姉と疎遠になった63歳。三年会っていない姉に、私が理由を聞かずに送ったもの
「久美子 九つ 千春 六つ 物干しの前で」
写真の裏に、母の字でそう書いてありました。
鉛筆の字は、ところどころ薄くなって、紙の地に溶けかけていました。
表を返すと、白黒の写真の中で、二人の女の子が並んで立っていました。
背の高いほうが姉で、低いほうが私です。
姉の右手が、私の肩にのっていました。
私は、自分の肩に誰かの手がのっているのに気づいていないような顔で、まっすぐこちらを見ていました。
着ているのは、ボタンの大きな、毛玉だらけのカーディガンです。
見覚えがありました。
姉のお下がりでした。
お下がりのカーディガン
私は六十三歳です。
夫と二人で、郊外の一軒家に暮らしています。
姉の久美子は、三つ上の六十六歳。
電車を乗り継いで二時間ほどの町で、義兄と暮らしています。
子どもの頃から、私はずっと、姉のあとを歩いてきました。
服も、ランドセルも、学習机も、姉のお下がりでした。
新しい物を買ってもらうのは、いつも姉でした。
「お姉ちゃんばっかり」
小学生の頃、母にそう言って泣いたことがあります。
母は困った顔で、「あんたのも、ちゃんと考えてるのよ」と言いました。
そのカーディガンを着て、私は写真の中で、口をとがらせているのでした。
大人になってからも、どこかで、母は姉のほうが大事なのだと思っていました。
口に出したことはありません。
ただ、心の底に、小さな石のようにずっと残っていたのです。
最後に会ったのは、母の三回忌でした
姉と最後に会ったのは、三年前の、母の三回忌です。
それから一度も、会っていません。
電話もしていません。
最初の年は年賀状が来て、私も出しました。
次の年は、どちらからも出しませんでした。
喧嘩をしたわけではありません。
少なくとも、私はそう思っていました。
思い当たるのは、あの日の台所での、ほんの短いやりとりだけです。
三回忌の前の晩、私は母の煮しめを作りました。
里芋と、にんじんと、干ししいたけと、ごぼう。
母がお盆とお正月に必ず作っていた、少し甘い煮しめです。
重箱に詰めて、翌朝、会場になったお寺の控え室に持っていきました。
台所に入ると、姉が仕出しの箱を並べていました。
「あら。作ってきたの」
姉は、重箱を見て言いました。
「わざわざ作らなくてもよかったのに。仕出し、ちゃんと頼んであるんだから」
悪気のない声だったと、今なら分かります。
でも、そのときの私は、前の晩に三時間、鍋の前に立っていたのです。
「お母さんの味なんて、お姉ちゃんは覚えてないでしょう。台所に立ったこともないくせに」
言ってから、しまったと思いました。
姉は、何も言いませんでした。
仕出しの箱の蓋を、一つずつ閉めていきました。
法要が終わると、姉は「電車の時間だから」と言って、お斎の途中で帰っていきました。
重箱の煮しめは、半分以上残りました。
私は家に帰ってから、それを一人で三日かけて食べました。
押し入れの、母の写真
写真を出してきたのは、先月のことです。
きっかけは、娘の彩でした。
彩は三十五歳で、隣の市に住んでいます。
小学生の息子が、夏休みの宿題で、家族の昔の写真を集めているというのです。
「おばあちゃんの子どもの頃の写真、ある? ひいおばあちゃんが写ってるのでもいいって」
母の写真は、母のところから引き取った段ボール箱に入れたまま、押し入れの奥に置いてありました。
母が亡くなってから、一度も開けていませんでした。
日曜日の午後、彩が孫を夫に預けて、手伝いに来てくれました。
居間の床に新聞紙を広げて、箱の中身を出していきました。
アルバムに貼ったものもあれば、封筒に入ったままのものもありました。
白黒の写真が多く、裏には、たいてい母の字で名前と年が書いてありました。
その中に、あの物干しの前の写真があったのです。
「この小さいの、お母さん? 口とがらせてる」
彩が笑いました。
「お姉ちゃんのお下がりを着せられて、ふてくされてたのよ」
「伯母さん、優しそうじゃん。肩に手、置いてるし」
私は、何も言いませんでした。
「ねえ、同じ数だよ」
彩は、写真を人ごとに分けていました。
孫の宿題に使えるものを選ぶのだと言って、新聞紙の上に、小さな山をいくつも作っていきました。
母の山。父の山。二人が並んでいる山。
それから、姉が一人で写っている山と、私が一人で写っている山。
しばらくして、彩が手を止めました。
「ねえ、お母さん。これ、同じ数だよ」
「何が」
「伯母さんが一人で写ってるのと、お母さんが一人で写ってるの。どっちも十四枚」
私は、二つの山を見比べました。
数えてみると、本当に十四枚ずつでした。
七五三も、入学式も、運動会も、姉の写真があれば、同じ年頃の私の写真がありました。
写真の少なかった時代です。
一枚撮るのにも、お金がかかりました。
「偶然かな」
彩が言いました。
私は、姉の七五三の写真を裏返しました。
「久美子 七つ」
それから、私の七五三の写真を裏返しました。
「千春 七つ 久美子の着物をなおして」
母の字は、姉の写真と同じ濃さで、同じ丁寧さで書かれていました。
