50代、習い事が続かない自分が嫌になる。三つとも三か月でやめた55歳の私が、「一回きり」を十二回選んだ一年
二十一歳の春、会社の先輩に誘われて、生け花の教室に通いはじめました。
駅前のビルの三階で、木曜の夜七時からでした。
剣山に一本目の枝を挿すとき、手が震えたのを覚えています。
三か月目の終わりに、私は行かなくなりました。
残業が続いたこともありますが、本当の理由は、先輩のほうが上手だったからだと思います。
月謝袋を返しに行った日の夜、母が台所で笑いながら言いました。
「あんたは、三月坊主ね」
「なに、それ」
「三日坊主よりは、少しましってこと」
母は冗談のつもりだったのでしょう。
私も、そのときは一緒に笑いました。
その言葉を、三十四年たった今も覚えているとは、思っていませんでした。
ヨガ、書道、英会話
私は五十五歳です。
夫と二人で暮らしています。
一人娘の彩は二十七歳で、三年前に家を出ました。
週に三日、近所のスーパーの品出しのパートに出ています。
娘が家を出てから、習い事を三つ始めました。
そして三つとも、三か月でやめました。
一つ目はヨガです。
五十二歳の春、駅の向こうの教室に、火曜の朝に通いました。
前の列の人たちが、するすると体を曲げていくのを、鏡ごしに見ているのがつらくなりました。
二つ目は書道です。
五十三歳の秋、公民館の教室に入りました。
墨をすって、書いて、筆を洗って、硯を拭く。
書いている時間より、片付けている時間のほうが長く感じました。
三つ目は英会話です。
去年の春、思いきって駅前の教室に申し込みました。
テキストは、最初の三課だけ書きこみがあって、あとは真っ白です。
押し入れの中には、丸めたヨガマットと、書道の道具を入れた箱と、そのテキストが、今も並んでいます。
開けるたびに、母の声が聞こえる気がしました。
三月坊主。
「来月も、お続けになりますか」
英会話をやめた日のことは、よく覚えています。
三か月目の最後のレッスンのあと、受付の若い女の人に呼び止められました。
「来月の更新の手続き、いかがなさいますか」
「あ、ええと」
私は、かばんの持ち手を握り直しました。
「ちょっと、仕事が忙しくなってしまって」
嘘でした。
パートのシフトは、何も変わっていませんでした。
「そうですか。落ち着いたら、ぜひまたいらしてくださいね」
受付の人は、何も疑わずににこにこしていました。
その笑顔に、よけいに胸が痛くなりました。
帰り道、駅前の信号で待ちながら、私は娘のことを思い出していました。
彩が十歳のとき、ピアノをやめたいと泣いたことがあります。
「もう行きたくない。先生、こわいもん」
「一回始めたことは、最後までやりなさい」
私はそう言って、娘をもう一年、ピアノに通わせました。
毎週土曜の朝、玄関で靴をはくのを嫌がる娘の背中を、押して送り出しました。
その私が、三つも習い事を放り出している。
信号が青になっても、しばらく足が動きませんでした。
「続けなきゃいけないって、誰が決めたの」
その話をしたのは、パートの休憩室でした。
同じ売り場の佳代子さんは、私より四つ上で、いつも水筒に麦茶を入れてきます。
「私ね、何をやっても続かないのよ。三か月で終わり。自分が嫌になっちゃう」
佳代子さんは、おにぎりを食べる手を止めて、首をかしげました。
「三か月も行ったの?」
「行ったけど、やめたのよ」
「私なんて、そば打ちも陶芸も、一回ずつ行って終わりよ」
佳代子さんは、なんでもないことのように言いました。
「続けなきゃいけないって、誰が決めたの」
私は、すぐには答えられませんでした。
誰が決めたのか。
考えてみたこともありませんでした。
「だって、途中でやめたら、それまでのことが無駄になるじゃない」
「途中じゃないわよ」
佳代子さんは、水筒のふたをきゅっと閉めました。
「一回きりなら、一回で、ちゃんと終わってるの。やめたことにならないのよ」
休憩時間の終わりのチャイムが鳴りました。
売り場に戻って、棚に缶詰を並べながら、私は佳代子さんの言葉を何度も頭の中で繰り返していました。
一回で、ちゃんと終わってる。
月に一つ、一回だけ
その晩、夕食のあとで夫に言いました。
「来年の一年間、月に一つずつ、体験だけ行ってみようと思うの」
「体験?」
「一回きりのやつ。続けなくていいの。十二か月で、十二個」
夫は、食後のお茶を飲みながら少し考えていました。
「月謝がかからないのは、いいな」
「そういうことじゃないのよ」
私が言うと、夫は笑って、それから真面目な顔になりました。
「で、一月は何にするんだ」
決めごとは、三つだけにしました。
一つの教室には、一回しか行かない。
行く前に、次の月のことは考えない。
行ったあとで、どうだったかを一言だけ残す。
その一言を、どこに残すか、少し考えました。
押し入れの書道の箱を開けると、使いかけの半紙が百枚近く残っていました。
硯も、筆も、墨も、きれいに洗ってしまってありました。
片付けだけは、ちゃんとしていたのです。
半紙に、月に一枚ずつ書くことにしました。
ただ、墨をすって、筆を洗って、というのを毎月やると、それだけで気が重くなりそうでした。
書道をやめた理由の半分は、たぶんそれでした。
