60代を前に、一人でコンサートへ行ってみた。「この年で」とチケットの画面を五回閉じた59歳の私が、二階席の後ろから見た五月の夜
一月の終わりの朝でした。
夜のうちに降った雪が、台所の窓の外の物干しざおに、細く積もっていました。
窓ガラスは湯気で白く曇っていて、私は味噌汁の鍋をかき回しながら、冷蔵庫の上のラジオを聞いていました。
七時のニュースのあと、音楽の話題に変わりました。
「三十六年ぶりの再結成です。五月から、全国のホールを回るツアーが決まりました」
私は、おたまを持ったまま動けなくなりました。
アナウンサーが読み上げたのは、私が十七歳のときに好きになった、四人組の名前でした。
鍋が吹きこぼれて、ガスの火が一瞬、青から橙色に変わりました。
あわてて火を止めても、耳はラジオのほうを向いたままでした。
五十九歳です。
十七歳から四十二年がたっていました。
十七歳の、ラジオ
初めてその人たちの歌を聞いたのは、高校二年の冬でした。
夜の十時からのラジオの番組で、勉強机の上の小さなラジカセから流れてきたのです。
私は録音のボタンを押すのが遅れて、最初の三秒を録りそこねました。
それから、毎週その番組を待って、かかるたびにカセットテープに録りました。
アルバイトのお金でレコードを買えるようになったのは、高校を出てからです。
就職して一年目の夏に、初めてコンサートに行きました。
地元の市民会館で、友達と二人で、一階の真ん中あたりの席でした。
二十三歳の春、四人組は解散しました。
最後の公演の知らせは、新聞の小さな記事で知りました。
行こうと思えば、行けたのです。
でも、そのときの私は、申し込みませんでした。
社会人になって三年目で、職場の先輩たちに「まだそんなの聴いてるの」と言われるのが、なんとなく恥ずかしかったのです。
そのまま、四人組のことは、胸の奥の引き出しにしまいました。
結婚して、息子が生まれて、引っ越しを二回しました。
カセットテープの箱は、二度目の引っ越しのときに、たしか捨ててしまったはずです。
「いい年して」
しまっておくだけならよかったのですが、私にはもう一つ、思い出すと顔が熱くなることがあります。
二十五歳のとき、職場の休憩室でのことです。
一つ下の後輩の恵子ちゃんが、お弁当の横に、薄い冊子を広げていました。
アイドルのファンクラブの会報でした。
「見てください、今度の春のツアー、うちの県にも来るんです」
恵子ちゃんは、うれしそうに私に見せてくれました。
私は、会報をちらっと見て、言ってしまいました。
「恵子ちゃん、いい年して、まだそんなの追いかけてるの?」
笑いながら言ったつもりでした。
恵子ちゃんは、少しだけ笑って、会報を閉じました。
「……そうですよね。もう二十四ですもんね」
会報は、お弁当の包みの下にしまわれて、それきり休憩室で見ることはありませんでした。
あのとき私は、自分が最後の公演に行かなかったことを、恵子ちゃんにぶつけたのだと思います。
恵子ちゃんは二年後に結婚して、職場を辞めました。
謝る機会は、ありませんでした。
「いい年して」という言葉は、そのあと三十年以上、私の中に残りました。
誰かに言われたのではありません。
自分で言った言葉が、自分に向かって返ってくるのです。
閉じた画面、五回
ラジオのニュースを聞いた日の夜、私は台所のテーブルで、スマホでツアーの日程を調べました。
五月の土曜日に、特急で二時間ほどの町のホールでの公演がありました。
先に申し込む抽選の受付は、二月の半ばまででした。
申し込みの画面を開いて、人数の欄で指が止まりました。
「1枚」を選ぶのが、こわかったのです。
五十九歳の女が、ひとりで、昔のバンドのコンサートに行く。
「いい年して」と、頭の中で、二十五歳の私の声がしました。
画面を閉じました。
次の日の夜も、開きました。
今度は、会場の写真を見ているうちに、別の心配が出てきました。
ホールの中で、みんなが立ち上がったらどうしよう。
二時間、立ったまま手をたたく体力が、今の私にあるだろうか。
膝は、長く立っていると、夕方には重くなります。
また、閉じました。
三回目は、息子に知られたら笑われるだろうか、と考えて閉じました。
四回目は、夫に何と言えばいいか分からなくて閉じました。
五回目は、理由も思いつかないまま、閉じました。
「この年で」と「ひとりで」が、二つ重なって、画面の前に座っているようでした。
「推しがいるの、いいですね」
二月の初め、職場の休憩室でお弁当を食べていたときです。
私は今も、地元の食品工場で事務をしています。
隣に座ったのは、総務に入って二年目の佐野さんでした。
二十六歳で、私の息子より年下です。
私のスマホの画面が、机の上で光りました。
ツアーのお知らせのメールでした。
「あ、そのバンド、再結成するんですよね。ニュースで見ました」
佐野さんが、何気なく言いました。
「若いころに、好きだったのよ。もう四十年も前の話」
言い訳のように、そう付け足しました。
「行くんですか?」
「行かないわよ。この年で、ひとりでなんて」
佐野さんは、お箸を止めて、不思議そうな顔をしました。
「推しがいるの、いいですね」
普通の声でした。
からかうのでも、気をつかうのでもない、天気の話をするような声でした。
