子どもが独立して、夫婦の食卓がテレビの音だけになった59歳。私が会話を増やすのをやめた日
カチ、と夫の箸が茶碗のふちに当たる音がします。
少しして、私の箸も、小皿に当たります。
台所の奥で、冷蔵庫が低くうなり始めます。
そのあいだを、テレビの天気予報の声が埋めていきます。
「明日の関東地方は、朝から晴れ間が広がるでしょう」
私たちは二人とも、画面のほうを向いて、黙ってご飯を食べています。
下の子が家を出て、二年になります。
五十九歳。夫は六十二歳です。
夕食の時間は、前と同じ六時半。
違うのは、テレビの音しかしないことです。
「これ、取って」
子どもが二人とも家にいた頃、この食卓はいつもうるさいくらいでした。
上の健太は、部活から帰ると、手も洗わずにおかずをつまみました。
下の奈々は、学校であったことを、ご飯を食べ終わるまで一人でしゃべっていました。
私はそれに相づちを打ち、夫に「ほら、お父さんも何か言ってあげて」と話を振りました。
健太は三十歳になって、名古屋で働いています。
奈々は二十六歳で、二年前に就職して、東京で一人暮らしを始めました。
気づいたのは、子どもがいなくなってからでした。
私たちの会話は、ほとんどが子どもの話だったのです。
進路の相談、部活の送り迎え、成績、就職。
子どもがいる二十数年、話題に困ったことはありませんでした。
いま、食卓で出てくるのは、この三つです。
「明日、何時に出るの」
「これ、取って」
「ごちそうさま」
夫は、黙っているのが平気な人です。
若い頃から、休みの日は庭の草取りや車の手入れを、何時間でも一人でやっている人でした。
私は、黙っているのが少し苦しい人です。
その差が、二年でだんだん重くなってきました。
エプロンのポケットのメモ
会話を増やそうとして、失敗しました。
最初は、ニュースの話を振ってみました。
「ねえ、今日のニュースで、あの橋の工事が延びるって言ってたわね」
「そうだな」
それで終わりました。
近所の話をしてみました。
「向かいの田村さんのところ、お孫さんが生まれたんですって」
「ふうん」
それで終わりました。
昔の話をしてみたら、「そんなことあったか」と言われました。
それでも私は、あきらめませんでした。
昼のうちに、夕飯のときに話すことを考えておくようにしたのです。
スーパーのチラシの裏に、鉛筆で三つ書きました。
ガソリンの値段のこと。
奈々から来たLINEのこと。
庭のつつじを植え替えるかどうか。
そのメモを、エプロンのポケットに入れて、食卓につきました。
一つ目を話して、二つ目を話して、三つ目を話しかけたときです。
夫が、箸を置いて私の顔を見ました。
「今日はずいぶんしゃべるな。何かあったのか」
責めるような声ではありませんでした。
本当に、何かあったのかと心配しているような声でした。
「別に、何もないわよ」
そう答えながら、エプロンのポケットの中で、チラシの裏をくしゃりと握りました。
三回くらい続けて、私はやめました。
やめたというより、疲れてしまったのです。
話題を探している自分が、みじめに思えてきました。
その話を、高校の同級生の由美にしたことがあります。
月に一度、駅前のパン屋のイートインで会う仲です。
チラシの裏のメモの話をすると、由美はクロワッサンを持ったまま吹き出しました。
「それ、ご主人を面接してるみたいじゃない」
「面接?」
「一つ目の質問、二つ目の質問って。ご主人、答えるのに必死だったと思うわよ」
私は笑いながら、少しだけ恥ずかしくなりました。
「由美のところは、何話してるの」
「うち? 何も話してないわよ。三十五年、ほとんど」
由美は、コーヒーを一口飲んでから言いました。
「でも、夜にこたつで並んで、同じ番組見て、同じところで笑うの。それで、まあいいかって」
同じところで笑う。
うちには、それもありませんでした。
夫と私は、同じ画面を見ていても、笑うところがいつも違っていたのです。
うちで飲むお茶が、ずっと夫の好きな浅い蒸しの煎茶だということも、その頃よく考えるようになりました。
私の実家では、濃い緑色の、深く蒸したお茶を飲んでいました。
結婚してから三十年以上、私は夫に合わせたお茶を買い続けてきました。
それを夫に言ったことは、一度もありません。
「お母さんたち、何話してるの」
去年の暮れ、奈々が年末年始の休みで帰ってきました。
三人で夕飯を食べているとき、奈々がふと言いました。
「ねえ、お母さんたちって、二人のとき何話してるの」
私は、とっさに答えられませんでした。
夫は、テレビを見たまま「別に」と言いました。
奈々は笑って、「別にって何よ」と言いました。
その夜、奈々に頼まれて、居間の本棚の下の段を探しました。
奈々は、高校の卒業アルバムを見たいと言ったのです。
同窓会の幹事になって、住所を調べる必要があるそうでした。
卒業アルバムの奥に、見覚えのない古いアルバムが一冊ありました。
表紙のビニールが、ところどころ黄ばんでいました。
結婚する前の写真です。
