ひとりの時間
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60代女性がひとりでテーマパークに行くのは、はたから見て痛い? 三十年前は荷物番だった62歳の私が、見たいものを三つだけ決めた平日

朝の窓辺で、コーヒーを飲みながら外を眺める女性
kuroko

「え、あそこ? 私はいいわ。疲れるもの、あそこは」

電話の向こうで、敏江さんは笑いながら言いました。

「そうよね。この年でね」

私も笑って、話を変えました。

受話器を置いてから、台所の椅子に座ったまま、しばらく立てませんでした。

断られたことが、つらかったのではありません。

「この年でね」と、自分で先に言ってしまったことが、引っかかっていました。

敏江さんは、そんなことは一言も言っていなかったのです。

私は六十二歳です。

三つ年上の夫と、二人で暮らしています。

娘は三十六歳、息子は三十三歳で、どちらも家を出ています。

海のそばの大きな遊園地に行ったのは、三十年前に一度きりです。

その一度も、私は、ほとんど何も見ていませんでした。

画面の端の、白い帽子

きっかけは、夕方の情報番組でした。

九月の初め、洗濯物をたたみながら、つけっぱなしのテレビを見ていたときです。

平日の遊園地の様子を映している場面で、画面の端に、一人の女性が映りました。

白い帽子をかぶって、通りの縁石に腰かけて、パレードを見ていました。

私と同じくらいの年に見えました。

隣には、誰もいませんでした。

手には、何も持っていませんでした。

荷物もなく、誰の手も引かず、ただ、両手でゆっくり拍手をしていました。

リポーターが、マイクを向けました。

「おひとりですか」

「ええ、いつもひとり。見たいものだけ見て、帰るの」

女性はそう言って、またパレードのほうを向きました。

映っていたのは、ほんの数秒でした。

私は、たたみかけのタオルを膝に置いたまま、画面が次の話題に変わっても、しばらくそのままでした。

両手が空いている。

そのことが、うらやましかったのだと思います。

その晩、敏江さんに電話をかけたのです。

一人では行けないと、思っていたからでした。

「お母さんは、いいのよ」

三十年前の夏、夫と、六歳の娘と、三歳の息子と、四人で出かけました。

新幹線で二時間半、朝の八時に入口に並びました。

中に入ってから、私がしていたことを、今でもよく覚えています。

乗り物の列に並ぶ夫と娘の代わりに、ベンチで荷物の番をしていました。

眠くなってぐずる息子を抱いて、日陰を探して歩いていました。

お昼どきには、四人分の食べ物を買う列に、一人で並んでいました。

パレードが始まったのは、その列の途中でした。

遠くから音楽が聞こえて、列に並ぶ人たちが、みんな背伸びをしていました。

私は、列を離れるわけにいきませんでした。

戻ってきた娘が、頬を真っ赤にして言いました。

「お母さん、見なかったの? すっごくきれいだったのに」

「お母さんは、いいのよ。お昼、買ってたから」

「なんで。一緒に見ればよかったのに」

娘は、本当に分からないという顔をしていました。

夫が、ベンチで息子の靴を脱がせながら言いました。

「次に来たとき、見ればいいさ」

帰りの新幹線で、三人は寄りかかり合って眠っていました。

私は、四人分の荷物を膝にのせて、窓の外を見ていました。

楽しかったか、と聞かれたら、楽しかったと答えたと思います。

でも、何を見たかと聞かれたら、何も答えられませんでした。

次に来たときは、来ませんでした。

娘の習い事、息子の部活、夫の母の通院。