それで、筆ペンを一本買うことにしました。
条件は、三つでした。
墨をすらなくていいこと。
穂先が本物の筆に近くて、半紙に大きな字が書けること。
インクがなくなったら、中身を替えて使えること。
三つ目は、自分でも少しおかしいと思いました。
続かない私が、長く使えるものを選んでいるのです。
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一月は陶芸、三月はそば打ち
一月は、陶芸にしました。
隣の駅の工房で、日曜の午後の二時間でした。
ろくろの上で、粘土がぐにゃりと倒れました。
先生が笑いながら手を添えてくれて、どうにか小さな湯のみの形になりました。
帰ってから、半紙に筆ペンで書きました。
「陶芸 土が冷たい」
二月は、和菓子作りでした。
練り切りで梅の花を作るはずが、どう見ても桃色のおまんじゅうになりました。
「和菓子 花にならず」
三月は、佳代子さんが行ったのと同じ、そば打ちです。
のし棒を転がすたびに、生地の端が割れました。
隣の男の人も同じように割っていて、目が合って、二人で笑いました。
「そば 割れても食べられる」
書き終えた半紙は、たたまずに、書道の箱に一枚ずつ重ねていきました。
三か月たっても、私はやめていませんでした。
一回ずつなので、やめようがないのです。
そう気づいたとき、少しだけ笑ってしまいました。
母の帯
四月は、何にするか迷っていました。
押し入れの天袋に、母の着物が入った桐の箱があります。
母を見送ったとき、私が引き取ったものです。
藤色の小紋が一枚と、帯が二本。
五年間、一度も開けていませんでした。
着方が分からなかったからです。
その箱のことを思い出して、四月は着付けの体験に行くことにしました。
探してみると、教室にもいろいろありました。
私が決めた条件は、三つです。
着物や帯を持っていなくても、手ぶらで行けること。
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一回だけで申し込めること。
先生が一人一人を見てくれる、少ない人数であること。
いきなり母の着物を持っていく勇気は、まだありませんでした。
教室は、駅から五分ほどのビルの二階でした。
生徒は、私のほかに二人だけでした。
腰ひもを結ぶところで、もう分からなくなりました。
鏡の中で、私の着物の前は、ずいぶん斜めになっていました。
「最初は、みなさんそうですよ」
先生は、何度でも同じところを結び直させてくれました。
帯を締め終わったとき、先生が鏡の角度を少し変えてくれました。
鏡の中に、母の若いころの写真に少しだけ似た人が立っていました。
その日の夜、半紙に書いた一言は、これでした。
「着付け 母に似ていた」
五月の太極拳で、また鏡を見ていた
五月は、市の体育館でやっている太極拳の体験に行きました。
広い板の間に、二十人ほどが並んでいました。
私は、いちばん後ろの端に立ちました。
ゆっくりした動きなのに、右と左がすぐに分からなくなります。
前の列の人たちは、何年も通っているのでしょう。
腕も足も、先生と同じ高さにそろっていました。
気がつくと私は、壁の大きな鏡に映る自分と、前の人たちを見比べていました。
ヨガのときと、同じでした。
胸の奥が、あのときと同じようにきゅっと縮みました。
休憩のとき、隣にいた白髪の女の人が話しかけてきました。
「初めて? 私も最初の日は、ずっと逆に回ってたのよ」
「私、今日だけなんです。体験で」
言ってから、自分でも少し驚きました。
今日だけ。
そう口に出したら、急に肩の力が抜けたのです。
今日だけなら、前の人と比べても仕方がありません。
後半の四十分、私は鏡を見るのをやめて、先生の手だけを見ていました。
右と左は、最後まで何度も間違えました。
それでも、終わったあとは、額に少し汗をかいていました。
「太極拳 比べるのをやめた」
六月はフラワーアレンジ、七月は朝顔の鉢に絵をつける教室でした。
フラワーアレンジの日、剣山ではなく吸水スポンジに花を挿すのだと知りました。
二十一歳のとき、剣山の前で手が震えたことを思い出して、一人で少し笑いました。
「花 三十四年ぶり」
七月の夜、夫が書道の箱を開けて、七枚の半紙を一枚ずつ読んでいました。
「お前、これ、ちゃんと続いてるじゃないか」
「続いてないのよ。どれも一回きりなんだから」
「一回きりを、七か月続けてるんだろ」
夫はそう言って、半紙をきちんとそろえて箱に戻しました。
私は、何と返していいのか分からずに、黙ってお茶をいれ直しました。
「お母さん、あれ、ありがたかったんだよ」
八月のお盆に、彩が帰ってきました。
私の部屋の書道の箱を見つけて、半紙を一枚ずつめくっていました。
「なにこれ。陶芸、和菓子、そば、着付け、太極拳、花……」
「一回ずつ、行ってみてるの」
「全部一回?」
「全部一回。続けなくていいことにしたの」
彩は、少し驚いた顔をしました。
私は、ずっと気になっていたことを口にしました。
「彩、ピアノのこと、覚えてる。お母さん、やめたいって言ったあなたを、一年も通わせたでしょう」
「覚えてるよ」