私は、その字をしばらく見ていました。
お下がりの着物を、母は私の寸法になおしていたのです。
新しい物を買ってもらえなかったのではなく、母は母なりに、同じにしようとしていたのかもしれません。
「あんたのも、ちゃんと考えてるのよ」
子どもの頃に聞いた母の声が、急に耳に戻ってきました。
話し合わなくても、いいんじゃない
その日の夕方、彩が帰る支度をしながら言いました。
「伯母さんと、まだ連絡取ってないの?」
「取ってないわね」
「何かあったの?」
私は、三回忌の台所のことを話しました。
話しながら、自分でもよく分からなくなってきました。
あのひと言だけで、三年も会わなくなるものなのか。
姉は何を思っていたのか。
電話をして、あのときのことを話し合うべきなのか。
「話し合うって、何を?」
彩は、靴をはきながら言いました。
「どっちが悪かったかを決めても、しょうがなくない? 伯母さんの好きな物でも送れば? それで十分だと思うけど」
「好きな物ねえ」
「なんかあるでしょ。子どもの頃、伯母さんが好きだった物」
彩が帰ったあと、私は台所に立って、姉の好きだった物を考えました。
すぐに、一つ思い浮かびました。
昆布の佃煮です。
母は、だしを取ったあとの昆布を捨てずに、細く切って佃煮にしていました。
醤油と砂糖で甘辛く煮て、最後に山椒の実を入れるのです。
姉はそれが大好きで、朝ごはんのたびに、白いごはんの上にたっぷりのせていました。
私は、山椒の粒が舌にぴりっとくるのが苦手で、いつも避けていました。
「千春は、子どもだね」
姉はそう言って、私の分まで食べていました。
作るのは、やめました
最初は、自分で作ろうと思いました。
だしを取ったあとの昆布を冷凍庫にためて、二週間後の土曜日に、鍋で煮てみました。
一回目は、焦がしました。
二回目は、しょっぱくなりすぎました。
母がどれくらいの砂糖を入れていたのか、私は知りませんでした。
隣で見ていたはずなのに、覚えていなかったのです。
三回目を作ろうとして、鍋を持ったまま手が止まりました。
もし手作りの佃煮を送ったら、姉はどう思うでしょう。
「わざわざ作らなくてもよかったのに」
あの台所の声が、また聞こえてくる気がしました。
手作りを送ったら、あの日の続きになってしまう。
そう思って、作るのはやめました。
夜、夫に話すと、夫は湯のみを置いて言いました。
「買ったものでいいんじゃないか。姉さんも、そのほうが気楽だろう」
「でも、母の味とは違うのよ」
「違っていいだろう。違うって言ってもらえば、話ができる」
夫は、それだけ言って、またテレビのほうを向きました。
次の週、デパートの食品売り場と、駅ビルの乾物屋を回りました。
佃煮の棚には、思っていたよりたくさんの瓶が並んでいました。
決めた条件は、三つでした。
山椒の実が入っていること。
姉が覚えている味は、たぶん、あのぴりっとした粒のほうだからです。
常温で日持ちがして、箱に入れて送れること。
それから、義兄と二人で食べきれる、小さめの量であること。
たくさん送ると、何か大げさな意味があるように見える気がしたのです。
瓶を一つずつ手に取って、原材料の欄を読みました。
醤油と砂糖と昆布と、山椒の実。
母が使っていたのと同じ物だけが並んでいるものを、一つ選びました。
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何を書けばいいのか
箱に入れる前に、手紙を書こうとしました。
便箋を出して、「ご無沙汰しています」と書きました。
その先が、続きませんでした。
あのときはごめんなさい、と書くべきなのか。
お姉ちゃんも悪かった、と思っている自分が、どこかにいました。
理由を書けば、言いわけになります。
謝れば、返事を求めることになります。
一時間ほど、便箋の前に座っていました。
結局、便箋は引き出しに戻しました。
代わりに、箱の中に、あの物干しの前の写真を入れました。
裏に、母の字で「久美子 九つ 千春 六つ」と書いてある写真です。
その横に、小さな紙を一枚だけ入れました。
「押し入れを片付けていたら出てきました。お母さんの佃煮を思い出したので。千春」
佃煮の瓶と、写真と、紙が一枚。
箱に入れてみると、ずいぶん軽いものでした。
郵便局に持っていく途中、何度か引き返そうかと思いました。
窓口で送り状を書くとき、姉の住所を書く手が、少しだけ震えました。
三年、書いていなかった住所でした。
それからの三日間、私は何度も電話の画面を見ました。
届いたかどうかを調べる番号は、送り状の控えに書いてありました。
二日目の昼に調べると、「お届け済み」と出ていました。
届いたのに、何も来ない。
その晩、私は食卓で、控えの紙を指で折ったり伸ばしたりしていました。
「届いたのか」
夫が聞きました。
「届いたみたい。でも、何も言ってこないの」
「届いた日に電話してくるほうが、珍しいだろう」
夫は、新聞をめくりながら言いました。
「三年あいたんだ。姉さんにも、三日くらいは要るさ」
そう言われて、私は控えの紙を引き出しにしまいました。
三年待たせたのは、私も同じでした。
三年ぶりの声
