夫婦ふたりの時間
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夫が趣味ばかりで寂しい、とは言えなかった58歳。釣りに出る玄関の音を布団で聞いていた私の、月に一度の行き先

川沿いの道を並んで歩く夫婦の後ろ姿
kuroko

かちゃり、と玄関の鍵が回る音で、目が覚めました。

続いて、長靴に足を入れる、きゅっという音がします。

クーラーボックスの留め金が、ぱちんと鳴ります。

「行ってくる」

誰に聞かせるつもりもない、小さな声です。

ドアが閉まって、少しして、車のエンジンがかかりました。

枕もとの時計は、四時二十分でした。

土曜日の朝は、いつもこの順番です。

私は布団の中で、エンジンの音が角を曲がって聞こえなくなるまで、じっとしていました。

それから、もう一度目をつぶります。

眠れたことは、ほとんどありません。

冷蔵庫の潮見表

私は五十八歳です。

夫は六十一歳で、定年のあとも同じ電気設備の会社で、週に四日働いています。

娘は結婚して遠くの町に住み、息子は東京で働いています。

海まで車で四十分の町の、二階建ての家に、夫と二人で暮らしています。

冷蔵庫の扉には、月に一枚、潮見表が貼られます。

潮の満ち引きの時刻と、日の出と日の入りの時刻が、一日ずつ並んだ表です。

夫は月の初めにそれを貼り、土曜日の欄に赤いペンで丸をつけます。

丸は、たいてい毎週つきます。

釣りの仲間と、港の堤防や磯へ行くのです。

十年以上、ほとんど欠かしたことがありません。

夫を責める気持ちは、ありません。

平日は朝早くから働いて、文句ひとつ言わない人です。

好きなことがあるのは、いいことだと思っています。

ただ、潮見表の土曜の欄を見るたびに、思うのです。

赤い丸がついているのは、夫の土曜日です。

私の土曜日には、何も書いてありません。

夫が出かけたあと、私は七時に起きて、洗濯機を回します。

スーパーに行って、帰ってきて、お昼はお茶漬けです。

午後はテレビをつけて、見ているのかいないのか分からないまま、夕方になります。

平日は図書館の返却カウンターでパートをしているので、土曜まで疲れがたまっています。

休める日があるのは、ありがたいことです。

それでも、夕方の台所で、一日を思い返して、何も思い出せないことがありました。

「今日は、アジが三十八匹」

夫が帰ってくるのは、たいてい夕方の四時すぎです。

九月の終わりのその日も、玄関で長靴を脱ぐ音がして、台所にクーラーボックスが運ばれてきました。

「今日は、アジが三十八匹」

夫は、流しの前でうれしそうに言いました。

「多いわね」

「松尾さんがな、また竿を落としかけてな。網ですくったら、竿と一緒に一匹かかってたんだ」

夫は手を動かしながら、仲間の話を続けました。

堤防の先の場所を誰が取ったか、若い人がどんな仕掛けを使っていたか。

私は、包丁を洗いながら聞いていました。

「そういえば、港の上に神社があるだろう」

「あったかしら」

「岬のてっぺんに、赤い鳥居が見えるんだ。朝日が当たると、そこだけ赤く光る。毎週見てるのに、一回も登ったことがない」

夫は、自分で言って、自分で笑いました。

それから、ふと思い出したように聞きました。

「お前は今日、何してた」

「別に。洗濯と、スーパー」

「そうか」

夫は、それ以上聞きませんでした。

聞くことが、なかったのだと思います。

私は、手の中の包丁を見ていました。

夫には、話すことがたくさんあります。

私には、話すことがありませんでした。

寂しかったのは、夫がいない土曜日のことではなかったのかもしれません。

夫が帰ってきて、話を聞くばかりの、夕方のほうでした。

「こんなの、何が楽しいの」