「私も、ひとりで行きますよ、ライブ。月に一回くらい」
「ひとりで?」
「ひとりのほうが楽なんです。泣いても、隣の友達に気をつかわなくていいし」
佐野さんは、少し笑って続けました。
「会場に行くと、分かりますよ。ひとりの人、いっぱいいますから」
三十四年前の休憩室で、私が恵子ちゃんに言ったこと。
同じような休憩室で、二十六歳の人が、私に言ったこと。
その二つが、机の上で並んだような気がしました。
「立ちっぱなしになるのが、心配なのよ」
「それなら、全部の席に椅子がある、ホールの公演を選べばいいんですよ。座って見ている人も、たくさんいます」
その夜、私は六回目に画面を開きました。
座席のあるホールの公演であることを確かめて、「1枚」を選んで、申し込みのボタンを押しました。
二階席の、後ろから三列目
三月の初めに、当選のメールが届きました。
席が分かったのは、公演の二週間前です。
二階席の、後ろから三列目でした。
会場の座席表で見ると、舞台はずいぶん遠くに見えます。
休憩室で佐野さんにそう話すと、「オペラグラス、持っていくといいですよ」と言われました。
「双眼鏡みたいなもの?」
「そうです。でも、倍率が高すぎるのはやめたほうがいいです。手が少し揺れるだけで、どこを見てるか分からなくなるので」
佐野さんは、自分の失敗の話もしてくれました。
最初に買った倍率の高いものは、ずっと顔のアップしか見えず、首からさげていると重くて、途中で使わなくなったそうです。
次の日曜日、私は駅前の大きな店の、双眼鏡の売り場に行きました。
ショーケースの前で、決めた条件は三つでした。
一つ目は、倍率が低めであること。
顔の大きな見え方よりも、舞台の上の四人が、一度に見えるほうがよかったのです。
二つ目は、軽いこと。
二時間、手に持っていても、首からさげていても、疲れない重さであること。
三つ目は、ピントを合わせるつまみが真ん中に一つだけで、暗い中でも手探りで回せることでした。
店の人に頼んで、いくつか手に持たせてもらいました。
売り場の奥の壁に貼ってあるポスターの字を、のぞいて読んでみました。
いちばん軽かった一つにしました。
問題は、帰りの電車でした。
公演が終わるのは、夜の九時ごろです。
その時間からでは、家に帰る最後の特急に間に合いません。
私は、会場の近くに一泊することにしました。
ホテルを探すときも、条件を三つ決めました。
会場から歩いて十分以内であること。
ひとりで予約できること。
次の朝、急がずに出られるように、出発の時刻が遅めであること。
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物置の段ボール
夫に話したのは、ホテルを予約した日の夜でした。
「五月に、コンサートに行ってくる。泊まりで」
夫は、テレビの野球中継から目を離して、私を見ました。
「誰の」
四人組の名前を言うと、夫は少し考えて、それから立ち上がりました。
「ちょっと待ってろ」
夫は、玄関の横の物置の戸を開けて、しばらくがたがたと音を立てていました。
戻ってきたとき、両手に、ガムテープで閉じた小さな段ボールを抱えていました。
箱の横には、マジックで「カセット ゆ」と書いてありました。
私の字でした。
「二度目の引っ越しのとき、お前、これを捨てろって出しただろう」
「捨てたと思ってた」
「捨てられなかったんだ。お前が夜中に、これを聞いてたのを知ってたからな」
夫と結婚したのは、二十六歳のときです。
新婚のころ、夜中に目が覚めて台所に行くと、私がラジカセの前でイヤホンをしていたことが何度かあったそうです。
私は、覚えていませんでした。
ガムテープをはがすと、カセットテープが三十本ほど、背の文字を上にして並んでいました。
背の文字は、十七歳の私の丸い字でした。
いちばん端の一本には、「最初の三秒なし」と書いてありました。
「再生するものは、もうないけどな」
夫はそう言って、テレビの前に戻りました。
「気をつけて行ってこい。帰りは、駅まで迎えに行く」
五月の、雨上がりのホール
公演の日は、昼まで雨が降っていました。
特急を降りると、雨は上がっていて、駅前の広場の水たまりに、夕方の空が映っていました。
ホテルに荷物を置いて、会場まで歩きました。
ホールの前には、長い列ができていました。
並んでいるのは、私と同じくらいの年の人が多く、ひとりで立っている人も、たくさんいました。
佐野さんの言ったとおりでした。
二階席の後ろから三列目に座ると、舞台は、思っていたよりもっと遠くに見えました。
隣の席には、私と同じくらいの年の女の人が座っていました。
その人も、ひとりでした。
膝の上に、私と同じような小さなオペラグラスを置いていました。
客席の明かりが落ちたとき、一階の人たちが、いっせいに立ち上がりました。
二階も、前のほうから立ち上がっていきました。
私は、少し迷って、座ったままでいることにしました。
隣の女の人も、座ったままでした。
一曲目は、十七歳の冬にラジオで聞いた、あの歌でした。
最初の三秒を録りそこねた、あの歌です。
イントロが始まった瞬間、私は、その三秒を初めて聞きました。
オペラグラスを目に当てて、真ん中のつまみを回しました。
舞台の上の四人が、一度に見えました。