彩は、半紙をそろえながら言いました。
「嫌だったけどね。でも、一年たって『もうやめていいよ』って言ってくれた日のことも、覚えてる」
「そうだったかしら」
「そうだよ。お母さん、帰りにアイス買ってくれたもん」
私は、そんなことはすっかり忘れていました。
「あれ、ありがたかったんだよ。やめていいって言ってもらえたの」
彩はそう言って、最後の一枚を箱に戻しました。
「お母さんも、自分にそう言えばいいのに」
十二枚目の半紙
秋になっても、月に一つは変わりませんでした。
九月は藍染め、十月は俳句の会の見学、十一月は紅茶のいれ方の教室でした。
藍染めの日は、爪の間が一週間青いままでした。
パートの休憩室でその爪を見せると、佳代子さんが笑いました。
「あら、続いてるじゃない」
「一回きりよ。毎月、違うところ」
「だから、それが続いてるのよ」
夫と同じことを言うので、私も笑ってしまいました。
「佳代子さんは、最近どこか行ったの」
「私? 私はね、陶芸の二回目に行ったの。あそこだけは、もう一回行きたくなって」
一回きりと言っていた佳代子さんにも、そういう一つがあったのです。
私は、それを聞いて、なぜか少しほっとしました。
十二月の終わりに、十二枚目を書きました。
十二月は、公民館でのしめ縄作りでした。
書道の箱の中には、十二枚の半紙が重なっています。
どれも一回きりで、どれも、ちゃんと終わっています。
夫は、ときどき箱をのぞいては、「今月の字は、先月より上手いな」と言います。
字が上手くなっているのかは、私には分かりません。
ただ、筆ペンのインクは、一度替えました。
十二枚を並べて、もう一度行きたいと思う教室を、一つだけ考えてみました。
ほとんどは、一回で十分でした。
楽しかったけれど、一回で満ちていました。
一つだけ、四月の一枚のところで手が止まりました。
「着付け 母に似ていた」
腰ひもを、自分一人で結べるようになりたい。
いつか、天袋の桐の箱を開けて、藤色の小紋を自分で着てみたい。
そう思ったのは、十二か月で、その一回だけでした。
先週、あの教室の案内を、もう一度開きました。
申し込みのボタンの前で、指が止まったままです。
続けるための一回を申し込むのは、一回きりのつもりで申し込むのとは、まるで重さが違いました。
三か月たったとき、私はまだ、あの教室に通っているのでしょうか。
それとも、また母の言う三月坊主に戻って、十三枚目の半紙に、何か別の一言を書いているのでしょうか。
あなたなら、どうしますか?
もし、始めたことが続かなかったとしたら、あなたはそれを「やめた」と数えますか。それとも「一回、ちゃんと終わった」と数えますか。数え方を変えるだけで、押し入れの中の道具の見え方が少し変わるかもしれません。
一年のあいだに、一回きりの体験を十二回行けるとしたら、最初の一つに何を選びますか。そして、行ったあとに残す一言は、どこに書いておきますか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 「続かない」の中には、「一回で十分だった」も混ざっている
習い事をやめると、自分に根気がないように感じることがあります。
けれど、やめた理由を一つずつ見ていくと、「周りと比べてつらくなった」「片付けが重かった」「一回で満ちていた」など、中身はばらばらです。
全部を同じ「続かなかった」にまとめなくてもいいのかもしれません。
2. 子どもに言ってきたことを、自分にも言えるか
「最後までやりなさい」は、子どもを育てていた頃には必要な言葉だったのだと思います。
ただ、その言葉を、今の自分にもそのまま向けているとしたら、少し厳しすぎるのかもしれません。
子どもに「もうやめていいよ」と言えた日のことを、自分にも当てはめてみる余地があります。
3. 続けたいものは、たくさん試したあとに見つかることがある
最初から一つを選んで続けようとすると、その一つが合わなかったときに、全部がだめだった気がします。
一回きりをいくつも重ねると、「これはもう一度行きたい」と思うものが、あとから見えてくることがあります。
続けるかどうかは、そこで初めて考えればいいのかもしれません。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(筆ペン=墨をすらなくていい・穂先が筆に近く半紙に大きな字が書ける・インクを替えて使える)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
半紙に一言を書く筆ペン
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- 販売ページの記載:本体の大きさ 直径13×長さ175mm・重さ15g・キャップ式
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この記事について
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※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。