「え、何これ。お父さん、若い」
奈々が、ページをめくる手を止めました。
二人で入った喫茶店で、向かい合って写っていました。
私が撮ってもらったのを覚えています。
店のマスターが、「せっかくだから」と言ってシャッターを押してくれたのです。
コーヒーが二つと、灰皿が写っていました。
夫は、口を開けて笑っていました。
「お父さん、こんな顔で笑うんだ。このとき何の話してたの」
「さあ、何だったかしら」
本当に、思い出せませんでした。
座っていたから、話していた
奈々が東京に戻ったあと、私はもう一度、あの写真を見ました。
台所の椅子に座って、アルバムを膝の上に広げました。
あのとき、私たちは何の話をしていたのだろう。
たぶん、たいした話はしていません。
仕事の愚痴か、観たい映画の話か、その程度だったと思います。
喫茶店には、毎週土曜の午後に行っていました。
コーヒー一杯で、二時間くらい座っていたこともありました。
黙って窓の外を見ている時間も、ずいぶんあったはずです。
それでも、あの頃の私は、黙っているのが苦しいとは思いませんでした。
話すために座っていたのではなく、座っていたから話していたのだと思います。
今の私たちは、食卓で向かい合ってはいても、二人ともテレビのほうを向いています。
座る場所はあっても、座る時間がなかったのかもしれません。
私は、その写真を一枚だけアルバムからはがしました。
夫に見せようかと思いましたが、なんと言って見せればいいのか分かりませんでした。
それで、食器棚のガラス戸の内側に、湯のみの陰に隠れるように立てかけておきました。
「食べたあと、お茶飲まない?」
会話を増やすのは、もうやめました。
代わりに決めたのは、場所と時間です。
夕食のあと、テレビを消して、十分だけお茶を飲む。
話しても話さなくてもいい。
十分たったら、終わりにする。
一月の終わりの夜、夕飯の片付けを終えてから、夫に言いました。
「食べたあと、お茶飲まない?」
「うん」と言われました。
夫は、何のためにとも聞きませんでした。
私はテレビのリモコンを手に取って、電源を切りました。
急に、部屋の中が広くなったように感じました。
時計の秒針の音が、はっきり聞こえました。
最初の夜は、ほとんど話しませんでした。
夫が「このお茶、熱いな」と言って、私が「冷ましてから淹れればよかったわね」と答えた、それだけです。
十分たって、私は湯のみを片付けました。
気まずくはありませんでした。
終わりが決まっているので、黙っていても待っていればいいのです。
二週目のある夜、夫が湯のみを置いて、窓のほうを見ながら言いました。
「今年は、つつじを植え替えるか」
エプロンのメモに書いて、話しそびれていた話でした。
「覚えてたの」
「何を」
夫は、私があの夜三つ目に話しかけてやめたことに、気づいていなかったようでした。
ただ、庭を見ていて、自分で思いついたのだと思います。
「植え替えるなら、三月ね」
「そうだな。三月だな」
それだけの話で、十分がたちました。
急須を、買い直しました
家にあった急須は、結婚したときに夫の母がくれたものでした。
それから三十年以上、毎日使ってきました。
茶こしが本体にくっついていて、内側が洗えなくなっていました。
注ぎ口の奥に茶渋がたまって、細い棒でこすっても取れませんでした。
毎晩使うようになると、それが気になり始めました。
義母の急須は、よく洗って、食器棚のいちばん上の段にしまうことにしました。
買い直すときの条件は、三つでした。
茶こしが取り外せること。
二人ぶんで足りる大きさであること。
重すぎないこと。
年を重ねるにつれて、手首に力が入りにくくなってきたからです。
店で、いくつか持ち上げてみて、お湯を入れたときの重さを想像しながら選びました。
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湯のみも、ついでに見直しました。
家にある湯のみは、どれも子どもたちが家にいた頃の、柄も大きさもばらばらのものでした。
条件は、同じ形で色違いの二つであること、熱いお茶を入れても手で持てる厚みがあること、食器棚の手前に並べて置ける大きさであることでした。
淹れる役は、交代にしました。
これは私が決めたのではなく、二日目に夫が「今日は俺がやる」と言ったのです。
夫がお茶を淹れるところを見るのは、結婚して初めてだったかもしれません。
お湯を入れすぎて、湯のみのふちからこぼしていました。
「難しいもんだな」
夫は、布巾でテーブルを拭きながら、少し笑いました。
半年たって
十分が、二十分になる日があります。
三分で終わる日もあります。
話す内容は、あいかわらずたいしたことがありません。
昨日は、向かいの家の猫が、うちの塀の上で昼寝をしていたという話でした。
夫は、その猫に勝手に名前をつけていました。
「あいつは、トラだ」
「どう見ても黒猫じゃない」
「顔がトラっぽいんだ」
私は、声を出して笑いました。