電話が鳴ったのは、送ってから四日後の、夜の八時過ぎでした。
画面に、姉の名前が出ていました。
私は、電話に出るまでに、三回鳴らしてしまいました。
「もしもし」
「届いたわよ」
三年ぶりの姉の声は、思っていたより、ずっと普通でした。
昨日も話したような声でした。
「ああ、届いた。よかった」
「佃煮、ちゃんと山椒が入ってるじゃない」
「お姉ちゃん、好きだったでしょう」
「でも、お母さんのは、もっと辛かったわよ。山椒、どっさり入れてたもの」
「そうだった?」
「そうよ。あんた、いつもよけてたじゃない」
姉は、電話の向こうで笑いました。
私も、少し笑いました。
それから、少しのあいだ、どちらも黙りました。
「写真もね、ありがとう」
姉が言いました。
「あのカーディガン、覚えてる? あれ、私、本当は手放したくなかったのよ」
「え?」
「お母さんに、千春にあげなさいって言われて。私が最初に買ってもらったカーディガンだったの。だから、あんたが着てるの見るたびに、ちょっと悔しかった」
私は、電話を耳に当てたまま、何も言えなくなりました。
姉は姉で、お下がりを渡すたびに、何かを手放していたのです。
「お母さん、あんたのことばっかり気にしてたわよ。末っ子は損だからって」
「私は、お姉ちゃんばっかりだと思ってた」
「そうなの?」
「そうよ」
また、二人で少し笑いました。
三回忌の台所のことは、姉も私も、口にしませんでした。
話し合わなければ元に戻れないと思っていたのに、話さなくても、電話はつながっていました。
「今度は」
電話は、二十分ほどで終わりそうになりました。
会う約束は、まだしていません。
来年は母の七回忌ですが、そのときに何を話すのかも、分かりません。
あの台所のひと言を、姉がどう思っていたのかも、聞けないままです。
聞かないほうがいいのかもしれないとも、思っています。
「じゃあ、そろそろ」
私がそう言いかけたとき、姉が少し早口で言いました。
「あのね。三回忌のとき、仕出しを頼んだのはね」
「うん」
「あんたに、また台所に立たせるのが悪いと思ったのよ。お盆もお正月も、ずっとあんたが作ってたから」
私は、電話を持ち直しました。
あの日、姉が仕出しの箱の蓋を一つずつ閉めていた手を、思い出しました。
「それだけよ。じゃあね」
電話が切れる前に、姉はもう一度、少し間をおいてから言いました。
「今度、あんたの煮しめ、食べさせてよ」
あなたなら、どうしますか?
理由がはっきりしないまま遠くなった家族がいるとしたら、あなたは、話し合うことから始めますか。それとも、話し合う前に、何か一つ渡すことから始めますか。
あなたが「あの人ばかり大事にされていた」と思っている相手は、もしかすると、あなたのことを同じように思っているかもしれません。確かめる方法があるとしたら、それは何でしょうか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 疎遠の理由は、はっきりしないことが多い
大きな喧嘩があったわけではなく、法事の台所での短いひと言のあと、年賀状が一年で途切れる。
きょうだいが遠くなるのは、そういう小さな出来事の積み重ねであることが多いものです。
理由がはっきりしないから、どこから手をつければいいのか分からなくなります。
2. 話し合うより先に、渡せるものがある
「あのときのことを話し合わなければ、元に戻れない」と思うと、最初の一歩がとても重くなります。
相手の好きだった物を一つ送るだけなら、返事を求めることにもなりません。
話は、届いたあとに、相手のほうから始まることもあります。
3. 「ひいき」は、どちらの側からも見えていたかもしれない
妹はお下がりばかりだと思い、姉は大事な物を手放させられたと思っていた。
同じ家で育っても、見えていた景色は一人ずつ違います。
親の残した写真や字が、どちらの思い込みもほどいてくれることがあります。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(山椒の実が入っている・常温で日持ちがして送れる・二人で食べきれる小さめの量)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
姉に送った、山椒入りの昆布の佃煮
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- 販売ページの記載:原材料は昆布(北海道産)・醤油・還元水飴・砂糖・実山椒/安定剤(増粘多糖類)。一部に小麦・大豆を含む
- 販売ページの記載:内容量65g×2個・賞味期限は製造日より150日・常温で保存
- 選ぶときは、内容量・賞味期限・保存方法(常温か)を見ると選びやすくなります。食物アレルギーのある方に贈る場合は、原材料の表示をご確認ください。
※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。
次の物語
この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。