私は、いつも誰かの付き添いで出かけて、誰かの用事で一日が終わっていました。

「お母さんは、いいのよ」は、それからも何度も言いました。

言うたびに、少しずつ、本当にいいような気がしていきました。

夜中の検索窓

敏江さんに断られた夜、私は布団の中でスマホを開きました。

検索窓に、言葉を打ちました。

六十代、女性、ひとり、遊園地。

最後に、少し迷って、「痛い」と足しました。

出てきた質問の中に、私と同じことを気にしている人が、何人もいました。

ひとりで行くと、はたから見て痛いでしょうか。

周りから浮かないでしょうか。

答えている人の言葉は、行けばいいというものと、やめておけというものが、半分ずつくらいでした。

読めば読むほど、分からなくなりました。

次の朝、朝ごはんのときに、夫に言ってみました。

「私、あの海のそばの遊園地に、ひとりで行ってみようかと思って」

夫は、味噌汁のお椀を持ったまま、私の顔を見ました。

「ひとりでか。俺は行かんぞ」

「誰も、あなたに来てとは言ってないわよ」

夫は、少し笑いました。

「行きたいなら、行けばいいじゃないか。三十年前、お前、ずっと荷物を持ってただろう」

私は、驚きました。

夫がそんなことを覚えているとは、思っていなかったのです。

「覚えてたの」

「帰りの新幹線でも、四人分の荷物を膝にのせてた。俺は寝てたけどな」

夫はそれだけ言って、味噌汁を飲みました。

その日の午後、私は紙を一枚出して、見たいものを書きました。

乗り物をたくさん回るのは、たぶん体がもちません。

だから、三つだけにしました。

一つ目は、昼のパレード。

二つ目は、回転木馬。

三十年前、娘と夫が乗っているあいだ、私は柵の外で荷物を持っていました。

三つ目は、海の見えるところで、アイスを食べること。

行くのは、人の少ない平日にしました。

帰りの新幹線に間に合うか心配だったので、近くのホテルに一泊することにしました。

翌朝は、ゆっくり帰ればいいのです。

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電話がつながらなかった日

準備をしていて、一つ気になったことがありました。

入場券も、園内の地図も、写真も、今はみんなスマホの中です。

一日じゅう使っていたら、夕方には電池がなくなってしまうかもしれません。

去年の春に、そういうことが一度ありました。

孫の運動会に付き添った日、夕方にスマホの電池が切れていたのです。

帰り道で娘と待ち合わせをしていたのに、連絡がつきませんでした。

駅の改札で会えたとき、娘は少し怒った顔で言いました。

「お母さん、電話つながらなくて、心配したよ」

「ごめんね。電池、切れちゃってて」

「もう。お母さんがいなくなったら、困るんだから」

あのときの娘の顔を思い出して、小さなモバイルバッテリーを持っていくことにしました。

電気屋さんに行くと、大きさも重さも、いろいろなものが並んでいました。

店の人は、容量の大きいものを勧めてくれました。

でも、私が決めた条件は、三つでした。

手のひらに収まって、軽いこと。

肩にかける小さな鞄に、ほかの物と一緒に入ること。

つなぐ線が本体についていて、線だけ忘れることがないこと。

一日で一回、スマホがいっぱいになれば、それで足りると思いました。

大きいものを持っていくと、また荷物の番をしている気分になりそうでした。

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出かける前の晩、居間の机の上に、私の小さな鞄が置いてありました。