寂しいと、夫に言ったことはありません。

言えない理由がありました。

十二年前の秋、一度だけ、夫の釣りについて行ったことがあります。

夫が何度も誘うので、根負けしたのです。

朝の三時に起きて、暗いうちに堤防に着きました。

海からの風が、思っていたよりずっと冷たかったのを覚えています。

夫は隣で、竿の先をじっと見ていました。

私は、することがありませんでした。

一時間たっても、二時間たっても、何も釣れませんでした。

手がかじかんで、お手洗いも遠くて、私は何度も腕時計を見ていました。

帰りの車の中で、夫が言いました。

「今日は、潮が悪かったな」

私は、窓の外を見たまま言いました。

「こんなの、何が楽しいの」

言ってから、しまったと思いました。

でも、取り消す言葉が出てきませんでした。

夫は少し黙ってから、言いました。

「そうか。悪かったな、付き合わせて」

それから夫は、私を釣りに誘わなくなりました。

土曜の朝、起こさないように、小さな声で「行ってくる」と言うようになったのも、あのあとからです。

夫の楽しみを、私は一度、自分の言葉で踏んだのです。

だから、夫が出かけていって寂しいとは、言えませんでした。

言えば、あの日の続きになる気がしていました。

「同じ日に出て、別々に帰ってくるの」

十月の初め、図書館の休憩室で、同じパートの立花さんとお昼を食べていました。

立花さんは六十三歳で、私より二年先に勤めはじめた人です。

立花さんが鞄から取り出したお弁当の下に、紺色の布の表紙の、小さな帳面が見えました。

「それ、なあに」

「御朱印帳。明日、一か所行こうと思って」

立花さんは、帳面を開いて見せてくれました。

蛇腹になった紙に、墨の字と赤い印が、一ページずつ並んでいました。

「うちの夫、土曜はゴルフでしょう。前はね、私、家で待ってたのよ」

「待ってたの」

「待ってた。帰ってきたら、スコアの話を一時間聞くの。それで一日おしまい」

私は、箸を止めて聞いていました。

「それがなんだか嫌でね。待ってる日にしないで、同じ日に出かける日にしたの」

「同じ日に」

「そう。同じ日に出て、別々に帰ってくるの。それで、夕飯のときにお互いの話をするの」

立花さんは、帳面の最初のページを指でなぞりました。

「一日に一か所だけって決めてるのよ。たくさん回ると、何を見たか忘れちゃうから」

帰ってから、話すことがある。

私は、アジの日の夕方の台所を思い出していました。

「私にも、できるかしら」

言ってから、自分で驚きました。

立花さんは、あっさり言いました。

「できるわよ。行くだけだもの」

蛇腹の帳面

その夜、私は冷蔵庫の潮見表の前に立ちました。

十月の土曜日には、赤い丸が四つついていました。

そのうちの一つだけでいい、と思いました。

月に一度、夫が釣りに行く土曜日に、私も一か所だけ出かける。

行き先は、近くの神社かお寺にしました。

一人でも行けて、一日に一か所なら、疲れすぎないと思ったのです。

最初の一冊をどうするか、立花さんに聞きました。

「神社やお寺でも売ってるけど、最初は、どこのでもない無地のにしたら。行く先を選ばないから」

それで、帳面を自分で探すことにしました。

見てみると、大きさも、表紙も、紙も、いろいろありました。

決めた条件は、三つです。

鞄に入る、ふつうの大きさであること。

表紙が固くて、鞄の中で角が折れないこと。

紙が厚くて、墨が裏に写りにくいこと。

表紙の色は、汚れの目立たない、落ち着いた緑にしました。

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届いた帳面を開くと、白い蛇腹が、どこまでも続いていました。