四人とも、髪が白くなっていました。
歌う人の声は、昔より少し低くなっていました。
ギターを弾く人は、昔と同じように、右足で拍子をとっていました。
二曲目の前に、歌う人がマイクの前で言いました。
「長いあいだ、待たせました」
客席のあちこちから、笑い声と、鼻をすする音がしました。
私の目も、いつのまにか、にじんでいました。
オペラグラスを下ろして、ハンカチで目を押さえました。
ひとりでよかった、と思いました。
誰にも気をつかわずに、泣いていられるのです。
最後の曲のとき、私は一度だけ、立ち上がろうかと思いました。
でも、腰を浮かせかけて、また座りました。
「この年で」という声が、まだ少しだけ残っていたのです。
隣の女の人は、座ったまま、膝の上で小さく手をたたいていました。
隣の席の人
公演が終わって、ホールを出る階段で、隣の席の女の人と並びました。
「座ったままで、見えました?」
先に声をかけてきたのは、その人でした。
「ええ。これで」
私はオペラグラスを少し持ち上げました。
「私も、同じようなの。娘に、倍率の低いのにしなさいって言われて」
私たちは、少し笑いました。
「おひとりですか」
「ええ。この年で、ひとりでなんてって、チケットの画面を何度も閉じたんですけど」
「私もよ。三回くらい閉じたわ」
その人は、隣の県から来ていて、駅前のホテルに泊まると言いました。
私のホテルと、同じ方向でした。
会場から駅までの十分のあいだ、二人で歩きながら、少しだけ話しました。
最後の公演に行かなかったこと。
その人は、最後の公演に行ったけれど、泣きすぎて何も覚えていないこと。
今日の一曲目で、二人とも、同じところで泣いたこと。
名前も、連絡先も、聞きませんでした。
ホテルの前で、その人は「秋にも、どこかで会えたらいいわね」と言って、手を振りました。
次の朝、ホテルをゆっくり出て、昼の特急に乗りました。
駅の改札を出ると、夫が車の横で待っていました。
「どうだった」
「一曲目で、泣いちゃった」
夫は「そうか」とだけ言って、エンジンをかけました。
休憩室の、もう一枚
それから一か月ほどたった、六月の雨の日のことです。
休憩室で、佐野さんが、スマホの画面を私に見せてくれました。
七月の、佐野さんの好きなグループのチケットでした。
「今度、ひとりで二階席なんです。高野さん、オペラグラス、どれくらいの倍率のにしました?」
私は、お弁当のふたを閉じて、自分の選んだ条件を三つ、佐野さんに話しました。
倍率が低めのこと。
軽いこと。
つまみが真ん中に一つのこと。
佐野さんは、自分のスマホにメモをとっていました。
話し終わってから、私は言いました。
「推しがいるの、いいわね」
佐野さんは、「高野さんもですよ」と言って笑いました。
三十四年前に、恵子ちゃんに言えなかった言葉でした。
恵子ちゃんが、今どこで何をしているのか、私は知りません。
あの会報のツアーに、恵子ちゃんが行けたのかどうかも知りません。
家に帰ってから、手帳の十月のページに、秋の追加公演の日付を書きました。
まだ、申し込むかどうかは決めていません。
でも、書いておくだけなら、画面を閉じる必要はありませんでした。
物置から出てきた段ボールは、今は寝室の押し入れの、手の届く段に置いてあります。
あなたなら、どうしますか?
「この年で」「ひとりで」と思って、閉じてしまった画面や、あきらめた予定はありますか。そのとき、あなたを止めていたのは、誰の声だったでしょうか。
もし一人で見に行くとしたら、何を見に行きたいですか。そして、行くのをためらう理由を一つずつ条件に変えるとしたら、最初に決める条件は何ですか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 「この年で」は、誰かに言われた言葉ではないことがある
年齢を理由に好きなことをためらうとき、その声の出どころをたどると、昔の自分の言葉だったということがあります。
誰かに向けた言葉が、何十年かたって、自分に向かって返ってくるのです。
その声がどこから来ているのかに気づくと、少しだけ距離をとって聞けるようになります。
2. 心配は、条件に変えられる
立ったままでいられるか、遠くて見えないのではないか、帰りの電車に間に合うか。
ひとりで出かけるのをためらう理由は、たいてい具体的な場面です。
座席のある会場を選ぶ、見る道具を用意する、近くに泊まる、と一つずつ条件にすると、「なんとなく不安」が「確かめられること」になります。
3. ひとりで行く場所には、ひとりで来ている人がいる
ひとりで行くと、自分だけが浮いているような気がします。
けれど、行ってみると、同じようにひとりで来ている人がいて、同じように迷ってきた人がいます。
話しかけるかどうかは自由ですが、「私もよ」と言える人が隣にいることは、行ってみないと分かりません。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
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この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。