鞄の上に、モバイルバッテリーがのっていて、小さな紙が一枚、はさんでありました。

夫の字で「満タン」とだけ書いてありました。

夜のうちに、夫が充電しておいてくれたのでした。

平日の朝、九時の入口

十月の火曜日、朝いちばんの新幹線に乗りました。

窓際の席で、鞄から、あの紙を出しました。

パレード、回転木馬、海のアイス。

三つの行の横は、まだ空いています。

隣の席の若い男の人は、ずっと眠っていました。

三十年前、この同じ線路の上で、私は四人分の荷物を膝にのせていました。

今日、膝の上にあるのは、自分の小さな鞄と、紙が一枚だけです。

それだけのことで、窓の外の景色が、少し違って見えました。

入口に着いたのは、九時少し前でした。

平日なのに、人はたくさんいました。

制服の高校生や、若いカップルや、小さな子を連れた家族。

私は、その中で、自分だけが場違いな気がしていました。

入口を通るとき、係の若い女の人が、にこっと笑って言いました。

「いってらっしゃいませ」

おひとりですか、とは聞かれませんでした。

中に入ってしばらく、私は人の顔ばかり見ていました。

誰かが私を見て、この年でひとりで来ている人だと思っていないか。

でも、しばらく歩いても、私を見ている人は、一人もいませんでした。

みんな、自分の行きたい方向を見て、歩いていました。

縁石の、隣の人

パレードの始まる三十分前に、通りの縁石に腰を下ろしました。

少しして、隣に、七十歳くらいの女性が座りました。

紺色のカーディガンを着て、小さな鞄を一つ、膝にのせていました。

「おひとり?」

「はい。初めてなんです、ひとりで来るのは」

「私もひとりよ。もう十何回目かしら」

女性は、ペットボトルのお茶を一口飲みました。

私は、思い切って聞いてみました。

「はたから見て、変じゃないですか。この年で、ひとりで」

女性は、少し首をかしげて、それから笑いました。

「誰も見てないわよ。みんな、パレードを見に来てるんだから」

音楽が、遠くから聞こえてきました。

三十年前、食べ物の列で背伸びをしながら聞いた音楽と、同じ種類の明るい音でした。

大きな飾りをつけた車が、ゆっくりと角を曲がってきました。

踊る人たちが、通りいっぱいに広がりました。

私は、縁石に座ったまま、それを見ていました。

膝の上には、自分の小さな鞄が一つあるだけでした。

気がつくと、両手で拍手をしていました。

隣の女性も、拍手をしていました。

パレードが通り過ぎたあと、女性は立ち上がって、「じゃあね」と言って、人の中に消えていきました。

名前も聞きませんでした。

回転木馬と、海のアイス

午後は、回転木馬に並びました。

並んでいるのは、ほとんどが親子連れでした。

私の番が来たとき、柵の前で、少し足が止まりました。

三十年前、私はこの柵の外に立っていたのです。

係の人が、「お好きな馬にどうぞ」と言いました。

私は、外側の、白い馬に乗りました。

音楽が鳴って、馬がゆっくり上下しはじめました。

柵の外で、若いお母さんが、ベビーカーの横でスマホを構えていました。

誰かを撮っているのでしょう。

私は、その人に向かって、なぜか小さく手を振りたくなりました。

振りはしませんでした。

夕方、海の見える広場で、ベンチに座ってアイスを食べました。

カップに入った、バニラのアイスです。

潮の匂いと、甘い匂いが、一緒にしていました。

スマホを見ると、電池は十八パーセントでした。

鞄からモバイルバッテリーを出して、つなぎました。

「満タン」の紙は、鞄の内ポケットに入れたままでした。

ついでに、家に電話をかけました。

「どうだ」

夫の声は、いつもどおりでした。

「パレード、見たわよ。縁石に座って」

「そうか。荷物は」

「自分のだけ」

電話の向こうで、夫が少し笑ったのが分かりました。

「それなら、いい」

乗れなかったものも、ありました。

大きな音を立てて走る乗り物は、列の前まで行って、やめました。

お昼も、うまくいきませんでした。

十二時すぎに、レストランの入口の前まで行ったのです。

「おひとり様ですね。少しお待ちいただきますが、よろしいですか」

係の人に聞かれて、私は店の中を見ました。

家族連れと、友だち同士のテーブルばかりでした。

「あ、いえ。また来ます」

そう言って、入口を離れました。

結局、売店でパンを買って、ベンチで食べました。

誰に何を言われたわけでもないのに、足が勝手に引き返していました。

