びやすくなります。
※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。
次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。