夫がそんな冗談を言う人だということを、私はしばらく忘れていました。
別の夜には、夫が土曜日のことを話しました。
「最近、土曜の朝に、川の向こうの釣り堀に行ってるんだ。前の会社の山口と」
「釣り堀? いつから」
「春からだ。言ってなかったか」
聞いていませんでした。
土曜の朝、夫が早く出かけていくのは知っていましたが、ホームセンターにでも行っているのだと思っていました。
「釣れるの」
「山口は釣れる。俺はだめだ。でも、座って浮きを見てるのがいいんだ」
夫は、湯のみを両手で持ったまま、少し照れくさそうに言いました。
座って、浮きを見ている夫の背中を、私は思い浮かべてみました。
エプロンのポケットに、メモはもう入っていません。
先週、夫が仕事帰りにお茶の葉を買ってきました。
私が買っているのとは違う、深蒸しのものでした。
袋の中の茶葉は、細かくて、濃い緑色をしていました。
私の実家で飲んでいたのと、同じ色でした。
「これ、どうしたの」と聞いたら、「まあ、ちょっと」と言われました。
それだけです。
実家のお茶の話を、夫にしたことがあったかどうか、私は覚えていません。
あの喫茶店で、したのかもしれません。
それだけですが、私はその日、お茶を二杯飲みました。
その週末、名古屋の健太から電話がありました。
たまたま夫が先に出て、しばらく二人で何か話していました。
電話を代わると、健太が言いました。
「母さん、父さんと何かあった?」
「何もないわよ。どうして」
「いや、父さんが猫の話してたから。トラがどうとか。父さんが電話で雑談するの、初めて聞いた」
私は、台所のほうを振り返りました。
夫は、流しの前で、新しい急須の茶こしを洗っていました。
湯気の季節
秋が深くなって、夕食のあとの台所が少しずつ寒くなってきました。
六時半の夕飯は、今もテレビをつけたまま食べています。
天気予報の声も、箸が茶碗に当たる音も、前と変わりません。
子どもたちがいた頃のようなにぎやかさは、たぶんもう戻ってきません。
それを寂しいと思う夜も、まだあります。
でも、片付けが終わると、どちらからともなくテレビを消します。
新しい急須から立つ湯気が、春より夏より、白く見えるようになりました。
湯のみを両手で包むと、指の先がじんわり温まります。
夫の淹れるお茶は、まだときどき、ふちからこぼれます。
食器棚のガラス戸の内側には、今もあの喫茶店の写真が立てかけてあります。
夫は、写真のことを一度も口にしたことがありません。
でも、湯のみを出し入れするたびに、写真の向きが少しずつ変わって、今は湯のみの陰から半分顔を出しています。
窓の外で、今年最初の木枯らしが、雨戸を一度だけ鳴らしました。
あなたなら、どうしますか?
もし夕食のあとに十分だけ時間を作るとしたら、何をしますか。
そして、その十分に「話さなければいけない」を入れないとしたら、どうなりますか。
今週、ひとつだけ決めるなら
ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。
この物語から、考えたいこと
1. 話題を探すのをやめる
話すことを増やそうとすると、探す側だけが疲れます。
先に増やすのは、話題ではなく、一緒にいる短い時間のほうです。
2. 座っていたから話していた
若い頃に話が続いたのは、話題が豊富だったからとは限りません。
向かい合って座る時間が、そこにあっただけかもしれません。
3. 終わりを決めておく
「十分だけ」と決めると、黙っていても気まずくなりません。
続けたい日は、自然に長くなります。
振り返りチェック
当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。
印をつけた数:
数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。
この物語に登場したもの
ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(茶こしが取り外せる・二人ぶんで足りる・重すぎない)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。
二人ぶんの急須
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- 販売ページの記載:常滑焼・日本製・容量300ml
- 販売ページの記載:ステンレスの茶こしが取り外せて、急須の内側まで洗える
- 販売ページの記載:深蒸しの茶葉にも使える
- 選ぶときは、容量(何人ぶんか)・茶こしが外せるか・洗いやすさを見ると選びやすくなります。
※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。
次の物語
この記事について
※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。