見たいものは三つ、全部見ました。

それ以外は、まだ、できないことのほうが多いのです。

「今度は私が付き添うよ」

その夜、近くのホテルの部屋で、パレードの写真を娘に送りました。

ぶれていて、飾りの車が半分しか写っていない写真です。

「今日、ひとりで行ってきました」

返事は、五分で来ました。

「え、ひとりで!?」

「パレード、今度はちゃんと見られた?」

私は、しばらくその一行を見ていました。

娘は、覚えていたのです。

三十年前の、頬を真っ赤にした六歳の娘の顔が、浮かびました。

「見られたよ。縁石に座って、最初から最後まで」

送ってから、鞄の中の紙を出して、ホテルの机に広げました。

三つの行の横に、ボールペンで丸をつけました。

丸は三つとも、少し形がゆがんでいました。

次の朝、ホテルの窓から海が見えました。

朝ごはんを食べて、部屋に戻ったとき、娘から電話がかかってきました。

「お母さん、昨日の写真、ぶれすぎ」

娘は、笑っていました。

「でも、よかったね。ずっと、悪いと思ってたんだよ。あのとき、お母さんだけ見てなかったの」

「そんなこと、気にしてたの」

「気にしてたよ。だからさ、今度は私が付き添うよ。荷物、全部私が持つから」

私は、窓の外の海を見ました。

「お母さんは、いいのよ」と、言いそうになりました。

三十年、何度も言ってきた言葉です。

口の中で一度止めて、私は別のことを言いました。

「付き添いは、もういいの。今度は、隣に座って、一緒に見て」

あなたなら、どうしますか?

「この年でね」と、誰かに言われる前に、自分で言ってしまったことはありますか。その言葉で、やめてしまったことは何でしたか。

誰かの付き添いではなく、自分のために行ってみたい場所はどこですか。そこで見たいものを、三つだけ書くとしたら何でしょうか。

今週、ひとつだけ決めるなら

ひとつで十分です。決めた日を、カレンダーに書いてみてください。

この物語から、考えたいこと

1. 「この年で」は、自分が先に言っていることがある

人の目が気になるとき、実際に何か言われたわけではないことがあります。

断られた理由を、自分の年齢のせいにして、先に引いてしまう。

そのひと言で、行く前から終わってしまう予定もあります。

2. 付き添いの一日は、自分の一日ではない

家族のために出かけた日は、楽しかったとしても、自分が何を見たかは残りにくいものです。

「私はいいのよ」を繰り返すうちに、本当に見たいものがあったことを忘れてしまいます。

3. 全部ではなく、三つだけ

ひとりで行く場所では、全部を楽しもうとすると、疲れと不安が先に来ます。

見たいものを三つだけ決めておくと、それ以外ができなくても、その日は終われます。

振り返りチェック

当てはまるものに、印をつけてみてください。診断ではありません。自分を振り返るためのものです。

印をつけた数:

数が多くても少なくても、良い・悪いはありません。

この物語に登場したもの

ここから下は物語ではなく、物語に出てきた道具の情報です。主人公が選んだときの条件(手のひらに収まって軽い・肩にかける小さな鞄に入る・つなぐ線が本体についている)に合う商品の一例で、登場人物が実際に使ったものではありません。販売ページやメーカーの記載にもとづく事実だけを載せています。

小さな鞄に入る、線がついたモバイルバッテリー

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  • 販売ページの記載:容量5000mAh・厚さ6.8mm・重さ130g・PSEマークあり
  • 販売ページの記載:Lightningのケーブルを内蔵(iPhone 15シリーズには使えない)・本体の充電はType-C
  • 選ぶときは、重さ・ケーブルが内蔵か・自分のスマホの差し込み口に合うかを見ると選びやすくなります。

※価格は変動するため、最新の価格は販売ページでご確認ください。

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この記事について

※この記事には広告(アフィリエイトリンク)を含みます。
※このお話は、実際に寄せられている相談や声を参考に、物語として再構成しています。登場人物・出来事は実在のものではありません。
※記事中の写真はイメージです。

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