まだ一ページも埋まっていない帳面を、私はしばらく眺めていました。

四時二十分に、二人で起きた

十月の二度目の土曜日、私は四時十五分に目覚ましをかけました。

夫が長靴をはいているところに、台所から顔を出しました。

「なんだ、早いな」

夫は、目を丸くしていました。

「私も、今日は出かけるの」

「どこへ」

「隣の町の八幡さま。九時のバスで」

夫は、長靴の片方をはいたまま、少し黙っていました。

「そうか。気をつけてな」

それから、いつもより少しだけ大きな声で、「行ってくる」と言いました。

ドアが閉まったあと、私は台所で、自分のためにおにぎりを二つ握りました。

八幡さまは、バスで二十五分の、小さな森の中にありました。

鳥居の前で一礼して、手を洗って、お参りをしました。

それから、社務所の窓口の前で、帳面を胸に抱えて立っていました。

窓口の奥から、白い着物の男の人が顔を出しました。

「御朱印ですか」

「はい。初めてなんです。帳面も、今日が初めてで」

男の人は、帳面を受け取って、表紙を開きました。

「では、最初のページにいたしますね」

筆が紙の上を動く音を、私は窓口の前で聞いていました。

さらさらと、小さな音でした。

戻ってきた帳面には、墨の字と、朱色の印が一つ、押されていました。

「どうぞ。いい一冊目になりますように」

帰りのバスの中で、私は何度も帳面を開いて、閉じました。

その日の夕方、夫が帰ってくる前に、私は台所で待っていました。

待っていたのは、夫の話ではありませんでした。

自分の話をするのを、待っていたのです。

「今日は、どうだった。八幡さま」

聞いたのは、夫のほうでした。

私は、森の中の石段のこと、窓口の筆の音のこと、帰りのバスで開いたり閉じたりしたことを話しました。

夫は流しでクーラーボックスを洗いながら、「へえ」「そうか」と何度もうなずいていました。

「で、釣れたの」

私が聞くと、夫は少し笑いました。

「今日は、ぼうずだ」

「お父さんが、LINEで書いてきた」

月曜日、図書館の休憩室で、立花さんに帳面を見せました。

「一ページ目ね。いい字じゃない」

「帰ったら、夫がぼうずだったの。だから、私の話ばっかりになっちゃって」

立花さんは、声を出して笑いました。

「それでいいのよ。釣れない日もあるから、話すことが要るのよ」

その週の水曜日の夜、遠くに住む娘から電話がありました。

「お母さん、土曜に八幡さまに行ったんだって?」

「どうして知ってるの」

「お父さんがLINEで書いてきたの。『母さんが朝四時に起きて、神社に行った』って」

私は、受話器を持ったまま、居間の夫のほうを見ました。

夫は、新聞を広げたまま、こちらを見ませんでした。

「お父さんがLINEで長い文を書いてくるの、珍しいんだよ。なんだか、うれしそうだった」

娘はそう言って、次はどこに行くのかと聞きました。

まだ決めていない、と私は答えました。

決めていないことを話せるのも、久しぶりでした。

岬の上の赤い鳥居

十一月は、町なかのお寺へ行きました。

十二月は、少し遠くの神社まで、電車に乗りました。

そして一月の土曜日、私は、夫の話に出てきた岬の上の神社へ行くことにしました。

夫が釣りをしている港の、上にある神社です。

夫には、行き先を言いませんでした。

電車とバスを乗り継いで、港の近くで降りました。

鳥居は、下から見上げると、思っていたより高いところにありました。

石段を、数えながら上りました。

途中で二回休んで、百二十段目で、いちばん上に着きました。

振り返ると、海が見えました。

港の堤防の先に、小さな人影がいくつか並んでいました。

どれが夫なのか、私には分かりませんでした。

それでも私は、しばらく鳥居の下に立って、堤防のほうを見ていました。

十二年前の、あの冷たい堤防を思い出していました。

あのとき私は、夫の隣に座っていて、何も見ていなかったのだと思います。

その日の夕方、夫はクーラーボックスを下ろすなり、言いました。

「今日、岬の鳥居の下に、誰か立ってると思ったんだ」

私は、帳面を開いて見せました。

夫は、しばらくそのページを見ていました。

「一回も登ったことがないって、言ったろう。俺」

「言ってたわね」

「先に登られたな」

夫はそう言って、笑いました。

二月の初めに、冷蔵庫に新しい潮見表が貼られました。

土曜日の欄には、いつものように赤い丸が並んでいました。

そのうちの一つの横に、夫の字で、小さく書き足してありました。

「久美子、梅のお寺」

私が前の晩に、何気なく話した行き先でした。

空っぽのままの土曜も

月に一度、出かけるようになって、半年になります。

帳面は、蛇腹の三分の一ほどが埋まりました。

それでも、残りの土曜日は、前と変わりません。

四時二十分の玄関の音を、布団の中で聞く朝もあります。

洗濯とスーパーとお茶漬けで終わる土曜も、まだあります。

そういう日の夕方は、夫の話を聞きながら、少しだけ寂しくなります。

十二年前のことを、夫に謝ったわけでもありません。

寂しかったと、言えたわけでもありません。

それでも、夕飯のときに、夫が「来月はどこだ」と聞くようになりました。

私はそのたびに、潮見表の前で、次の行き先を考えます。

潮見表の、日の出の欄の数字は、少しずつ変わっていきます。

十月は五時台の後半でした。

十二月には、六時四十分を過ぎました。

一月の半ばを過ぎると、その数字が、少しずつ早くなっていきました。

三月の終わりには、日の出はまた五時台に戻ります。

夫が出かける四時二十分の玄関が明るくなるのは、もう少し先の、初夏のころです。

あなたなら、どうしますか?

家族の誰かが趣味に出かける日を、あなたは何をして過ごしていますか。その日に、あなたの予定を一つだけ入れるとしたら、どこへ行きますか。

帰ってきた人の話を聞くばかりの夕方に、あなたが話したい「今日のこと」は何でしょうか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 寂しいのは、いない時間ではないことがある

相手が趣味に出かけている時間より、帰ってきたあとの時間のほうがつらいことがあります。

相手には話すことがあって、自分には何もない。

寂しさの正体が、そこにあることもあります。

2. 待つ日を、同じ日に出かける日に変える

相手の趣味の日を「待つ日」にしていると、その日は相手のものになります。

同じ日に、自分も一か所だけ出かけると決めると、その日は二人のそれぞれの日になります。

行き先は、遠くなくてかまいません。

3. 昔の一言が、口をふさいでいることがある

相手の楽しみを一度否定したことがあると、寂しいと言うことが、そのときの続きに思えてしまいます。

言えないままでも、自分の話を一つ持って帰ると、夕飯の会話の向きは少し変わります。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(鞄に入るふつうの大きさ・表紙が固くて角が折れない・紙が厚くて墨が裏に写りにくい)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

最初の一冊にした、無地の御朱印帳

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  • 販売ページの記載:大判(18×12cm)・蛇腹タイプ・12山24頁(両面使いで24山48頁)
  • 販売ページの記載:墨が裏面に染み出にくい本紙を使用・表題シール2枚付き
  • 選ぶときは、大きさ(大判か普通か)・山の数・紙の厚さを見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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